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小泉元首相「脱原発会見」で悪質すぎるフェイク―約29万人のイラク戦争犠牲者を愚弄

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
小泉氏と菅氏が 脱原発を訴え 今月1日、外国特派員協会にて(写真:つのだよしお/アフロ)

「よくもこんな嘘を信じていたと自分を恥じました」福島第一原発事故後、脱原発派に転じた小泉純一郎元首相は、2016年9月7日に(FCCJ)での会見で、原発推進論者・必要論者の主張を信じていた自身を振り返り「過ちと分かったんだから改めなきゃいかんと思って」と語っていた。だが、少なくとも約29万人の命を奪い、今もなお中近東に混乱をもたらし続けているイラク戦争を支持・支援したことについては、全く反省がないようだ。今月1日にFCCJで行った会見では、小泉元首相は明らかに事実と異なるフェイクを主張してまで、自身の判断を正当化したのだ。

○「イラクが査察を受け入れなかった」とフェイク発言

 今月1日、福島第一原発事故から10年を迎える直前に、菅直人元首相と共に会見を行った小泉元首相。脱原発の必要性や再生可能エネルギーの可能性について、現役時代を彷彿とさせるような小泉節を披露した。小泉元首相の脱原発論には、筆者も多くの点で賛同できる。だが、捨てておけないのは、会場からのイラク戦争についての質問に対する小泉元首相の詭弁ぶりだ。2003年3月20日、当時の米国ブッシュ政権は、国際世論が反対する中、対イラク攻撃を強行。小泉政権もこれを支持した。しかし、開戦の最大の口実であった、「イラクの大量破壊兵器」は見つからず、ブッシュ政権も、それを支持した小泉政権も国内外から批判を浴びたのだった。当時の判断の是非について、1日の会見で中東メディアの記者に質問された小泉元首相は「イラクが査察認めていれば戦争は起きなかった」等と、開き直ったのだ。

「これも一般的に言うと、アメリカはなんでイラク戦争を始めたんだと批難が、批判があったのはわかる。しかし、イラクが査察認めてれば戦争起こんなかったんです。なんで査察を認めなかったのかと。隠してると思ったんだよな、アメリカは。結果、大量破壊兵器はなかったんだけども」(1日の会見での小泉元首相の発言)

 この発言には非常に大きな問題がある。当時、イラクのフセイン政権が生物兵器や核兵器等の大量破壊兵器を秘密裏に開発しているのではないかとの疑惑について、UNMOVIC(国連監視検証査察委員会)がイラク現地に入り、査察を行っていた。その当時UNMOVICの委員長であったハンス・ブリクス氏の講演を、筆者も関わる「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」が2010年に都内で企画したが、その場でブリクス氏は以下のようにふり返っていた。

「イラク戦争の開戦当時、米国などの国々が訴えていた『イラクが大量破壊兵器の査察に協力しなかった』との主張には異論があります。イラクは査察を喜んで受け入れた訳ではないですが、全く妨害しなかった。私達は2002年から2003年まで700回、500箇所を査察できました。そして大量破壊兵器はありませんでした。米国がイラクで大量破壊兵器を持っていると主張し続けましたが、その『証拠』は、全くお粗末なものでした。私達は米国とイギリスにこう言いました。『あなた方は大量破壊兵器があると確信しているようだが、それはどこにあるのか。もし教えてくれれば、そこに査察に行きましょう』と。彼らは100箇所くらいを教えてくれ、私達は30箇所を査察しましたが、通常兵器や書類は発見したものの、大量破壊兵器はなかった。この時点で自分達の持っている情報ソースがいかに酷い、信頼できないものであることに、米英両国は気づくべきだったでしょう。結局、100箇所全部を査察する前に戦争が始まってしまいました」(ブリクス氏講演より)

講演するブリクス氏(写真中央) 筆者撮影
講演するブリクス氏(写真中央) 筆者撮影

 ブリクス氏が語るように、イラクは渋々ではあったものの、UNMOVICによる大量破壊兵器の査察に協力していたし、その査察が終了する前に戦争を仕掛けたのは、米国だ。ブリクス氏が「もっと査察を続けられていたなら…」と非常に悔しそうに言っていたのを、筆者もよく覚えている。つまり、小泉元首相の1日での会見での発言は、控えめに言っても重大な間違いであるし、確信犯で言ったのなら極めて悪質なフェイクである。

○国連決議、世界平和への欺瞞

 また、小泉元首相は、同日の会見でイラク戦争についてもう一つ大きな問題発言をしている。

「イラクが査察を認めてれば、国連でも決議してるんだから、受け入れれば戦争起こんなかったんです」(1日の会見での小泉元首相の発言) 

 小泉元首相の言う「国連の決議」とは、国連安保理決議1441号のことを指しているのだろう。これは端的に言えば、イラクへ大量破壊兵器の査察への全面的な協力を求めるものだ。同決議では「安保理はイラクに対し、その義務違反を継続した場合、深刻な結果に直面するであろうことを繰り返し警告したことを想起する」との文言があるものの、これのみでは、対イラク武力行使容認決議とはみなされないというのが、通説である。つまり、イラク側が査察を受け入れようと受け入れまいと、1441号だけではイラク戦争を国際法上、「合法」とすることはできなかったし、だからこそ、開戦直前まで米国や英国、そして日本は新たに対イラク武力行使容認決議を国連安保理で採択させようと外交工作をしていたのである。

 当時の米国のブッシュ政権や英国のブレア政権は「査察へのイラク側の妨害」を口実に、イラク戦争を正当化し、小泉政権もこれを支持した。だが、国連安保理1441号のみでの対イラク武力行使は、安保理決議なしの武力行使を禁じた国連憲章に違反すると、当時の国連加盟国の約4割の国々が指摘。オランダが自国のイラク戦争への加担について行った検証(2010年)でも、新たな安保理決議なしのイラク攻撃を「国連憲章違反」だと断じている。また、2016年に膨大な検証報告書を公表した英国の「イラク戦争調査委員会」でも、ジョン・チルコット委員長が「イラクへの軍事行動は、最後の手段ではなかった」「軍事行動に法的根拠があるとは到底言い難い」と、米国と共にイラク戦争を開始した英ブレア政権を厳しく批判している。

公聴会で追及されるブレア元首相
公聴会で追及されるブレア元首相

 上掲の小泉元首相の発言は、イラク戦争の国際法上の違法性を誤魔化し、戦争責任をイラク側のみに押し付ける、世界平和と国際法秩序に反した発言だ。小泉元首相は「やっぱり戦争をいかに回避していくかということは、国際社会、これからも一番大事なことだと思いますけどね」とも発言していたが、欺瞞も甚だしい。

○イラク戦争とは何だったのか、認識しているのか?

 イラク戦争はその始まりにおいて最悪であっただけではなく、それによる結果も酷いものだった。この戦争による正確な犠牲者数は未だわかっていないが、英NGO「イラクボディーカウント」が、報道された爆撃や銃撃戦、テロ等の死者数を集計しており、それによれば、現在までに約28万8000人が犠牲となっている。また、米サイト「iCasualties」の集計によれば、米軍その他の有志連合側も昨年末までに4902人が戦死している(PTSDによる元兵士の自殺等は含まない)。イラク戦争では、米軍は家々がまるごと吹き飛び、地面がクレーター状にえぐれるような強力な爆撃を住宅地に行い、無差別に広範囲を攻撃する非人道兵器クラスター爆弾を多用した。放射能や重金属として現地住民の健康への悪影響が疑われる劣化ウラン弾も膨大な量を使用したし、イラク西部のファルージャやラマディなどの都市では、病院や学校、一般住宅を破壊し、救急車や病院へ向かう人々、市民の被害を伝えようとするジャーナリスト達も攻撃の対象とした。

イラク・ファルージャで米軍に攻撃された救急車 筆者撮影
イラク・ファルージャで米軍に攻撃された救急車 筆者撮影

 米軍は「テロリスト捜索」と称して、ろくな証拠も無いままに一般住宅を強襲。無抵抗の子どもや女性までも殺害したり、住民を収容施設や刑務所等に拘束し、尋問のためと称して殴る蹴るの暴行、電気ショックや水責めなどの拷問、性的なものも含む虐待を繰り返した。

 米国のイラク占領政策では、イスラム教スンニ派を「旧政権支持層」として敵視し、イスラム教シーア派を味方として、同派の民兵組織を新生イラク軍に編入、米軍と共にスンニ派を攻撃させた。また、過激なシーア派至上主義者が治安部隊を牛耳る様になり、スンニ派というだけで人々をドリルで体に穴を開け強酸を流し込むという残虐行為の後に殺害し、遺体を路上などに捨てるということが相次いだ。これらの非道と、上述の米軍による虐待とも相まって、極度に先鋭化したのが、IS、いわゆる「イスラム国」である。対テロ戦争の一環であったはずのイラク戦争は、最凶のテロリスト集団を生んでしまったのだ。

 また、米国が旧政権後のイラク暫定政権に隣国イランに亡命していたシーア派至上主義者の政治家達を組み込んだことにより、イラクに対するイランの影響力が増大。中東のパワーバランスが崩れ、中東の盟主を自任するサウジアラビアとシーア派の総本山であるイランとの対立が激しくなり、シリアやイエメンの内戦などでそれぞれが自国の息のかかった勢力を支援し、戦禍をより深刻化させるという問題も生じている。イラクでも新たな政権はいずれも汚職や統治能力の無さが酷く、旧政権の崩壊から18年経つのに、電力などのインフラは復旧せず、失業等の社会問題も放置されたままだ。汚職や差別に反対し、イラクの民主化を求めるデモに対し、この間のイラク当局は実弾射撃や活動家の逮捕・拷問を行うなど、独裁政権であった旧政権と同じようなことを繰り返してきた。

 列挙すればキリがないが、ざっとあげただけでも上記のような災厄をイラク戦争はもたらした。これに対し、小泉政権は開戦時に支持しただけでなく、自衛隊をイラクに派遣し、航空自衛隊は米軍の兵士や物資を運搬し、陸上自衛隊は諜報活動や米英軍への情報提供等を行い、戦争行為に加担させた(関連情報)。また、日米安保条約では本来、いわゆる「極東条項」で禁じられている、在日米軍基地からのイラク戦争の出撃も黙認していた。イラク戦争の惨禍とそれを支持・支援した自身の責任について、一体どの程度、小泉元首相は認識しているのか???

○筆者も猛省、空気を読むべきでない

 原発に対してと同じように、小泉元首相は、米国の「イラクの大量破壊兵器」情報について、「よくもこんな嘘を信じていた」と自分を恥じるべきではないのか。イラク戦争のあまりに大きすぎる、そして現在も進行中の惨禍を直視して、「過ちと分かったんだから改めなきゃいかん」と思うべきなのではないか。

 1日の会見では、原発安全神話や福島第一原発事故について十分な批判をしてこなかった日本のマスコミの責任についての質問もあり、菅元首相は「メディアの責任は非常に大きい」と返答した。これについては、イラク戦争についても言える。特に読売新聞や産経新聞はイラク開戦直前に「イラクの大量破壊兵器」情報をさんざん煽ってきたし、それについての反省の弁もない。また小泉元首相に対してイラク戦争支持・支援について問いただすこともしない。今回の会見でも、イラク戦争について質問したのは、中東系メディアの記者であり、日本人記者は誰も追及しなかった。おそらく、空気を読んだという面もあったのだろう。実を言えば、筆者自身、FCCJで小泉・菅両元首相の会見が行われることは知っていたが参加は見合わせた。脱原発・再生可能エネルギー推進というテーマ自体は良いことであるし、参加すれば小泉元首相にイラク戦争のことを質問したくなるから、と柄にもなく空気を読んでしまったのだ。そのことを今、猛烈に反省している。やはり、会見に参加し、小泉元首相を追及すべきだったし、今後は追及の手を緩めるべきでないと自戒した。

 小泉元首相が脱原発・再生可能エネルギー推進を主張するのは大いに結構であるが、それでイラク戦争支持・支援が「免罪」される訳ではない。まして、イラク戦争の開戦経緯について嘘をつき、約29万人の戦争犠牲者を愚弄するようなことは絶対に許されないのだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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