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明日から事前投票…「文在寅政権の審判」に傾くソウル・プサン両市長選、3つの見どころ

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
ソウル市長選でしのぎを削る与党の朴映宣(左)、第一野党の呉世勲両候補。筆者作成。

4月7日に迫ったソウル市・釜山市のダブル市長補欠選。第一野党の優勢が伝えられる中、選挙の趨勢は決しつつあるが、来年に大統領選を控えた韓国政治における意味は決して小さくない。

●ポイント1:与党は「どう負けるか」

投票日まで一週間となり、公開が許される最後の世論調査結果が1日に発表された。いずれも第一野党・国民の力の候補が圧倒的な優勢となっている。

『リアルメーター社』の調査によると、ソウル市では呉世勲(オ・セフン、60)候補が57.5%と与党の朴映宣(パク・ヨンソン、61)候補の36.0%に対し20%ポイント以上の大差をつけている。他の調査でも概ね15〜20%ポイントの差がついている。

一方、『ハンギルリサーチ』の調査によると、釜山市では国民の党の朴亨埈(パク・ヒョンジュン、61)候補が56.7%と、34.5%の支持を集める与党の金栄春(キム・ヨンチュン、59)候補を軽くいなしている様相だ。

また、別の調査では「投票日まで投票先を変えない」という回答が86.5%に達していることから、事実上決着した状態といえる。

選挙の「意味」はどこにあるのか。

4社が合同で行った世論調査では、今回の選挙の認識を「国政運営に対する審判を通じ、野党に力を付けるべき」といういわゆる‘政権審判論’が50%、「安定的な国政運営のために与党に力をつけるべき」という‘国政安定論’38%という結果だった。

昨年4月の総選挙では、与党が全300の議席の6割にあたる180議席を獲得する大勝を収めてからわずか一年。当時は新型コロナ対策を安定して政府が行えるように、という意識が強かった。なぜこんなにも変わったのだろうか。

それは世論調査における文在寅大統領への否定評価の根拠を見れば分かる。『ギャラップ社』の資料によると、1位から順に「不動産政策」34%、「経済、民生問題の解決不足」8%、「公正ではない、ダブルスタンダード」6%となっている。

1位の不動産政策とは、政府の相次ぐ対策にも不動産が値上がりを続け「持つ者」だけが資産を増やす状況が一向に変わらないことに加え、新都市開発予定地に指定される場所を事前に知り得た国の住宅公社の職員が、当該地域に先行投資を行った疑惑まで加味されたものだ。

現在、後者について警察が捜査を始めており、過去9年間の捜査対象者は100人を超える。国会議員や公務員の不動産をすべてチェックしようという動きまで出る程の国民的な騒ぎとなっている。

実際には、文政権以前から問題になっている出来事ではある。だが2019年夏の「曺国騒動」から傷がつき始めた、文政権最大の売りだった「公正さ」の喪失を決定付ける出来事として韓国社会では受け止められている。

これは朴槿惠(パク・クネ)前政権が「国政ろう断」という、側近の権力をコントロールできないまま不正腐敗により弾劾されたことと無関係ではない。「文政権よお前もか」という認識がある。

釜山市長選に与党から立候補している金栄春候補。地元出身で文在寅政権下で海洋水産部長官や国会事務総長を務めた。共に民主党HPより引用。
釜山市長選に与党から立候補している金栄春候補。地元出身で文在寅政権下で海洋水産部長官や国会事務総長を務めた。共に民主党HPより引用。

−「けん制」意識も

そして、選挙を控えた民心には、昨年の総選挙まで国政選挙で4連勝を収めている与党・共に民主党を「けん制」する意味合いもある。

実際、筆者の周辺の与党支持者も一様に「無条件で支持している訳ではないことを知らせる必要がある」、「すべて思い通りになる訳ではない」という‘お灸を据える’意味合いを強調している。

また、新市長の任期が来年6月30日までと限定的な点も「お灸にはちょうど良い」という根拠になり得る。

付言しておきたいが、野党候補が全てクリーンかと言えばそうではない。ソウル市、釜山市の両候補ともに不動産投機に関わる疑惑が伝えられているからだ。

だが、韓国の選挙は「フレーム(勝負の枠組み)」が全てだ。既に「政権の審判、お灸」で確定した枠組み、そして趨勢は、余程の不正が明らかにならない限りはひっくり返らない。

そもそも、今回の補欠選挙がなぜ行われるのか、という点で与党は有権者に合わせる顔がない。

ソウル市では昨年7月に現職の朴元淳(パク・ウォンスン)市長が部下へのセクシャルハラスメント疑惑が提起されようとするや自死を選び、釜山市では昨年4月にやはり現職の呉巨敦(オ・ゴドン)市長が部下へのセクシャルハラスメントで辞職した。いずれも与党所属の大物政治家だった。

本来ならば党憲により候補を出せないはずの与党が、これを強引に変えて今回の選挙に臨んでいる。名分が弱い上に、不祥事のダブルパンチで立つ瀬がない。さらに今回の選挙には約80億円の国費がかかっている。

こんな悪材料が重なる中で焦点になるのが、与党がどこまで野党に肉薄できるかという点だ。これは来年3月の大統領選挙を見越したものとなる。

負けてよい選挙などあるはずがなく、首都と第二の都市での市長選において大差で敗れることがあると、党内再編は避けられず立て直しは容易ではない。与党が「最小限のダメージ」で選挙を乗り切れるのかどうかに注目が集まっている。

釜山市長選に第一野党・国民の力から立候補している、朴亨埈候補。社会学博士号を持ち、過去、李明博政権下で青瓦台政務主席などを務めた。同党HPより引用。
釜山市長選に第一野党・国民の力から立候補している、朴亨埈候補。社会学博士号を持ち、過去、李明博政権下で青瓦台政務主席などを務めた。同党HPより引用。

●ポイント2:若年層の支持はどこに?

最近の世論調査を細かく見ると、ある変化が読み取れる。これまで文政権と与党を支持してきた30代で野党支持が大きく上回っている現象がそれだ。

また、20代でも野党支持が圧倒的だ。背景は様々だが、特に20代、30代の場合は「公正」に対する意識が韓国で最も高い点が挙げられる。

厳しい受験、就職戦争に勝ち、さらに結婚や出産、マイホーム購入という「人並みの成功」を収めるためには、公正な環境、公正な競争が必須となる。だが今の文政権でそれは期待できないという失望があると見てよい。

また、40代の政権支持が減り「トントン」になっている点も見逃せない。この変化は韓国メディアでも「岩盤支持層が崩れるかも」と大きく注目されている。

文政権を支える一番の砦は40代(50代も)のホワイトカラーであることは広く指摘されているが、彼らが実際にどこまで与党に対し「NO」を突きつけるのかが見どころだ。

若者層の意志表示は後述するような韓国政治の「更新」とも大きな関わりがあるため、与党と第一野党、どちらに投票するのかを含め、年代ごとに細かく見ていく必要がある。

●ポイント3:3位は誰か?

見てきたように、「誰が勝つか」よりも「どう勝つか」に注目が集まる中、今回の選挙は韓国社会の今後を占う意味もある。

生きづらさから「ヘル朝鮮(今や誰も使わないほど定着した)」と呼ばれる韓国社会を作ってきたのは、10年単位で政権交替してきた今の与党、第一野党という巨大両党である。この両党で今も全議席の95%以上を占めている。

韓国の政治学者キム・ヌリが指摘するように、両党とも「野獣資本主義」を支持し進めてきた点は見逃せない。今の生きづらさを変えるためには、「第三の代案」を提示できるかというのが、争点にならなければならない。

だが本来、こうした役割を率先して担うべき第二野党の正義党(6議席)は今回の両選挙に候補を出していない。1月に金鐘哲(キム・ジョンチョル)代表が所属する女性議員、張惠英(チャン・ヘヨン)議員にセクシャルハラスメントを行い除名となったことで、選挙戦を辞退しているからだ。

このため、3位争いは群小候補にとって大事なものとなる。例えば、前回2018年のソウル市長選で「フェミニストソウル市長」を掲げ4位となった申智藝(シン・ジイェ、31)候補は、韓国紙とのインタビューで「民主、国民の力は両方とも『積弊』、今回の選挙は過去と未来の闘い」というフレームを提示した。

実際、今回のソウル市長選は「10年前のデジャビュ」と称されるほど、候補に新しさが無く「韓国政治の停滞を表すもの」と評価されている。

だからこそ、「韓国政治の更新」というアプローチは、今は主流にはなれずとも韓国社会にとって欠かせない指摘だ。

他の候補もジェンダー平等や競争社会・AI社会の代案としてのベーシック・インカムなどを提案しており、「権力争い」の様相が色濃い巨大両党以外の声に市民がどう反応したのかをチェックする必要がある。

無所属の申智藝(シン・ジイェ)候補のwebバナー。「あなたの居場所があるソウル」というキャッチコピーだ。同候補サイトより引用。
無所属の申智藝(シン・ジイェ)候補のwebバナー。「あなたの居場所があるソウル」というキャッチコピーだ。同候補サイトより引用。

●おわりに:韓国政治はどこへ?

新型コロナ下で行われた昨年4月の総選挙では66.2%という28年ぶりの高投票率を記録したが、今回の補欠選挙は休日ではないこともあり、低調な投票率を予想する向きが強い。一方で、政治熱の高まりからそうはいかないという見方もある。

いずれにせよ、結果から一般的に投票率が75%を超える大統領選の結果を占うような拡大解釈は禁物となる。だが、第一野党・国民の力にしてみれば「生まれ変わり」、つまり弾劾からの‘みそぎ’を宣言する絶好の機会であることは確かだ。一方の与党は、なんとか最小限の傷で乗り切りたい。

実は筆者がソウル・釜山両市長選について書くのはこの記事が初めてとなる。重要な選挙であるにもかかわらず書いてこなかった理由は、「韓国政治はいったいどうなるのだろうか」という‘暗さ’を抱えきれなかったからだ。

公正どころか憲法遵守もできなかった保守派の朴槿惠政権もダメ、口だけ公正を掲げた進歩派の文在寅政権もダメとなると、韓国政治は今後どこに向かうのだろうか。

こうした問いは昨年の朴元淳市長の死去時からもっと公論化されるべきだったのかもしれない。残念ながら、今回の選挙はこの問いについて答を提示してはくれないだろう。

さらに来年の次期大統領選も保守と進歩の「関ヶ原」となり、社会問題はメインテーマから追いやられることは間違いないだろう。

だが正当性を失いつつある両党では、不平等が広がると共に保守進歩という分断の極みにある韓国社会をうまく導いていけないというのは、もはや明らかだ。

先の見えない過渡期にある韓国社会がどこに向かっていくのか、そんなヒントを得られるかどうかが、実は今回の選挙の一番のポイントかもしれない。事前投票は明日2日から始まる。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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