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韓国IT大手カカオが「ヘイトスピーチ根絶のための原則」を発表、韓国企業初

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
韓国カカオ社の金範洙(キム・ボムス、54)議長。同社提供。

韓国国内シェア1位のメッセンジャーアプリ『カカオトーク』や同3位のポータルサイト『Daum』の運営で知られる韓国の大手IT企業『カカオ』が、社を挙げてヘイトスピーチの根絶に取り組むことを発表した。

●原則樹立の背景と原則の内容

今月13日、カカオ社は自社サービス内で、4項目にわたる『憎悪発言根絶のためのカカオの原則』を発表した。

2010年に設立された同社は、社の代名詞とも言える『カカオトーク』をはじめ、タクシーや代行業などを行う『カカオモビリティ』、ゲームの開発やサービスを行う『カカオゲームズ』、ポータルサイト『Daum』、さらに動画配信の『カカオTV』など100以上の子会社を運営する、ITを基盤としたプラットフォーム企業だ。モバイル専用銀行『カカオバンク』の最大株主でもある。

その規模は、2020年には創業わずか10年で資産規模韓国財界23位に達している。さらに新型コロナウイルス感染症拡大の下での「untact(アンタクト。非対面接触を意味する造語でアンコンタクトとも言われる)」需要の高まりに伴い、急成長を続けている。

韓国内で「カカオ」の名が付かないサービスは無いと言っても過言ではなく、生活への影響度が高い会社と言える。

カカオ社ホームページ。カカオトークのキャラクターは韓国で広く普及している。
カカオ社ホームページ。カカオトークのキャラクターは韓国で広く普及している。

そんな同社が「オンラインでの憎悪発言(ヘイトスピーチ)が社会的な問題として浮上している」という問題意識を持ち、「社会の構成員として、デジタル空間をより健康にするため」に昨年一年かけて準備したのが、今回の「原則」だ。

原則では「憎悪発言(ヘイトスピーチ)」について、以下のように定義している。

出身(国家、地域など)・人種・外見・障碍および疾病の有無・社会経済的な状況および地位・宗教・年齢・性別・ジェンダーアイデンティティ・性的指向もしくはその他のアイデンティティ要因などを理由とする特定の対象への差別に基づき、特定の人物や特定の集団を攻撃する発言。

そしてこれを「利用者の情緒的な安全を脅かすだけでなく、社会的な排斥と物理的な暴力を誘発」し、「多様な利用者が発言する自由を萎縮させるだけでなく、私たちの社会の信頼と健康性を阻害する」ものとし、「強硬に対処する」と明かしている。

なお、同社によるとこの原則は「公開された掲示物の領域に限る」とされる。カカオトークの私的な対話空間や、コミュニティなど非公開の掲示物には適用されない。

以下は全文を筆者が翻訳したものだ。

●『憎悪発言根絶のためのカカオの原則』

カカオは技術と人の連結を通じ、より良い世の中を作ろうとします。カカオはより自由で多様な連結のために、利用者の表現の自由を保護しようと努力しています。

利用者の人権を保護することもまた、カカオの重要な責務です。カカオは表現の自由を濫用し、他人の安全を脅かす発言を警戒します。

カカオはオンラインでの憎悪発言(hate speech、ヘイトスピーチ)を根絶するために努力していきます。下記のようなカカオの憎悪表現に対応する政策方向が完全に履行され、ひいては皆が安全なデジタル環境が作られるよう、皆さんの多くの関心と参加をお願いします。

1.カカオは出身(国家、地域など)・人種・外見・障碍および疾病の有無・社会経済的な状況および地位・宗教・年齢・性別・ジェンダーアイデンティティ・性的指向もしくはその他のアイデンティティ要因などを理由に特定の対象を差別したり、これに対する偏見を助長し、一方的に侮辱したり排斥する行為に反対します。

2.カカオはこうした差別に基づき、特定の人物や特定の集団を攻撃する発言を憎悪発言と定義します。憎悪発言は利用者の情緒的な安全を脅かすだけでなく、社会的な排斥と物理的な暴力を誘発します。憎悪発言は多様な利用者が発言する自由を萎縮させるだけでなく、私たちの社会の信頼と健康性を阻害します。カカオは利用者の人権と尊厳性を毀損し、安全を脅かす憎悪発言に強硬に対処していきます。

3.利用者はカカオサービス内で公開された空間で、特定の人物と特定の集団に対する暴力を扇動するなど人間の尊厳性を毀損する発言に留意しなければなりません。利用者は他人の尊厳と安全を脅かさない限り、依然として公共政策や自身の信念などについて自由に意見を開陳することができます。

4.カカオは憎悪発言を根絶するため、これからも政策、技術、サービスおよびデザインを高度化させていきます。加えて、社内教育とモニタリングを強化するなど内部からの差別と憎悪発言を警戒します。

上記の原則は、公開された掲示物の領域に限ります。カカオトークの私的な対話空間、メール、トーク引き出し(カカオのサービスの名前)など個人化されたサービスや、コミュニティなど非公開の掲示物などにはプライバシー尊重を最優先の価値として適用します。

カカオは全ての利用者が安全に表現の自由を享受できる環境を作るため努力します。皆が安全なデジタル空間を作るために利用者の皆さんも積極的に参加してくれるようお願いします。

同社は「原則」を発表すると同時に、その内容を運営政策に反映。今月20日から効力が発生するとした。

また、「ヘイトスピーチ」の韓国語訳を一般的な「嫌悪表現」ではなく「憎悪発言」とした点について同社は「(適切な訳について)学術的な議論はまだ行われている」と前置きしつつ、以下のように説明している。

「嫌悪」は「嫌がり、忌避する」感情までを含みます。こうした感情には特定の対象に対する「故意的な暴力性」を内包しないということはありません。特定の行為を管理・措置するためには、その行為の害悪性が明白でなければならず、制裁の必要性と妥当性も確保しなければなりません。

こうした条件を考え、カカオは「差別的な認識に基づき特定の集団に対し極端な言語的暴力を加える行為」を「憎悪発言」と定義しました。

●学者や国家人権委員会も交え準備

カカオ社は今回の原則を公開するに当たり、入念な準備を重ねてきたとする。「オンライン上での憎悪発言に事業者が積極的に対応しなければならない社会的な要求」を認識しつつも、「いたずらに介入する場合、利用者たちの表現の自由を制約する憂慮」を考え、「慎重なアプローチ」を行ったとのことだ。

原則に向けた取り組みは、20年1月にスタートした。社内外のメンバーが参加する専門家グループを作り、学術的な研究も国家機関『国家人権委員会』と『韓国言論法学会』と共に進めた。その間の議論の会議録はすべてこの度発表された『カカオ憎悪発言対応政策緑書』で確認できる。

なお「緑書」とは聞き慣れない言葉だが、同社はこれについて、「議論を始めるにあたり、議論の対象となる問題を様々な角度から分析し、代案を作り参加者に提供する資料を意味する」と説明している。

「緑書」では20年8月に行ったオンライン上のヘイトスピーチに関する世論調査(対象は男性515人、女性507人の計1022人)の結果もあり興味深い。いくつか図を引用してみる。

実際にオンラインでヘイトスピーチを行ったことがある61人の内訳。男性が78.7%だった。年齢層は20代から60代までほぼ均等に分かれている。同「緑書」より引用。
実際にオンラインでヘイトスピーチを行ったことがある61人の内訳。男性が78.7%だった。年齢層は20代から60代までほぼ均等に分かれている。同「緑書」より引用。

上記61人がヘイトスピーチを行った頻度。「一か月に一度以下」が31.1%と最も多かった。4.9%は「一日一回程度」と答えた。同「緑書」より引用。
上記61人がヘイトスピーチを行った頻度。「一か月に一度以下」が31.1%と最も多かった。4.9%は「一日一回程度」と答えた。同「緑書」より引用。

オンライン上のヘイトスピーチの対象(一人3つまで選択)。女性(12.8%)、特定宗教(10.7%)、障碍者(10.6%)、芸能人・スポーツスター選手(10.6%)の順で多かった。同「緑書」より引用。
オンライン上のヘイトスピーチの対象(一人3つまで選択)。女性(12.8%)、特定宗教(10.7%)、障碍者(10.6%)、芸能人・スポーツスター選手(10.6%)の順で多かった。同「緑書」より引用。

ヘイトスピーチの対象を社会的マイノリティに絞り込んだもの。障碍者、女性、性的少数者、老人、全羅道出身者、多文化家庭の順だった。9位に朝鮮族、10位に日本人が入っている。「緑書」より引用。
ヘイトスピーチの対象を社会的マイノリティに絞り込んだもの。障碍者、女性、性的少数者、老人、全羅道出身者、多文化家庭の順だった。9位に朝鮮族、10位に日本人が入っている。「緑書」より引用。

同社によると、韓国の企業がヘイトスピーチに関する具体的な態度や対策を発表したのは今回が初めて。

「原則」制定について同社は「デジタル企業特有の『ESG活動』」と位置づけている。これは、環境(Environment)、社会(Social)、支配構造(Governance)の側面から企業の責任を要求し評価する枠組みだ。

一方、今回の「原則」制定について、カカオ社の創業オーナーである金範洙(キム・ボムス、54)議長の役割が大きかったとされる。金議長は同社に新設された「ESG委員会」の委員長に就任するなど意欲的な姿を見せている。

「技術と人でより良い世の中を作る」というビジョンを掲げるカカオ社。この度公開された原則が、韓国社会にどんな変化をもたらすのか注目される。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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