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「北朝鮮兵士が拳銃着用」...板門店はふたたび対話から対決の象徴へ

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
韓国軍も武装していた時期の板門店の様子。17年12月、筆者撮影。

 北朝鮮による21日の偵察衛星発射から一週間。韓国の『9.19南北軍事合意書』の効力停止を皮切りに高まりはじめた南北間の軍事的緊張に、危険極まりない動きが加わった。写真を交えて解説する。

●人工衛星発射がもたらした『9.19南北軍事合意書』の死文化

 28日午前、衝撃的なニュースが韓国『聯合ニュース』によりもたらされた。

 「北韓軍の板門店の勤務者が拳銃着用...'JSA非武装化'も破棄」という記事を通じ、板門店で勤務する北朝鮮兵士が「先週後半から」拳銃を着用していることが分かったと報じた。ソースは「複数の韓米軍消息通」だった。

 記事によると、韓国軍は丸腰のままで勤務しており、板門店を管理する国連軍司令部は対応について熟慮中であるという。

 ややこしくならないために説明すると、板門店を含む「共同警備区域(JSA)」の南側は国連軍司令部が管理しており、実際の警備は韓国軍の「JSA警備大隊」が行っている。

 時系列を少し追ってみたい。21日の衛星発射を受け、22日に韓国政府は『9.19南北軍事合意(18年9月締結)』の第1条3項の効力を停止した。軍事境界線付近で空中からの軍事行為(偵察)を禁止した条項だ。

 これにしたがい同日午後3時から韓国軍は丸5年止めていた偵察を再開した。70年を超える分断の歴史の中で多くの南北合意が存在したが、韓国側が先に効力を停止したのは初めてだった。

 北朝鮮もすぐに反応する。翌23日、北朝鮮国防省は声明を発表し、▲いまこの瞬間から北朝鮮の軍隊は9.19南北軍事合意書に拘束されない、▲同合意により中止したすべての軍事的措置を即時回復する、▲北南の間に取り返しのつかない衝突が発生する場合、すべて『大韓民国』の者らが責任を取ることになる、という行動原則を明かしたのだった。

 韓国は一部効力停止だったが、北朝鮮は「すべてを止める」というものだった。韓国政府はこれを「破棄」と表現しているが、厳密には正確ではない。南北ともに破棄という言葉がもたらす正当性の喪失を気にしておりこの言葉を避けながら、相手に責任をかぶせようとしている。

●「復元措置」を進める北朝鮮

 陸海空と広範囲に及ぶ南北軍事合意の内容を即時回復するとした声明にしたがい、北朝鮮は着々と行動している。

 南北が同数の11か所ずつ撤去・破壊したGP(非武装地帯内にある監視哨所、10か所は破壊、1つは保存したまま撤収)を再建し、無反動砲や高射砲といった重火器を持ち込む姿が韓国軍により確認された。さらに海岸砲の砲門を開放する回数を増やしているという。韓国軍もこれに対応し、GPの再建を始めた。

「南北軍事合意書に拘束されない」という声明にしたがい、GP(監視哨所)の復元を進める北朝鮮兵士。韓国国防部提供。
「南北軍事合意書に拘束されない」という声明にしたがい、GP(監視哨所)の復元を進める北朝鮮兵士。韓国国防部提供。

同じく、GPに無反動砲を持ち込む北朝鮮兵士。韓国国防部提供。
同じく、GPに無反動砲を持ち込む北朝鮮兵士。韓国国防部提供。

 いわば互いに段階を踏んでエスカレートしている訳だが、北朝鮮がついに板門店に火器を持ち込んだことで、緊張はより一層高まった。

●板門店が緊張の中心になる可能性も

 板門店というのは南北の兵士が至近距離で向き合う場所であり、何らかのきっかけで発砲が起きる場所でもある。直近では17年11月に北朝鮮兵士の呉青成(オ・チョンソン)が南側に逃げてくる際、北朝鮮兵士が自動小銃を南側に撃ち込んだこともあった。

 だからこそ、南北軍事合意書の第2条2項で板門店の非武装化は明記され、7か月かけて念入りに実行されたのである。

 晴れて非武装化が実現した直後の19年5月、はじめてメディアや専門家に公開された際に私も第一陣として訪れたが、緊張感ただよう過去の雰囲気から大きく変わった板門店の様子に目を細める専門家の姿が印象的だった。

(参照記事)変わる板門店、南北関係の最前線(19年5月、写真18枚)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/9a632068d55787ab18db5a9dcb24700f9fadc4af

19年5月1日に訪問した際、北朝鮮の兵士3人が記者団の姿をカメラに収めていった。非武装だ。腕章には「民事警察」の文字が。現在は南北35人ずつが非武装で警備にあたる。筆者撮影。
19年5月1日に訪問した際、北朝鮮の兵士3人が記者団の姿をカメラに収めていった。非武装だ。腕章には「民事警察」の文字が。現在は南北35人ずつが非武装で警備にあたる。筆者撮影。

 それでは今後どうなるのだろうか。間違いなく韓国側も武装化するだろう。一時は北朝鮮側に背を向けて立つほどだった兵士も、昔のように半身を壁に隠し立つようになるかもしれない(冒頭の写真参照)。

 文在寅と金正恩という南北首脳、そしてトランプ大統領まで巻き込み、対話の象徴だった板門店がふたたび対立の象徴に戻るのだ。

19年6月30日、史上初めて板門店で一堂に会した南北米首脳たち。写真は青瓦台提供。
19年6月30日、史上初めて板門店で一堂に会した南北米首脳たち。写真は青瓦台提供。

●新たな秩序も期待薄

 「復元」という名の南北軍事合意の破棄には、まだまだ多くのカードが残っている。南北ともに相手の出方を見ながらになる他にないが、その過程で偶発的な衝突が起こらないよう、韓国政府に自制と慎重さうながす声が何よりも重要になる。

 復元措置が済み、新たな秩序が軍事境界線一帯に生まれるまで、われわれ市民は緊張の中に過ごすことになるだろう。もっとも、そうして生まれる秩序も何ら安全を保障してくれるものではないということを、付け加えておきたい。

23年4月に板門店を訪れた際も、非武装のままだった。筆者撮影。
23年4月に板門店を訪れた際も、非武装のままだった。筆者撮影。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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