テレビ朝日に清田浩司さんという名物記者がいる。95年の地下鉄サリン事件発生以来25年間ずっとオウム真理教の取材を続け、全国の刑務所の取材を20年間ひたすら続けてきた、いまどき珍しい「頑固一徹」な職人肌のテレビマンだ。筆者もかつて司法記者クラブでお世話になった、尊敬すべき先輩でもある。

そんな清田さんが、刑務所の知られざる実態について、取材を基に「塀の中の事情」という非常にマニアックな本を書かれたので、その内容について聞かせてもらうとともに、テレビの記者のあり方はどうあるべきなのか?どういう思いでひとつのテーマを長期にわたって取材を続けられてきたのか?についてインタビューした。

今、テレビ報道のあり方が問われていると思う。そんなテレビの現状を、ベテラン名物記者はどう思うのだろうか?

刑務所の現状を「テレビでは伝えきれなくて、消化不良に」

Q:どうしてこんなに分厚い本を出そうと思われたのですか?

清田:刑務所の取材はだいたい3日ぐらいやりますし、テープでいうと60分テープが10本ぐらい回ります。そして受刑者1人に20~30分くらい時間がもらえてインタビューを撮っても当然使い切れませんし、消化不良といいますか、伝えきれていない部分が非常に多いです。だから、今回は20年近く取材した中で、読者が読んで面白そうなのを選んで書いたら400ページ以上になってしまいました。

Q:20年で何カ所、何回ぐらい取材されていますか。

清田:刑務所50~60カ所くらいでしょうか。特集を60本か70本ぐらいやっています。

Q:ものすごくマニアックというか、詳しい内容になっていますね。

清田:弁護士の方からも、「刑務所についてここまで書いた本は今までなかったので、受刑者のためにも、清田さんの本は参考になります」と言ってもらっています。

Q:一番びっくりしたのは、刑務所も高齢化社会なのだというのがかなり衝撃的で、すごいと思いました。

清田:だから、結局、行き場がないわけです。変な話、塀の中がついのすみかになってしまっているから。刑務所にはもう二度と戻りたくないですよねと聞いても、ここにいれば雨風をしのげて、3度の食事もできて、先生方も皆優しいので、社会に出たほうがつらいですと言う人が本当に多いです。

Q:普通、中に入ったことがない人だと全然分からない世界だと思いますけれども、刑務所の中で起こっていることで一番訴えたいことは何ですか。

清田:ある意味、格差社会の象徴ですし、受刑者イコール犯罪者イコール悪という思い込みがありますが、決してそうではありません。本当に前向きに更生している受刑者もいます。だから、再犯者をいかに減らすかというのがやはり大事ですし、それは政府の目標にもなっています。

Q:社会的なもので、人を再犯に追い込んでしまう何かがありますか。

清田:結局、社会に居場所がないということに尽きると思います。それはオウムと全く一緒で、オウムを脱会した信者も、結局はまた戻るケースが多いというのをよく聞きます。社会に戻っても、仕事も住む家もないとなると、またコンビニでおにぎりを盗んで刑務所に入ったほうが楽だという、その悪循環です。薬物だったら、また悪い仲間とつながってしまっているという負のスパイラルになってしまっているので、そこをなんとか断ち切るような、支える社会にしていかないと。

Q:勝手なイメージですけれども、テレビの人で、1つの材料をここまでずっと継続して取材する人はなかなかいない気がします。

清田:弊社にはいないと思います。私はある意味、粘着質といいますか(笑)

粘着質というのは、いい意味でディレクターに必要な素養だと思っていますけれども。こだわりといいますか。刑務所は20年取材し続けても、時代で状況が変わっているし、興味深いのです。

もともとは「ドラマ志望」だった

Q:清田先輩は、もともと何をされたいと思ってテレビ局に入られましたか。

清田:実は、本当はドラマをつくりたかったのです。新入社員のとき、社報の自己紹介には、「ドラマのテレ朝にいつかはしたい」と書いた記憶があります。

Q:でも、よくある話ですけれども、希望とは違ったと?

清田:最初はモーニングショーに1年行き、もう地獄でした。普通のADとして宮尾すすむさんの「日本の社長」コーナーにつきました。それで嫌になり、だったら自分で取材したほうがいいと思い、社会部に行きたいと言ったら、2年目で社会部に行けました。

Q:最初は厚生省(当時)担当をされていましたよね。

清田:そうです。内勤をやった後に厚生省に行って3年ぐらいやりました。オウム事件のときに鎮目くん(筆者)と一緒に司法クラブに行きましたけれども、まさかこれほど記者にはまるとは思いませんでした。

脚光を浴びなくても、伝え続ける大切さ

Q:変な話、我々は同時にオウム真理教の取材をやり始めたわけですよね。でも僕はすぐ、いい意味でも悪い意味でもテレビ屋らしく、違うネタにどんどんいって。先輩はずっとオウムを取材されていて、それはすごいと思いました。

ずっと脚光を浴びているわけではないから、変な話、やっていても、あまり報われない時期もあるわけですよね。

清田:ありました。今でもそういう不遇の時代といえば不遇の時代です。

Q:それでもやり続けるのはなぜですか。

清田:やはりこだわりですし、オウムで言えば、遺族の人の思いを伝えたいといいますか、高橋シズヱさんは、「事件が風化するという言い方はやめてほしい」と。遺族にとって事件が風化するなどということはあり得ませんから。今回、サリン25年の特集をやったときも、(今年3月19日放送「スーパーJチャンネル」~オウムは今?地下鉄サリン25年の“真相”~)高橋さんの思いをスタジオで話してもらいましたけれども。あとは、オウムがやった凶行を忘れてはいけませんし、やはり伝える人間がいないと。メディアとしての役割ではないかと思います。

Q:すごいですね。でも、オウムと刑務所というのはずっとやっていこうと思われているということですね。

清田:そうです。

Q:それは、たとえどれほど注目されなくなってもやり続けるということですね。

清田:高橋シズヱさんも、今年は新型コロナで遺族、被害者集会ができなくなりました。25年で一区切りということで、今年で最後ということです。ただ、また伝えたいことがあれば、元気だったら、30年にまた何かをやりたいとおっしゃっていましたので、高橋さんが頑張るなら、それまで俺も頑張らなければいけないという思いはあります。ずっと取材をしていると、高橋さんや、その周りの人の思いをやはり伝えないと、というのがあります。

「放牧」してくれた会社に感謝している

Q:1つのことをずっとやってきた先輩もすごいと思うけれども、ある意味、1つのことをずっとやらせてもらっているのはすごいですよね。

清田:それは会社に感謝しています。

Q:大きな会社ではなかなかありませんよね。なぜそうなれたのでしょうか。

清田:君と僕のようなタイプは扱いにくいからではないでしょうか(笑)

Q:好きなことをやらせておいたほうがいいという……

清田:放牧されているといいますか、つぶしが利かないといいますか(笑)

Q:すごく失礼ですけれども、そう思います(笑)

でも、ある意味、その立ち位置に来るというのはすごく良いことですよね。

清田:そう言えるのかどうか自分では分かりませんけれども、確かに、周りを見ても一緒にオウム事件の取材を始めた新聞記者さんなんかも、同じ世代や少し上の人だと、記者ではなくなっている人ばかりですし。この年になると皆、管理職などになっているので、結局、最後まで現場にいてやっているのは俺ぐらいではないかと思います。どれだけ現場にいられるか分かりませんけれども、現場にはこだわってというのは今でも思っています。

若い記者が「ひとつのテーマ」を追い続けられない理由

Q:そういう意味でいうと、最近の若いテレビの人は、先輩のような立ち位置を目指す人はあまりいないのではないかというイメージがありますけれども、どう思いますか。

清田:それは仕方がないと思う反面、少し悲しいと思います。

Q:なぜ仕方がないと思いますか。

清田:今は、人事異動の関係もあって、僕みたいにずっと同じ番組や社会部などという割と近いフィールドにいられる人はとても少なくなってきていると思います。

今、地上波に与えられている役割は、僕らが入った頃と変わっているんじゃないかと思うこともあります。

ただ、やはりライフワークといいますか、1本、筋を通した記者はいたほうが、会社にとっても良い財産になると思います。

Q:あと、先輩や僕のように、それほど素直に会社の言うことを聞かなそうな人はいなくて、逆にすごく良い子が多いイメージがありますけれども、どうですか。

清田:何年か前に採用面接をしたことがあって、皆、結構優等生的な学生ばかりという印象を持っていました。報道志望の人も、少し優等生タイプで、少し線が細くて大丈夫だろうかと心配になったことはあります。

オウムにこだわる「最後の一人」としての矜持

Q:オウム真理教の話とか、放送してくれる番組を探すのに困ったりしませんか。

清田:困っています。企画会議で反対されることも多いです。

ただ、頑張って企画を通して、結局放送してみたらオウムでも視聴率が上がっていることも多いんですよね。

テレビで地上波を見るような人たちはやはり、今でも関心があるのかと思います。

Q:それ、あるあるですよね。「ネタ的に数字が来なそうだから駄目だ」と言われることって多いんですけど、実際にやってみると、先輩のように取材の深いものをきちんと出していれば、実際は面白いから見る人はちゃんといて、視聴率もきますよね。

清田:きちんとしたものをつくれば、絶対反応はあると思います。

Q:だから、本当はネタの種類ではなく、きちんと掘れているか、きちんと面白いところまで新しい事実が出ているかどうかで決めるべきだと思いますけれども、やはり「視聴率が取れそうなネタかどうか」で決められてしまう場合が多いですよね。

清田:だから、そこは世論におもねってばかりいていいのかという気はします。

あえてここでサリン事件から25年の特集を夕方やったのは多分うちだけだと思いますし、それが矜持としてあります。逆に、なぜ他はやらないのかという…

Q:逆に言うと、清田さんがいたからやったわけで。

清田:いなかったらやっていないと思います。

Q:そうですよね。先輩がいなくなってしまうと、もうどこもやらなくなってしまうかもしれませんね。

清田:そうなったらそうなったで、仕方がないと割り切っています。

逆に言うと、自分で言うのもおこがましいけれども、余人をもって代えがたいといいますか、そこはプライドとしてあります。

最初にオウム事件が発生したときには各局が局を挙げて、いろいろな番組をやりましたけれども、おっしゃるとおり、私一人になっているという現状があります。

Q:僕は今回、そこがすごく気になっているところで、先輩のような人がいなくなってしまうのはどうなのだろうと、先輩を継ぐ変人が出てきてほしいというのが少しあります。

清田:育てようにも、なかなか…

もっと「検証番組」をやるべきだ

Q:先輩の目から見て、今のテレビでここが一番やりにくい、ここが少し足りない、ここがおかしいと思うことは何かありますか。

清田:それは報道に限らずテレビ全般ですか。

Q:はい。

清田:何年か前はよく報道特番をやっていましたけれども、もっと報道発のあのような長い特番をやってもいいと思います。今はバラエティーやドラマばかりで。

何かというと有名なキャスターしか出てこないというのは、もっと局の人間を出せとは言いませんけれども、もう少し検証するような番組をやってもいいと思います。

TBSなどは報道特集をきちんとずっと続けていて、あそこはリスペクトしたいと思います。

Q:何か不思議ですよね、報道っぽい番組はとても長い尺でやっていますけれども、そういう番組はないという。

清田:ありませんね。だから、検証番組といいますか、もっとやっていいと思いますけれども。あとは、俺個人としては、やはりそういう1つのことをずっとやり続ける記者やディレクターが、もう少し社員でもいたほうが良いと思います。言い方があれですけれども、デーリーのニュースなどだと、その日暮らしになってしまっているところがあると思います。

前よりもそういう傾向が強くなってしまっている気がします。

画像

清田浩司(きよた・こうじ)

1967年群馬県生まれ。テレビ朝日報道局デスク。91年慶應義塾大学卒業後、テレビ朝日に入社。報道局社会部、ニュース番組「スーパーJチャンネル」「報道ステーション」で記者、ディレクターを務める。95年の地下鉄サリン事件発生時から20年以上にわたり一連のオウム真理教事件・裁判を取材するとともに、刑務所取材をライフワークとする。著書に『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書)『警察庁長官狙撃事件──真犯人“老スナイパー”の告白』(共著、平凡社新書)がある。