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ベトナム戦争時の韓国軍「民間人虐殺」で、最高裁が国に情報公開命じる判決…真相究明に大きく前進

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
昨年4月、ベトナム人女性が韓国政府に国家賠償請求を行った際の会見。林弁護士提供。

1964年から72年にかけて、ベトナム戦争に延べ30万人以上の兵士を派遣した韓国。その際に現地で韓国軍兵士が起こしたとされる虐殺事件について、関連資料の公開を決める判決が最高裁で確定した。

●民間人70余人を虐殺

韓国紙『ハンギョレ』は25日、公益弁護士団体「民主社会のための弁護士会(民弁)」に所属する林宰成(イム・ジェソン)弁護士が、国の情報機関である国家情報院を相手に起こした訴訟の上告審で、原告が勝訴した原審を確定したと明かした。

これにより、ベトナム戦争に参戦した韓国軍が、現地で起こしたとされる民間人虐殺事件の真相に一歩近づくこととなった。同紙によると、国家情報院は「関連情報を公開する手続きを進めている」とのことだ。

今回の訴訟は、林弁護士が2019年3月に提起したものだった。

1968年2月12日、韓国軍兵士がベトナム中部クアンナム省に位置するフォンニィ・フォンニャット村で行ったとされる民間人70余人の虐殺事件について、中央情報部(国家情報院の前身)が69年11月に、この事件に関わった韓国軍幹部3人を尋問した際の調書資料の目録の公開を求めていた。

「駐越韓国軍野戦司令部」と書かれた看板。戦争記念館提供。
「駐越韓国軍野戦司令部」と書かれた看板。戦争記念館提供。

20年1月の一審判決で原告の林弁護士が勝訴した判決が今回、確定したこととなるが、実際には「5度目の判決」となる。林弁護士は17年11月に、上記の資料を公開するよう、行政訴訟を提起していたからだ。

これについて裁判所では「韓国政府が虐殺事件に関し、関係者を調査したのか否かなど歴史的な事実を確認することができる史料として意味があり、公開する価値が認められる」(冒頭の『ハンギョレ』記事より引用)とし、「外交上の重大な国益を侵害する」とした国の主張を退け、一審と二審で「公開すべき」との判決を下していた。

この時に国は上告をせず判決が確定するかのように見えたが、実際は「第三者の私生活の秘密を侵害する」という新たな理由を掲げ、資料の非公開を続けていた。19年3月の訴訟はこの「情報公開拒否処分」の無効を確認するもので、今回やっと決着がついた形だ。

●林弁護士「初めて公開される点に意義」

今回の判決はどんな意味を持つのか、26日午後、筆者は原告の林宰成弁護士に電話インタビューを行った。

ちなみに林弁護士は、18年10月30日の大法院判決で日韓関係を揺るがした、いわゆる「徴用工裁判」の原告側代理人や、元日本軍「慰安婦」被害者による日本政府を相手にした訴訟の弁護団、さらに「済州4.3事件」での韓国政府による軍事裁判被害者の原告団の代理人を務めるなど、国家による暴力を糾す裁判の先頭に立ち続けている。

林宰成(イム・ジェソン)弁護士。テレビの時事番組の司会も務める。本人提供。
林宰成(イム・ジェソン)弁護士。テレビの時事番組の司会も務める。本人提供。

林弁護士は「目録ではあるが、韓国政府が所有するベトナム戦争時の民間人虐殺と関連する資料が、初めて公開されることになる」と、判決を位置づけた。

そしてこれが、▲国家機関(中央情報部)が1969年にフォンニィ・フォンニャット村事件に関する調査したという事実、▲当時の調査資料を今も保有しているという事実、▲その資料の大まかな目録を確認できるようになった、という三つの意味を持つと説明した。

それでは今後、国家情報院はすんなりと資料を公開するのか。林弁護士は「まだ分からない」と語気を強め、「判決から二週間が経つのに、国家情報院が関連する情報をくれない。大法院の判決は出たと同時に確定するので、資料が公開されるには一週間もあれば充分だ」と述べた。

確かに、冒頭で紹介したように今回の判決の存在を「ハンギョレ」が報じたのは25日だが、判決自体は3月11日に出ていたからだ。そうでなくとも判決後に林弁護士が直接、国家情報院に履行について問い合わせてみたが、返答が無かったという。

●政府の主張覆す意味も

今回の判決にはもう一つ、大きな意味がある。

昨年4月21日、今回の資料公開の「舞台」であるフォンニィ村で、虐殺事件に遭遇し被害を受けたベトナム人女性のグエン・ティ・タン氏(59)は、韓国政府を相手に損害賠償を求める訴訟を提起した。

この裁判の公判で政府は「『被害事実を信じることは難しい』という立場」(林弁護士)を明かしている。

また、19年に虐殺事件の被害者が真相究明を求める請願を韓国国防部に行った際には「『保有する資料を検討したが、虐殺の事実は確認できない』とした」(同)としているが、こうした政府の弁明が資料公開により覆る可能性があるからだ。

林弁護士は「情報を公開することで矛盾が解消される」と期待を込める。そしてその後には、目録だけでなく、資料の全体の公開を求めていくことになる。

これについて林弁護士は、「訴訟を通じて要求することもできるが、被害者が要求する資料を政府が『再び訴訟せよ』とするのも無責任な話だ。資料の存在が明らかになれば、その時には様々な方法を採ることができる」と説明した。

韓国紙によると、ベトナム戦争当時、韓国軍が現地で行った民間人虐殺事件は80件以上、犠牲者は9000人を超えるとされる。

文在寅大統領は18年3月、ベトナムを訪問した際に「私たちの心に残っている両国間の不幸な歴史に対し遺憾の意を表明する」と述べたものの、真相究明も行われない中、正式な謝罪には至っていない。

今後、韓国現代史の中で秘密のベールに包まれてきた「ベトナム民間人虐殺」事件が、文字通り白日の下に晒されることになる可能性が高まっている。その時、韓国政府がどんな対応を取るのか真価を問われることになるだろう。

18年3月、ホーチミン廟を訪れる文大統領夫妻。青瓦台提供。
18年3月、ホーチミン廟を訪れる文大統領夫妻。青瓦台提供。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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