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「日本」に自意識過剰、韓国大統領選を報じる日本メディアの姿勢に疑問

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
10日、候補者受諾演説を行う李在明(イ・ジェミョン)氏。筆者撮影。

韓国で与党候補が決まり、少しずつ大統領選が本格化している。だがその報道姿勢に問題はないか。韓国に住む筆者が感じた疑問をまとめた。

●並ぶ「反日」

韓国で10日、来年3月の次期大統領選における与党候補が決定した。韓国最大の自治体・京畿道(キョンギド)知事を務める李在明(イ・ジェミョン、56)氏だ。

李氏の候補決定は当然、隣国の日本でも大きく報じられた。だが筆者はその様子は韓国から眺めながら、首をかしげざるを得なかった。まずは主要紙からだ。

韓国与党、李在明氏選出 大統領選候補「日本を追い越す」(10月11日、産経新聞)

韓国大統領選 与党候補に李在明氏 予備選制す 「日本追い越す」(10月11日、読売新聞)

韓国大統領選:韓国大統領選 与党候補に李在明氏 「日本追い越す」(10月12日、毎日新聞)

いずれの記事のタイトルにも「日本を追い越す」というフレーズが入っている。これは10日、李在明氏が大統領候補に決まった直後に行った受諾演説(正式には選出感謝演説とのこと)にあった以下の内容を引用したものだ。

一つ、大転換の危機を大跳躍の機会にしていきます。

気候危機と技術革命、世界的な感染病にもっとも上手く対応した国、大韓民国。そして日本を追い越し、先進国に追いつき、やがて世界を先導する国、大韓民国を作ります。

これは演説の中で提示された六つのビジョンのうち一つで、演説の前半部に出てくるため、確かにインパクトがあった。「おっ、ここで日本を出すのか?」と驚いたのは事実だ。

私はこの演説を、李在明氏のわずか十数メートル先で聞いていたが瞬間、「あちゃー、これは絶対日本メディアはここしか引用しないだろうな」というのが直感的に分かった。

だからこそ、演説中に以下のようにツイートしておいた。悪い予感が的中したことになる。

この日、約5500字、20分ほどの演説の中で「日本」への言及は二度あった。一度目は上記のもので、二度目は以下の部分となる。

私は偉大な私たちの国民を、私たちの危機克服DNAを信じます。第二次世界大戦後の最貧国から、世界10位の経済大国を作り出した国民です。

IMF危機(97年の金融危機)を最も早く克服し、日本の輸出報復に、短期間で完璧に勝った国民です。

これは2019年7月に始まった日本による半導体素材の輸出規制(韓国ではこう表現する)から2年が経つ今、半導体生産に影響を出さないまま、これを乗り切ったこと指す。

二つを並べて見ると、李在明氏の演説では日本が一つの「例」として使われていることが分かる。先進国の「ビリ」として、はたまた「危機をもたらす存在」としての扱いだ。

韓国の有権者にとって最も分かりやすい対象としての日本、と言い換えることができる。

視点を変えて、次はテレビ報道を見てみよう。記事横断検索サービス「Gサーチ」の結果によるものだ。

・大統領選“対日強硬”が与党候補(10月11日、日本テレビ Oha! 4 NEWS LIVE)

・“対日強硬派”李在明氏を選出(10月11日、テレビ朝日 グッド!モーニング)

・韓国 大統領候補に「韓国のトランプ」対日強硬派“日本を追い抜く”(10月11日、TBS Nスタ)

・“対日強硬派”李在明氏を選出(10月11日 朝日放送 おはよう朝日です)

・“対日強硬”李氏 与党候補に(10月11日 よみうりテレビ 朝生ワイド す・またん!)

判で押したように並ぶ“対日強硬”という言葉。実はこうした表現に背景がない訳ではない。

李在明氏には、日本に対し強い発言をしてきた過去があるからだ。

最近では「独島」を日本の五輪委員会が地図に含めたことに抗議し、「東京五輪のボイコット」を呼びかけた点などは印象深い。

●単なる「消費」で終わるな

だがこうした前提を経てもなお、筆者が持つ日本メディアの報道姿勢に持つ疑問は解消されない。

疑問は二つに整理できる。「全体の脈絡を見る」視点が欠けていることと、「日本に対する自意識過剰」がそれだ。

言うまでもないが、李在明氏は「反日」を行うために大統領になろうとしているのではない。

受諾演説を見ると、そこには現在の韓国社会が抱える問題と今後の課題が、これでもかと並んでいる。

「国民の生活とかけ離れた旧態政治、政争政治」

「既得権者のお祭り」

「耐えられないほどの不平等と格差」

「国家間の無限競争」

「不公正、不平等、不正腐敗」

「公正と正義をまっすぐ打ち立てる」

「国民の基本権を保障する普遍福祉国家」

「世界の平和と人権を守る先導国家」

「生涯教育に国が責任を持つ」

「弱者の生活を守る」…

もちろん、日本メディアの読者は日本語を解する人々で、その多くは日本に住んでいるため、日本への言及が中心になるのはしょうがない。

しかしそれは、韓国社会の理解と両立されるべきものではないだろうか。

上記に挙げた内容にあるように、韓国社会と日本社会が抱える問題は非常に似ており、互いに学ぶことは山ほどある。

言うまでもないが韓国大統領選挙は、韓国社会を参照し、そこから学ぶことができる最良の機会を日本社会に提供してくれる。

これを日本メディアがしつように「日本」にこだわった「'自意識過剰'報道」をすることで、台無しにしているのである。

この傾向は今に始まったことではないが、いい加減にしてくれという思いをこれ以上耐えることが難しいので、この記事を書いた。

互いに学ぶ日韓関係はメディアの報道から始まるということを関係者は心に刻んで欲しい。そして読者もメディアにこれを要求して欲しい。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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