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「100年後には人口半減」…主要国最低の出生率、韓国社会が直面する"八方塞がり"の大問題

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18年5月、子どもの日を迎え大統領府を訪れる子どもたちと文大統領。青瓦台提供。

合計出産率0.84。韓国で少子化が止まらず、初の人口減に——予想されていたこととはいえ、実際に統計を突きつけられると「このままでは国が保たない」と背筋が寒くなる。だが同時に、「当然だろうな」という思いも強い。こんな相反する感情を抱かせるニュースを読み解いてみた。

●OECD加盟国で圧倒的な最下位

韓国の統計庁は今月24日、『2020年出生・死亡統計暫定結果』という資料を発表した。これによると、20年の出生児は27万2400人で、前年よりも3万300人(−10.0%)減少した。

さらに、女性1人が生涯で産むと予想される平均の子どもの数を表す「合計出産率」は0.84人で、前年よりも0.08人減った。OECD(経済協力開発機構)加盟37か国中最下位だ。ちなみに日本は1.36(19年)となっている。

出生児数(グラフ左縦軸、単位千人、緑棒グラフ)と、合計出産率(グラフ右軸、単位人、橙点グラフ)の統計。統計庁レポートより引用。
出生児数(グラフ左縦軸、単位千人、緑棒グラフ)と、合計出産率(グラフ右軸、単位人、橙点グラフ)の統計。統計庁レポートより引用。

もう少し具体的に見てみよう。出産率(人口1000人あたりの出生児数)が最も高い年齢層30〜34歳で79.0人(19年は86.2人、−8.0%)だった。次は35〜39歳で42.3人(同45.0人、−6.0%)、25〜29歳で30.6人(同35.7人、−14.0%)と続いた。前年よりも上昇したのは40〜44歳で、7.1人と1.0%の増加だった。

出生児のうち、一人目は15万4千人(前年比−8.5%)、二人目は9万6千人(同−11.7%)、三人目以上は2万3千人(同−12.2%)だった。

平均の出産年齢は33.1歳で前年19年よりも0.1歳上昇した。一人目は32.3歳、二人目は33.9歳、三人目は35.3歳だった。35歳以上の高齢出産の割合は33.8%と前年よりも0.4%増加した。

地域別の合計出産率を見ると、行政首都の世宗(セジョン)市が1.28人で最も高く、全羅南道(チョルラナムド)1.15人、江原道(カンウォンド)1.04人の順で続いた。逆に最も低いのは首都ソウル市の0.64人で、第二の都市・釜山(プサン)市が0.75人でワースト2位だった。

低出産基調がこのまま進むとどうなるか。韓国の昨年の死亡者は30万5100人と出生児数を上回り、1970年の統計作成以降はじめて人口減少が始まった。これは韓国政府が16年に出した予想よりも9年も早いものでショックを与えている。

統計庁が昨年10月に発表した『人口統計2017〜2040年』によると、2020年の韓国の総人口は5178万人(内国人5005万人[96.7%]、外国人173万人[3.3%])だが、2040年には5086万人(同4858万人、228万人)にまで落ち込むとされる。

さらに、やはり統計庁による19年の資料によると、2067年には3929万人、100年後の2117年には2081万人と現在の半分以下にまで人口が減ると見込まれている。

なお、この数値は合計出生率がOECD平均の1.24と仮定し、移民の流入を含めた場合のもので、人口を維持するためには合計出産率が2.1となる必要がある。

つまり、すでに「国家100年の大計」を立てられなくなっている現状がある。

●なぜ低下?20兆円はどこに?

それでは韓国ではなぜ、このように子どもを産まなくなったのか。いくつかの理由が複合的に絡まりあっている。

低出産・高齢化対策に取り組む政府機関『低出産高齢社会委員会』では▲社会経済的な要因、▲文化・価値観の側面での要因、▲人口学的経路の3つを主な理由と見ている。

(1)社会経済的な要因

−労働市場の格差拡大と非正規職などの不安定な雇用の増加。青年層が好む大企業や公共部分の正社員などは全体の雇用の20%しかない。所得の不安が結婚時期の遅れや出産の延期・放棄の要因に。

−教育での競争の深化。労働市場での格差が就職競争と教育競争の激化を招き、非婚・晩婚の要因に。さらに、子女の教育の負担を増加させ、教育機会の不平等が増加。

−高騰する住宅価格。過去20年で2倍に上昇。住居費用の増加は消費支出の余力を減少させ、結婚の障害に。

−性差別的な労働市場。女性は労働者として生き残るために結婚や出産を忌避。出産後のキャリア断絶に直面。子育てに関するインフラは拡大されたが、システムに問題。子どもを任せる場所がない。

(2)文化・価値観の側面での要因

−伝統的で硬直した家族規範と制度が続いている。社会では一人家庭や、一人親家庭が増えるなど婚姻と家族に対する観念が変化しているのにもかかわらず、家族に関する法律や福祉制度は「法律婚中心の正常家族」が根幹に。多様な家族と児童に対する包容と尊重が不足。

−共働き家庭は46.3%(18年)にもかかわらず、育児は女性の仕事という保守主義の存在。出産と共働きの両立が困難。

(3)人口学的経路

−過去の産児制限政策で女性人口(15〜49歳)が減少。25〜34歳までの主出産女性人口が1995年から2019年の間に105万人減少。

−初婚年齢の上昇および初産年齢の上昇で妊娠可能期間が縮小。

一方、韓国の通信社『聯合ニュース』は26日、国立ソウル大学チョ・ヨンテ保健大学院教授のインタビューを掲載した。『子どもがいなくなる世の中』という本に共著者として参加した人口学の権威だ。

チョ教授はこの中で、出産率の低下は「環境的、心理的な要因で若者の生存本能が極大化した結果」と見なした。

「人口と経済力がソウルと首都圏に偏重している上に、画一的な成功の価値、限られた良い職場、年齢ごとに進学や結婚をしなければならないという社会規範が、青年たちの競争心を誘発している」というものだ。

日本でも「ヘル朝鮮」という単語を聞いたことがあるかもしれない。激しい競争にさらされる韓国の若者が韓国社会を「地獄」と称するものだ。2010年代から使われ始めたこの言葉は、「3放(恋愛、結婚、出産の放棄)世代」といった言葉と共に、韓国の若者の置かれた環境を端的に表している。

先のインタビューに戻る。チョ教授はこんな韓国社会の競争環境を「不幸でしかない構造」と喝破する。

そして「(競争に生き残るための)生存本能が子どもを産もうとする再生産本能よりも先立つ」とし、「密度の高い社会に青年が適応する仮定で、それが以前の世代とは異なる社会的な進化として表れている」と解説している。

人口規模の変化を予想したグラフ。2012年から2040年までは「人口停滞期」、2040年以降は「人口収縮期」にあたるとみている。2100年の人口は現在の半分近い。『低出産・高齢社会基本計画』より引用。
人口規模の変化を予想したグラフ。2012年から2040年までは「人口停滞期」、2040年以降は「人口収縮期」にあたるとみている。2100年の人口は現在の半分近い。『低出産・高齢社会基本計画』より引用。

また、出産率低下の理由には、政府の対応の失敗もある。

今回の統計庁の発表を受け、韓国メディアには「200兆ウォン(約19.1兆円)」という数字が並んだ。これは韓国政府が2006年から2020年までに低出産に対応するために使用した予算の総額だ。正確には225兆ウォン(約21.5兆円)だ。

さらに今年も46兆ウォン(約4.4兆円)が編成されているが、いったいこれはどこに使われているのか?

日本のNHKにあたる韓国の公営放送『KBS』は今年1月、過去の低出産対策予算の使い道を分析し、最も多く投入された事業が青年・新婚夫婦の住居支援であると明かした。過去5年で8倍以上増加し、昨年だけで18兆ウォン(約1.7兆円)にのぼったという。

報道ではまた、21年度予算のうち「小学生の放課後教室」を拡充する予算が増えていない点、さらに乳幼児保育料予算が減っている点を指摘した。

韓国の小学校では放課後も生徒を午後6時過ぎまで預かってくれる、共働き夫婦には欠かせない制度があり筆者も大いにお世話になった。

前述したように、低出産には複合的な要因がある。住居支援があるからといって子育てができる訳ではないため、このような実質的な支援が欠かせない。

実は韓国政府は、2016年から2020年までの低出産高齢社会基本計画の目標を、合計出産率1.5と定めていた。こんな無茶な目標に沿って「ズレた」予算が莫大に投入されたのだった。そして、0.84という惨状に誰も責任を取らない政治の怠慢がある。

一方で、前出のチョ教授は「政策で何かをできる段階は超えて、低出産が文化のように固着したのでは」とも指摘している。

その上で「政府の当局者は出産率を上げることを国家の維持という機能的な側面から見ているかもしれないが、当事者は個人の人生も重要視するため、(認識に)距離がある」としている。

出産した家庭に対する支援と、出産のための支援。問題は深く、ハードルは果てしなく高い。

●「パラダイムの転換」

ではどうすれば良いのか。今回の統計庁の発表と前後して、前出の「低出産高齢社会委員会」では『第4次(2021〜25年)低出産・高齢社会基本計画』を打ち出している。

ここでは「全ての世代がともに幸福な持続可能な社会」の実現というビジョンを掲げている。特に▲個人の生活の質の向上、▲ジェンダー平等で公正な社会、▲人口変化に対応する社会の革新を掲げている。

先に挙げたような「低出産の原因」を見越し、単純な「制度拡充による出産督励」から「生活の質への向上」へと、「社会のパラダイム(規範、価値観)の転換」を図っているのが特徴だ。

そのため、この計画には具体的な数値目標が存在しない。

26日、「低出産高齢社会委員会」の関係者は筆者との電話インタビューで「あくまで結婚と出産を妨げる社会構造的な障害要因を解消するのが目標」と述べ、「出産率を指標とする目標水準を敢えて設定しなかった」と改めて語った。

とはいえ、目標がない訳ではない。この関係者は「現在の下位水準から中位水準以上に向上することを望む」と明かした。具体的には、以下の表の通りだ。

合計出産率の展望。表の上段が合計出産率、下段が出生児数(千人)だ。2025年に1.0への回復を目指す。「低出産高齢社会委員会」より受領し引用。
合計出産率の展望。表の上段が合計出産率、下段が出生児数(千人)だ。2025年に1.0への回復を目指す。「低出産高齢社会委員会」より受領し引用。

韓国では昨年、男性の育児休暇申請者が過去最高となるなど、肯定的な指標も少しずつ出始めている。問題は深刻だが、一つ一つ改善していく他にないだろう。だが、時間はそう長く残されてはいない。

蛇足ながら付け加えると、文在寅大統領が北朝鮮との関係改善に一時は政権の力のほとんどを注いだ背景にも、韓国のこんな厳しい人口事情があった。

韓国よりも広い国土に半分以下の人口、欧州まで陸路でつながれること、豊富な地下・自然資源の価値などは魅力的だが、北朝鮮もれっきとした国である。そう簡単にはいかないだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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