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ピッチャーの球速を2割増にして番組休止 テレビマンがついやってしまう「映像トリック」とは

鎮目博道テレビプロデューサー・演出・ライター。
(写真:アフロ)

 TBSの「消えた天才」という番組で、少年野球のピッチャーが投げた球を実際よりおよそ2割速く見えるように加工したことが発覚し、さらに他にもサッカーや卓球などの映像にも同様の加工がされていたことが明らかになった。この問題では番組が放送休止になり、「放送への信頼が失われる」などとして波紋が広がっている。

 無論今回の件は、意図的に加工した映像をあたかも事実であるかのように放送するなど、とても許されるものではない。しかし実はテレビの世界では、今回の問題とは全く質が違うものの、「演出の範囲内」として様々な映像加工が日常的に行われており、それが結果的には事実とは違う印象を視聴者に与えることがままあるのだ。そんな「テレビマンがよくやってしまう映像トリック」をご紹介してみよう。

1.映像の逆回転

 テレビ番組を制作するときには、当然だが「映像を撮影→それを編集」という順序をたどることになる。また、時には撮影に行かずに、いわゆる「資料映像」を使ってVTRを作ることもままある。こうした場合に時としてディレクターの頭を悩ませるのが、「カメラの動かし方」だ。

 例えば、とある会社の本社を撮影する場合を考えてみよう。建物だけを撮影するよりも映像に動きをつけようとして、カメラを「建物が面した道→横に動かして(「パン」という)→会社の本社」という動きの映像を撮影したとする。

 さて、この映像を撮影した後、VTRの構成を考えている時にこんなアイディアを思いついてしまった。「あの会社の本社は意外な場所にあるから、まずは会社の建物を見せてから、面した道を見せた方が効果的ではないか?」。しかし映像は「道→パン→建物」の順番ですでに撮影してしまった。さて、困った。もう一度撮影し直しに行けば当然問題はないし、そうするべきであるが、こういう時につい「映像を逆回転すればなんとかなるのではないか」と考えてしまうディレクターがいないこともないのだ。

 笑い話のようだが実際に筆者は以前、何回か「通行人や車が逆に動いてしまっている」映像をテレビで目撃したことがある。まあ仮に逆回転した映像を流したからと言って、この場合ならさほど事実を歪めることにはならない、という考え方もできるだろう。しかし事実と違うことには違いない。

 また、過去には「古い新幹線の資料映像を逆回転して、走り去る新幹線を走って来るように見せた」ところ、鉄道マニアからの指摘を受けて嘘が発覚したという有名な事例もある。新幹線のヘッドライトは先頭車両は「白」、一番後ろの車両は「赤」に光っているので、逆回転すればすぐに嘘がバレるのである。

2.インサート映像・音声の「トリック」

 元々の音声と映像に、別の音声や映像をかぶせることを「インサート」という。例えば誰かが話している映像に、それを聞いている人の顔の映像が差し込まれるようなことがよくあるが、あれが「インサート映像」である。

 この時インサートされる「聞いている人の顔」が、実際にその話をしている時に撮影されたものであれば問題はないのだが、違う場面から「笑っている人」や「泣いている人」の映像をわざわざ拾ってきて差し込むと、ちょっとした印象の操作ができてしまう。

 これは報道やノンフィクション系の番組では、やってはいけないことであり、そうそうやられてはいないと思うが、バラエティ番組などでは演出の一環として、しばしば行われていると言っていいと思う。こうした「笑っている人の顔」をインサートしたところにMA(録音)段階で「笑い声」を効果音で追加すれば、実際にはあまりウケていなかったところで爆笑が起きていた感じに演出することが簡単にできるのだ。

 また、これはインタビューなどでよく行われるが、質問や答えが長すぎて使いにくい時に、編集で間をカットして短くすることがある。この場合に編集したことを気づかせないようにして、自然に見せるために、間に「頷いている顔のインサート」などを入れたり、ロング(遠目から撮影した全景の映像)をインサートするなどするのは、実に基本的な編集技法であるが、これも悪用されるとインタビューの内容を歪めることができなくはない。

3.映像のスピードを変える

 これはまさに今回のTBSの「消えた天才」で問題とされたもので、いわゆる「早回し」や「スロー」と言われるものなのだが、通常の使われ方は今回とは全く異なる。

 最もよく見かける使われ方は、報道番組で「わかりやすくするため」に使われるスローだろう。一瞬のうちに走り去る車の内部に座った容疑者の顔をわかりやすく見せるためにスローを使う、などということは非常によく行われる。また、「早回し」は、長い行列の先頭から終わりまでを見せる、といったような時に時間を短縮して一部始終を見せるためなどに多用されている。

 これとは別に、見ている人たちの印象を操作するために行われる「早回し」や「スロー」も、よく行われる編集のテクニックだ。感動的な場面や、苦悩の表情などにスローをかけると感情面が強調されるし、スポーツなど動きが激しいものに一部早回しを使うと躍動感やスピード感が強調される。まさに、ピッチャーが投球するシーンの一部に早回しを使った編集は、効果的だ。しかし、そうした映像加工は必ず、「加工している」「演出としてやっている」とわかるようにやらなければならない。

大切なのは「演出側の良心」

 ご紹介したのは、よく行われる映像加工のほんの一部だが、ぶっちゃけ今の時代CGを使うこともできるし、映像はどうにでも加工することができる。どんな嘘でもつこうとすればできるし、もし視聴者を騙そうとテレビマンが思ってしまえば、いくらでも騙すことは理論的には可能だ。

 要は、一番大切なのは演出側の良心なのだ。大部分のテレビマンは視聴者を騙そうなどとは思っていない。視聴者のみなさんが喜ぶ情報を提供し、楽しんでもらおうという姿勢で頑張っていると僕は信じている。テレビが信頼をなくさず、この先も人々から受け入れられる存在であるためにも、我々制作者は一層襟を正して仕事に臨まなければならない。

 また、情報の「受け手」として視聴者は何を心がければ良いのか?正直こうした映像のトリックを見抜くのは難しい。しかし、過剰な演出や「出来すぎた話」の裏には、なんらかの無理な番組制作方針や、場合によっては事実を歪めた演出があるかもしれないと考え、そうした番組にはハッキリと「NO」という意思表示をしていただけると有難い。

テレビプロデューサー・演出・ライター。

92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教を取材した後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島やアメリカ同時多発テロなどを取材。またABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、テレビ・動画制作のみならず、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)

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