Yahoo!ニュース

尹錫悦次期大統領が外交への言及を開始、際立つ「反北・親日米」

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
10日午前、当選の挨拶をする尹錫悦次期大統領。国民の力提供。

9日の大統領選で当選し、「大統領当選人」となった最大野党・国民の力の尹錫悦(ユン・ソギョル、61)氏。

「分刻みのスケジュール」(同党報道官)をこなしているとされる中、合間合間に見せる尹氏の外交観をまとめた。

●3つの発言

尹氏は選挙から一晩明けた10日午前、国会で行った当選の挨拶で朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)についてこう言及した。原稿から引用する。

国民の皆さん、私たちは日ごと大きくなる北韓の核の脅威と、米中戦略競争の緊張の中でグローバルな外交の力量を強めていくという課題をまた、抱えています。

国民の安全と財産、領土と主権を守るためにいかなる挑発も確実に抑制できる強力な国防力を構築します。北韓の違法的で不合理な行動に対しては原則に従い断固と対処しつつも、南北対話の扉はいつでも開けておきます。

堂々とした外交と堅い安保を基盤に、自由、平和、繁栄に寄与するグローバルな中軸国家へと生まれ変わります。

同じ10日、次はバイデン米大統領との電話会談があった。その席では尹氏はこう述べている。こちらは国民の力の報道資料からの引用だ。

尹当選人は、北韓が年初から挑発を続けていることに鑑み、より堅固な米韓共調の必要性を強調し、バイデン大統領が今後も、韓半島の事案に対しより綿密な関心を持ってくれることを頼みました。

これに対し、バイデン大統領は『米国は北韓内の状況を綿密に注視し、最近の北韓による弾道ミサイル挑発が韓国だけでなく米国に対する脅威となっているだけに、韓米日三国の対北政策に関する調節が重要であると見る』と述べました。

一方、11日午前に行われた日本の岸田首相との電話会談では北朝鮮に関する直接の言及は無かったが、こう述べている。やはり同党の報道資料からの引用となる。

韓国と日本の両国は東北アジアの安全保障と経済繁栄など今後、力を合わせるべき未来の課題が多いだけに、両国の友好協力増進のために共に努力しよう。

このように尹氏は、一連の発言の中で北朝鮮への対決姿勢を崩さず、日米をパートナーと見なす態度を鮮明にした。

10日、バイデン米大統領と電話会談を行う尹錫悦氏。通話は外交のブレーンを務める金聖翰(キム・ソンハン)高麗大教授の携帯電話で行われる異例のものとなった。国民の力提供。
10日、バイデン米大統領と電話会談を行う尹錫悦氏。通話は外交のブレーンを務める金聖翰(キム・ソンハン)高麗大教授の携帯電話で行われる異例のものとなった。国民の力提供。

●尹錫悦氏の「反共」世界観

尹氏のこんな態度の背景には、政治家としてのキャリアの全てでもある選挙期間中に隠さなかった、「反共」のレンズで見ている世界観があると見てよい。

尹氏は特に遊説の際に「政治の一年生であるが、この国の倒れゆく自由民主主義を守らなければならないという気持ちで政権交替に名乗り出た」と述べるなど、文在寅政権が北朝鮮と宥和的な態度を取ったことを「文政権=容共」というフレームで攻撃し、保守層にアピールしてきた。また「滅共」騒ぎもあった。

【参考記事】

「鬼滅」の次は「滅共」?…財閥企業CEOと尹錫悦氏による‘遊び’の危険度

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20220112-00276999

さらに氏は選挙期間中の1月14日、北朝鮮が短距離弾道ミサイル2発の発射実験を行った際、「主敵は北韓」とFacebookに書き込んでいる。

これは2004年以降、韓国の国防白書から消えた「北韓は主敵」という表現を想起させるもので、北朝鮮への強い姿勢は際立っている。

周知のように、東アジア情勢は中国と北朝鮮という共産主義を根幹に持つ国が存在している。このため、文大統領は両国を刺激する「反共」発言を避けてきたが、尹氏はこれを隠さない。

11日、党舎で 邢海明駐韓中国大使と面談する尹氏。「韓中関係の発展のために、両国指導者の役割が重要で、責任ある世界国家として中国の役割が充足されることを韓国民が期待している」と述べた。国民の力提供。
11日、党舎で 邢海明駐韓中国大使と面談する尹氏。「韓中関係の発展のために、両国指導者の役割が重要で、責任ある世界国家として中国の役割が充足されることを韓国民が期待している」と述べた。国民の力提供。

中朝との緊張を高め得るこうした発言も、日米韓の軍事連携を強化したい日米両国にとっては歓迎される。

折しも11日、北朝鮮の朝鮮中央通信は「金正恩同志が西海衛星発射試験場を現地指導した」と伝えた。また、韓国政府は18年5月に北朝鮮側が爆破した風渓里(プンゲリ)核実験場の復旧工事が行われていると伝えた。

さらに米韓は同日、北朝鮮が先月27日と今月5日に行った弾道ミサイル発射実験が「新型ICBMシステムに関するもの」と明かした。

尹錫悦氏が大統領に当選しまだ2日。南北が互いにマイウェイをひた走り、その道が交わらない可能性が早くも濃厚になってきた。

だが分断と停戦状態が続く朝鮮半島において、これが最もイージーで危険な外交政策であるということを尹氏は分かっているのだろうか。まだ就任もしていないが、敢えてこう指摘せずにいられない。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

徐台教の最近の記事