異国の地で身近な仲間たちへ伝えていったこと。親近感が平和への一歩となる。

1945年8月6日 午前8時15分

70年前の今日、広島市に原子爆弾が投下された。

広島に生まれ、子どものころから平和学習を数多く受けてきた私にとって、その時刻を知っていることは子どもながらに当たり前だと思っていた。

大学生になり、広島を離れて上京し、広島、長崎以外の出身のチームメイトのほとんどが、日付は知っていても、時間までは知らず、自分たちほど原爆のことを知らないことに気づいた。

少しでも知ってもらえたらと、この時期になるとチームメイトたちや友人たちに原爆の話をしていた。それが広島に生まれた自分の使命でもあると思っていた。

2011年、ラトビアのFKヴェンツピルスに所属していたときも、チームメイトたちに話をした。

2011-12UEFA EL FKヴェンツピルス対レッドスター・ベオグラード
2011-12UEFA EL FKヴェンツピルス対レッドスター・ベオグラード

私が広島出身ということで、興味を持ってくれたのだ。

チームメイトであり、ラトビア代表MFであるルギンスの部屋で私は尋ねた。

「広島のことを何か知ってる?」

彼らは答えた。

「原爆が落とされたところだろ?」

続けざまに私は尋ねた。

「じゃあ広島に原子爆弾が投下されたのは何月何日か知ってる?」

海外で私が広島出身だと言うと、「原爆が落とされたところだろ?」と返されることがほとんどである。しかし海外では日付まで知っている人は多くない。

異国の人にこれまで私は同じ質問をしてきて、「8月6日」と答えたのは、ウズベキスタンでチームメイトだったグルジア代表MFイラークリーの奥さん1人だけだ。彼女はその日が誕生日だという。

日付や時間を知ることがもっとも重要だというわけではないが、そこが詳しく知る第一歩にもなりうると思う。私が広島で学んできたこと、被爆者の方々から直に聞いてきたことなどをその後彼らに話した。

彼らは神妙な面持ちで真剣に私の話を聞いてくれた。

世界で唯一の被爆国である日本。そして世界で初めて核兵器が使われた都市広島。

広島で起きたことを後世の人たちに伝えていくことと共に、世界の人たちに直に伝えていくことも重要であると思う。

共に戦う仲間だからこそ伝わること

チームメイトたちは身近な存在だからこそ私の話に耳を傾けてくれた部分もあると思う。

ポーランドでのチームメイトには昨年8月にクリミア半島のウクライナ1部リーグのクラブからうちに移籍してきた二人のウクライナ人選手たちがいた。

彼らのクラブは昨年6月、クリミア半島の情勢悪化により消滅した(急遽ロシアリーグに編入することになったため、クラブは突然解散した)。突然所属クラブがなくなった2人は、クリミア半島からポーランドへやってきた。ウクライナの年代別代表選手で、22歳だった。

ウクライナ情勢がサッカーに与えた影響 選手たちの運命を狂わせた悲しき砲弾

彼らから現地の様々な話を聞いたが、身近なチームメイトの話だからこそ親近感と臨場感をより感じた。

異国の人たちと、偏見や先入観を持たずに人対人で真摯に向き合って接していき、国境を越えて人の和を広げていけば、それは平和への確かな一歩になるのではないか。

サッカーを通じて、数多くの異国の人たちと、同じチームなどで身近に接してきた私は経験上そう思う。

微々たることかもしれないが、こうして様々な国の人たちと向き合い、接していくことが本当の意味で世界が平和になっていくことに繋がっていくと願い、今年も祈りを捧げた。