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朝鮮半島平和プロセス「バイデン政権が最後のチャンス」の意味とは

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
文在寅大統領と1月に米大統領に就任するバイデン当選者。筆者作成。

今なお冷戦が終わらない朝鮮半島。これを正常状態に戻すための『朝鮮半島平和プロセス』に残された時間はわずかしかない。今後の見どころを整理した。

●4つの「最後」

先日、韓国のとある北朝鮮専門家がSNSで「バイデン政権が前任(トランプ)よりも良いという期待が実現するように、皆で努力しよう。最後だと思う」と書いていた。

筆者は、すぐに「いいね」を押した。同じようなことを考えていたからだ。今回はこれを簡単に解説して今年最後の記事としたい。

「最後」には以下のような意味が込められている。

(1)韓国が北朝鮮より優位な朝鮮半島平和プロセスが最後

(2)米韓が同じ方向を向く朝鮮半島平和プロセスが最後

(3)安定状態の中で行われる朝鮮半島平和プロセスが最後

(4)共存共栄の朝鮮半島を実現するチャンスが最後

なお、ここでいう「朝鮮半島平和プロセス」とは、朝鮮半島の非核化・朝鮮戦争の平和協定締結・米朝国交正常化の実現といった「朝鮮半島の正常化」を指す。

(1)韓国が北朝鮮より優位な朝鮮半島平和プロセスが最後

文在寅大統領は今年6月25日の朝鮮戦争勃発70周年記念演説の中で「私たちのGDPは北朝鮮の50倍を超え、貿易額は北朝鮮の400倍を超えます。南北間の体制競争はだいぶ昔に既に終わりました」と述べた。

単純な事実を述べただけだが、南北共同連絡事務所が爆破されて10日も経たない内に大統領が明かした「上から目線」は、批判を浴びた。

だが実はこの目線こそが1980年代後半から続く、南北関係を象徴している。

冷戦が終結した1989年以降、北朝鮮はソ連と中国という後ろ盾への依存関係改善を迫られ生存の危機を迎えていた。この時、北朝鮮にくい込んだのが当時「北方政策」という名でソ連、中国と関係改善を進めていった盧泰愚(ノ・テウ、在任88年2月〜93年2月)政権だ。

同政権は88年の『7.7宣言』を通じ、敵であった北朝鮮を統一のパートナーとして包容し、南北交流を拡大するという北朝鮮政策の転換を遂げていた。「新たな南北関係」と「生存のための保険」で南北の思惑が一致するなか、1990年、91年と南北高官級協議が開かれついに締結されたのが『南北基本合意書』だ。

(参考記事)[全訳] 南北基本合意書(1992年2月19日発効)

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=210

この中で南北双方は「国と国の関係ではなく、統一を指向する過程で暫定的に形成される特殊関係」と規定された。さらに南北不可侵、南北交流・協力を明記したこの合意は今も続いている。

だが北朝鮮側が当時、文字通り「劣勢」だったことは今では忘れ去られている。

当時の会談に関わった韓国の元高官が「韓国が望む文言がすべて反映された」と明かしているように、吸収統一の危機を感じていた北朝鮮側にとっては、痛い記憶だ。

その証拠が、2018年10月に韓国の代表団が北朝鮮・平壌を訪問した際の写真に現れている。

いずれも故人となった盧武鉉(ノ・ムヒョン、在任03年2月〜08年2月)大統領と金正日総書記による07年10月4日の首脳会談を記念する大会の壇上には、南北初の合意である1972年の『7.4合意』、そして2000年と07年の首脳会談での合意、18年4月の『板門店宣言』と同9月の『平壌共同宣言』があったきりで、『南北基本合意書』の文字はなかった。

筆者が違和感を覚えた「10.4宣言11周年記念民族統一大会」の写真。写真は平壌写真共同取材団。
筆者が違和感を覚えた「10.4宣言11周年記念民族統一大会」の写真。写真は平壌写真共同取材団。

このことからも分かるように、北朝鮮との圧倒的な経済力の差を見せつける韓国の態度は、金正恩委員長が持つ「吸収統一という未来への危機感」を刺激せずにはいられない。

2019年後半から今まで続く南北関係は氷河期が続いているが、その一因に冒頭に引用した演説のように、どこまでいっても北朝鮮を認めない韓国側の態度があることは否定できない。

そもそも、北朝鮮が開発した核兵器にはこうした力関係をひっくり返す意味合いもある。金正恩氏にとって、今は90年代初頭の弱かった北朝鮮ではないということだ。

バイデン時代の南北関係はこの点での修正が望まれるが、簡単ではない。過去から続く包容政策の根幹にある「関与による北朝鮮の変化」こそ、南北関係の力関係の差の上に存在する概念だからだ。

だからこそ包容政策を進める最後の挑戦となるのは間違いない。その過程で北朝鮮といかに対等な関係を築いていけるのかが問われることになるだろう。

(2)米韓が同じ方向を向く朝鮮半島平和プロセスが最後

文政権における北朝鮮政策のブレーンたちが理想とする朝鮮半島平和プロセスの「最高形」が2000年だったことは否定できない現実だ。当時の金大中大統領が誰よりも信頼した戦略家・林東源(イム・ドンウォン)元国家情報院長の影響は広範囲に及んでいる。

98年から林氏が進めた政策は大きく言うと「朝鮮半島で冷戦を解体する」という根本的な目的を見据えたものだった。

具体的には「南北の不信と対決」、「米朝の敵対関係」、「北朝鮮の閉鎖性と硬直性」、「大量殺傷兵器」、「軍事的対峙状況と軍備競争」、「停戦体制」という複雑に組み合わさったパズルを段階的、包括的に改善することとなる。

これは林元長官の言葉を借りると「北朝鮮が核兵器を必要としない環境を作り、相互の信頼を醸成する」ということになる。米韓はこのアプローチを共有し『ペリー・プロセス』として完成させ、実現に移す。その成果が現れたのが2000年のことだ。

6月の史上初となる南北首脳会談を受け、10月には北朝鮮の趙明禄(チョ・ミョンロク)国防委員会副委員長が米国を訪問し、オルブライト米国務長官との間に米朝の関係改善意志を示す『米朝コミュニケ』を発表した。

さらにクリントン大統領に平壌への招待状を手渡しその後、オルブライト国務長官が訪朝するなど、クリントン訪米の準備は整ったかに見えた。

だが同年11月の大統領選挙で民主党のゴア候補が敗れ共和党のブッシュ氏が当選した上に、クリント大統領が中東和平プロセスを優先したことで、歴史の転換点になるはずだった会談はついに実現しなかった。

『ペリー・プロセス』はその名前の元となった米側の北朝鮮政策特別調整官ウィリアム・ペリー元国防長官が回顧録の中で整理したように、「北朝鮮が核武器を製造できる核施設を解体するあいだ、包括的な正常化と平和協定のために段階的に進んでいく」というものだ。

米上院の外交委員長だった01年に訪韓し、当時の金大中大統領と握手するバイデン氏。金大中図書館提供。
米上院の外交委員長だった01年に訪韓し、当時の金大中大統領と握手するバイデン氏。金大中図書館提供。

2000年は、南北関係と米朝関係が好循環を見せた1年として記録されている。これをやはり同様の動きがあった2018年と比べる向きもあったが、米側の土台は2000年と18年では比べものにならない。

そして期待は「核のない朝鮮半島を前提に、北朝鮮が核能力を縮小するならば(金正恩委員長と)会う」という段階的な措置の可能性をほのめかすバイデン次期政権に集まっている。

今年11月18日、ペリー元長官は南北関係を主管する韓国統一部の李仁栄(イ・イニョン)長官と行ったオンライン会談で「ペリー・プロセスのような外交的な解決方法はバイデン政権下でも依然として有効」と述べている。

また、12月に韓国政府が開いた国際シンポジウムでは「北朝鮮が核兵器を持っているという全体で交渉し、北朝鮮の正常国家化のために交渉すべき」と、包括的なアプローチを強調した。

他にも、ロバート・カーリンといった90年代から朝鮮半島平和プロセスに関わってきた多くの米国のベテラン専門家たちも、こうした主張に同調するとされる。

韓国・米国いずれも民主党が並び立つのは約20年ぶりだ。トランプ政権下ではトップダウンで決められた北朝鮮政策が、米韓の過去の知恵を総結集する形で再度戦線を整えられるか。失敗する場合には、無策のまま時だけが過ぎることとなる。

(3)安定状態の中で行われる朝鮮半島平和プロセスが最後

2017年11月29日以降、北朝鮮は長距離ミサイルと核実験を行っていない。さらに18年9月19日の南北軍事合意書により、朝鮮半島の軍事的緊張は低い状態が続いている。

しかしこれがいつまで続くのかは分からない。1月のバイデン新大統領の就任前後に北朝鮮が武力挑発を敢行するという意見もあれば、出方を見守るという見立てもある。

重要なのは、前述してきたような朝鮮半島平和プロセスは、国家間の信頼という危うい前提の上に成り立つことになるため、今のような静かな状態でこそ推進可能であるという点だ。大規模な軍事実験が起こる場合、対話は一発で吹き飛んでしまうことは、過去の例からも明らかだ。

一方で、米国や国連による北朝鮮への高強度の経済制裁は未だ維持されている。2020年になって「正面突破」「自力更生」を強く掲げながらも、新型コロナウイルスによる国境封鎖などで経済的な孤立を深める北朝鮮が、いつまで今のまま静かにいるのかは不透明だ。さらに、今この瞬間にも北朝鮮の核施設は稼働しており、核物質は生産され続けている。

様々な要素が臨界点に近づく中で、米朝双方で対話による平和的な解決という枠組みがどこまで維持されるのか。ペリー元長官も「北朝鮮でどんな事も長いあいだ問題なく行われることはない」と指摘しているように、どこかで必ず軍事的な動きが起きる。チャンスはその前の一度しかない。

4)共存共栄の朝鮮半島を実現するチャンスが最後

これまで本欄で筆者が何度も指摘してきた通り、韓国内における統一意識は下がり続けている。特に若者の間ではその傾向が強いが、これは当然といえば当然だ。

1998年から2008年まで約200万人の韓国市民が金剛山観光に参加したが、今の10代20代、そして30代の中で北朝鮮に行ったことがある割合はほぼゼロに近い中、統一意識を持てというのは無理がある。

一方で、2018年4月27日の『板門店宣言』への支持率が90%に肉迫したことを忘れてはならない。だがその後、韓国社会の金正恩氏への信頼と期待が下がり続けている。

さらに18年当時、はじめての南北関係好転を受け文在寅政権に声援を送った若者層は、変わらぬ韓国の不平等社会を前に政権に愛想を尽かし始めている。こんな状況では共存共栄の南北の未来などは絵空事でしかない。

文在寅政権の公約のうち、ほったからかしになっているものの一つに『国民統一協約』の制定がある。80年代から今まで続く「民族共同体統一方案」を更新する新たな統一観を韓国社会で共有しようという試みだった。18年までは全国各地で会合が持たれるなど積極的に進められていたが、その後南北関係が悪化したことで立ち消えとなった。

今後も北朝鮮が韓国を受け入れない場合、韓国は否応なく「別人」または「隣人」としての南北関係という方向転換を迫られることになるのは自明だ。

文在寅政権の北朝鮮政策の根幹は「平和共存」、「共同繁栄」だ。これを実現したいならば、もっと南北関係について公論化を進める必要がある。このままでは何も残らない。

国策シンクタンク『統一研究院』の調査。統一を望む(青)と平和共存を望む(橙)の割合を年代別に分類したもの。右に行くほど若い世代となる。統一研究院より引用。
国策シンクタンク『統一研究院』の調査。統一を望む(青)と平和共存を望む(橙)の割合を年代別に分類したもの。右に行くほど若い世代となる。統一研究院より引用。

韓国公営放送KBSによる世論調査。北朝鮮の金正恩氏と集権勢力への反感(濃いオレンジ=とても反感、薄いオレンジ=だいたい反感)は2020年に74.5%に達し、18年より倍増した。KBS提供。
韓国公営放送KBSによる世論調査。北朝鮮の金正恩氏と集権勢力への反感(濃いオレンジ=とても反感、薄いオレンジ=だいたい反感)は2020年に74.5%に達し、18年より倍増した。KBS提供。

●「次はない」という危機感の共有を

見てきたように、バイデン政権の4年をゆっくりと過ごす余裕は、今の朝鮮半島に存在しない。朝鮮半島平和プロセスと南北関係にとっては2021年が非常に大切な一年となる。

北朝鮮からは来年1月の党大会で重要なメッセージが出るものと見られる。これを受け、韓国政府は危機感をもって南北関係を再構築し、米韓関係を整える必要がある。

「最後のチャンス」というプレッシャーは筆者にもある。それは、日本社会が朝鮮半島平和プロセスの必要性を理解し、これに積極的に同調するようになる機会もまた最後であるという危機感だ。

それほどまでに朝鮮半島平和プロセスに対する日本国内での理解は低い。日米韓が足並みを揃えて歩みを進めた90年代末から2000年当時と比べて半分以下に落ちているだろう。

朝鮮半島の正常化は、日本の将来とも大きく関わる問題だ。日本に住む人々に向けて、来年はよりしっかりと朝鮮半島情勢を伝えていきたい。

(今年一年、記事をお読みいただきありがとうございました。良い年末年始をお過ごしください。徐台教。)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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