史上はじめて南北首脳が「非核化」を共同宣言に盛り込んだ。そればかりか、北側の指導者は話が通じる人物のように見える——3年前の今日、朝鮮半島は明らかに春の風に包まれていた。しかし今、風は止み、核という名の重苦しい雲が空を覆っている。

●支持率9割の再スタート

「これからは核分断の時代になるかもしれない」

ひと月ほど前、焼酎で顔をほのかに赤らめた北朝鮮専門家が、低い声でこう語った。サムギョプサルを焼く匂いが充満する店内で、「核分断」という言葉の重みに思わず唸ったことをよく覚えている。その日の焼酎はいつもより苦かった。

「核分断」とは、従来の南北分断に北朝鮮の核兵器が加わったことで、分断の固着化が進む状況を指す言葉だ。韓国の独自核武装論もここに含まれる。

3年前の4月27日は特別な日だった。この日、南北軍事境界線のある板門店の南側施設『平和の家』で会談を行った文在寅、金正恩の南北両首脳が発表した『板門店宣言』には、史上はじめて「非核化」という言葉が明記された。

2000年の史上初の南北首脳会談では言及されず、07年の二度目の首脳会談でも「朝鮮半島の核問題の解決」とだけ記されたものが、「南と北は、完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」と格上げされたのだった。

11年ぶりとなる南北首脳会談の一部始終は、全世界に生中継で配信された。それは、つい前年ま金正恩氏が躍起となって新武器の実験を繰り返していた朝鮮半島の姿とは対照的だった。

金正恩氏が乗ったリムジンを屈強な男性が囲んで走るコミカルな姿や、「遠くから冷麺を運んできた。あ、‘遠い’は禁句だったな」と笑い、晩餐会ではワインで顔を赤らめ、フィナーレのパフォーマンスを文大統領と手をつないで見る金正恩氏の様子は、韓国社会に新鮮な衝撃を与えた。

この日の晩、日本のラジオ番組に出演する予定があった筆者は、ソウルの街角で人々に‘感想’を聞いて歩いた。「南北首脳が握手する姿に鳥肌が立った」、「北朝鮮に行けるようになるかもしれない」と上気した顔で話す20代の顔には明らかに‘未来への希望’があった。

直後に行われた世論調査では、文大統領の肯定評価は85%を超え、板門店宣言への支持も90%に達した。北朝鮮との融和に否定的な保守派からの支持も7割を超えた。

前年の朴槿惠前大統領の弾劾という悪夢や、米朝間の一触即発の戦争危機を乗り越え、4月27日、韓国は文字通り新しいスタートを切った。

18年4月27日晩、板門店での映像パフォーマンスを見守る、文在寅、金正恩両夫妻。手をつないでいる。写真は共同取材団。
18年4月27日晩、板門店での映像パフォーマンスを見守る、文在寅、金正恩両夫妻。手をつないでいる。写真は共同取材団。

●短かった「黄金期」

恥ずかしい話を告白することになるが、筆者は18年から今まで、南北関係にまつわるとある本を日本語で書き続けている。そのため、少なくない北朝鮮専門家に会って話を聞き、今も取材を続けているが、18年に行ったインタビューが一番印象に残っている。

文政権は北朝鮮政策に特別な名を付けず、そのエッセンスを『朝鮮半島平和プロセス』とだけ表現した。

具体的には今も休戦中の朝鮮戦争を終わらせ、朝鮮半島に平和をもたらす中で北朝鮮の非核化があり、米国や国連の北朝鮮に対する経済制裁解除があり、米朝(日朝)国交正常化があるという「同時ゴール」に向けた方程式となる。

北朝鮮への関与を増やすことで南北の結びつきを強め、南北連合を経ていずれ統一に向かうという『太陽政策』を具体化させた『平和共存・共同繁栄』のビジョンと共に、朝鮮半島に明るい未来をもたらす両輪と言ってよい。

この実現のために欠かせないピースが過去、一度も行われたことがない米朝首脳会談だ。板門店宣言後の焦点も自然とここに集まったが、トランプ大統領(当時)の‘気変わり’で漂流の危機にあった同会談の実現を5月、文大統領の「サプライズ訪朝会談」が救った。

そして6月12日のシンガポールで米朝首脳会談が実現し、前述した「同時ゴール」が確認された。歴史が前に進み、8月には「9月に平壌で南北首脳会談」が決まった。この間が、いわば黄金期だった。

文政権の北朝鮮政策を支持する専門家や過去の進歩派政権で要職にあった人々は、いずれも喜色満面で筆者を迎えてくれた。

「(統一の長い前段階とされる)南北連合は可能か」、「北朝鮮は非核化するのか」という質問には「まあ見ていなさい、遠からず分かるから」と、アントニオ猪木の「迷わずいけよ、行けば分かるさ」を彷彿とさせる迫力ある答えが返ってきた。

対照的だったのは、いわゆる保守派に分類される専門家たちだった。朴槿惠政権で要職を務めた人物は、「北朝鮮が核兵器を手放すはずがない。騙されてはならない」という‘警告’を口にした。

一方、今は故人となったある専門家は「南北関係は歴史的に構造化している。簡単には変わらないだろう」と語った。周囲の環境が変わらない限り、南北だけでは変われないということと受け止めた。

18年4月28日、南北首脳会談と『板門店宣言』全文を伝える北朝鮮・朝鮮労働党機関誌の労働新聞。同紙HPをキャプチャ。
18年4月28日、南北首脳会談と『板門店宣言』全文を伝える北朝鮮・朝鮮労働党機関誌の労働新聞。同紙HPをキャプチャ。

●「勇気」なかった文大統領

18年9月、文大統領は平壌を訪れ、『平壌共同宣言』そして『南北軍事合意書』を結んだ。

署名式では金正恩氏の隣で、「戦争の無い朝鮮半島が始まった。南と北は今日、朝鮮半島の全地域で戦争が起こし得る全ての危険を無くすことに合意した」と語り、自信を見せた。筆者は泣いた。

夜は15万人の平壌市民を前に「わが民族は優秀です。わが民族は強靭です。わが民族は平和を愛します。わが民族は共に生きなければなりません」とぶち上げ、翌日には北朝鮮の‘神話’の一部に組み込まれている白頭山にまで登った。

筆者はこれには鼻白んだ。それと同時に、文政権を動かすのは民族心であることを強く感じ、その後も突き進むだろうと期待もした。

だが翌年2月、大枠での合意が具体的な合意へと向かう天王山のハノイ米朝首脳会談が決裂する。背景について韓国側は当事者でないため明らかにせず、北朝鮮側は元々、口が堅い。何があったのか知りたい気持ちを、トランプ大統領が充たしてくれた。

米国の著名ジャーナリスト、ボブ・ウッドワードの『RAGE怒り』によれば、トランプは金正恩に「五つ」の核施設放棄を要求し、金正恩氏は「最大の一つ(寧辺)」にこだわった。

決裂後、金正恩氏の怒りは文大統領に向かった。「一つ」を条件に、米国を説得してくれたのではなかったか。そこから南北関係は下り坂となり、2020年6月には『板門店宣言』の象徴だった北朝鮮・開城工業団地内にある南北共同連絡事務所が北朝鮮により爆破されるに至る。

一方で、文大統領には「勇気」という言葉がつきまとった。

戦争の危機がくすぶっていた17年8月15日には、「朝鮮半島での武力使用は許さない」と米朝に向け決然と語り、18年5月には近所に遊びに行くような雰囲気で、南北軍事境界線を越えた。老練の元高官は、「金大中を超えた」と評価した。

だが皮肉にも、文大統領への批判もまた「勇気」によってなされた。金剛山観光と開城工業団地の再開をついに成し遂げられなかった点が象徴的だ。

別の著名な専門家は「文大統領は18年9月の平壌首脳会談を経て秋に再開を命じたが、外交部などが止めた」と、一度は決意したことを明かしたが、いずれにせよ貫徹できなかった。

文大統領は支持率9割の絶対的なアドバンテージを生かせなかった。「あの時に何がなんでも、開城と金剛山を開いておくべきだった」と惜しむ声の大きさは韓国内で尋常ではない。

残念ながら、開城も金剛山も朽ちていくのみとなった。この専門家に「文政権の北朝鮮政策はどこからやり直せるか」と聞いたら、「就任直後に開城と金剛山を再開しておくべきだった」という答えが返ってきた。やんぬるかな、という言葉が自然と口をついた。

19年2月、ベトナム・ハノイで再会した米朝首脳。写真は朝鮮中央通信より引用。
19年2月、ベトナム・ハノイで再会した米朝首脳。写真は朝鮮中央通信より引用。

●『核分断』は未来ではない

「非核化が抜けた平和はあり得ない。核を持った北朝鮮の奴隷になることを平和と呼べるか?」

『板門店宣言』3周年を迎え、韓国では多くのシンポジウムが行われている。26日にあったある討論会を伝えるニュースについたコメントだ。奴隷という表現が強いが、筆者もその気持ちは分かる。

そうでなくとも、70年以上にわたる南北の対峙は、国家による暴力や、反対者に「アカ」とレッテル貼りすることを正当化する形で韓国社会を’軍事化’させ、安全な市民の生活を蝕んできた。

ここに核兵器が加わることで、韓国が築いてきた繁栄が一瞬にして灰燼と化す可能性を抱いたまま生きていくことは、多大なストレスがかかり、韓国社会をいずれ疲労の極致に追い込むことになるだろう。

「北朝鮮に騙されるな」と筆者に語った保守派の専門家は、今は「韓国の核武装以外に選択肢はない」と力説する立場に回った。これこそが『核分断』の現実だ。まだ市民権を得ている言葉ではないが、広まるのは時間の問題だろう。

前掲書によると金正恩氏はハノイ会談に先立つ18年のクリスマスにトランプ大統領に送った親書に、「全世界はそう遠くない将来に、私と閣下のファンタジー映画の一場面を彷彿させる二度目の歴史的会談を見ることになるはずです」と書いた。

ファンタジー映画だったのか?少なくとも、筆者の周囲にはそんな覚悟で事に臨んでいる人物は一人もいない。

北朝鮮への人道支援を行う人物、北朝鮮人権運動を一途に行う人物、政策立案に関わる学者たち、北朝鮮内部とコンタクトをとり続ける記者と危険を冒し情報を知らせる北朝鮮住民。皆が人生のミッションと信じ、身命を賭してやっている。だが、それぞれが孤立し、空回りしている。

3周年を迎えた今日、「『朝鮮半島平和プロセス』再稼働へ」という記事が韓国メディアには躍る。だが文政権がやることは、このジェットコースターのような3年間を総括し、空回りしている歯車を組み合わせ、再び前に行く体制を——3年前よりも強く——築きあげることだろう。

例えば、政権の公約の一つだった『国民統一協約』の策定はどこにいったのか?統一や南北関係への価値観がブレて多様化している今こそ必要ではないのか?南北関係の未来をめぐる保革陣営間の対話も、文政権下で一度もなかった。

今後も韓国という国の歴史は続くが、もう二度と北朝鮮政策が9割の支持を得ることはないだろう。だが6割なら不可能ではない。文政権は残された時間で考えるのではなく、未来を見据えた上で、社会で価値観を共有するプロセス作りに進むべきだ。

朝鮮半島の未来が『核分断』では、先祖たちにも子孫たちにも顔向けできない。小手先の対応ではすべてを失うという覚悟を持つことが何よりも大切な時期に来ている。

『板門店宣言』の前日に埋葬された無名の北朝鮮兵士の墓石。「北韓軍7体」とある。遺骸発掘事業で見つかった朝鮮戦争時の戦死者だ。昨年10月、京畿道坡州市の「北韓・中国軍墓地」にて筆者撮影。
『板門店宣言』の前日に埋葬された無名の北朝鮮兵士の墓石。「北韓軍7体」とある。遺骸発掘事業で見つかった朝鮮戦争時の戦死者だ。昨年10月、京畿道坡州市の「北韓・中国軍墓地」にて筆者撮影。

ソウル市内の顕忠院にある、朝鮮戦争で戦死した韓国軍兵士の墓。18年6月、筆者撮影。
ソウル市内の顕忠院にある、朝鮮戦争で戦死した韓国軍兵士の墓。18年6月、筆者撮影。