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『平壌共同宣言』から2年…南北の「止まった時計」をどうするか

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18年9月19日、平壌で手を取り合う南北両首脳。写真は共同取材団。

19日、南北首脳による『平壌共同宣言』から丸2年を迎えた。「南と北は朝鮮半島を核武器と核脅威のない平和の基盤として作り上げなければならない」(第5項)と高らかに謳った宣言は今、大きな壁に突き当たっている。

●「時計が止まった」南北関係

昨年9月の1周年では、統一部が小さな記念式を行った。だが今年の2周年では公式行事すらなく、文在寅大統領が19日に、各SNSに短いメッセージを出しただけだった。この静けさは何よりも韓国内の雰囲気を表している。

文大統領のメッセージのポイントは2つあった。

一つ目は、2年前の平壌で交わされた『平壌共同宣言』と『南北軍事合意書』により、南北関係が進展したというものだった。「金正恩委員長と共に朝鮮半島の非核化と平和な朝鮮半島を宣言」した点、そして「その後(18年9月以降)南北間の武力衝突がただの一件も発生していない」点を挙げ成果とした。

二つ目は、2年前の合意が早く履行されない理由について「対内外的な制約を超えられなかったから」と述べるものだった。「たとえ今は止まっているが、平和に対する私たちの意思は確固としている」とした。

これらの言及は文在寅政権が自らの北朝鮮政策をどう評価しているのかを、よく表している。

韓国は2018年に3度の南北首脳会合を開き2度の首脳宣言文を出すことで、2010年代の韓国保守政権下で続いてきた南北関係の断絶を修復、さらに「変わる北朝鮮」の代弁者を積極的に引き受けることで米朝首脳会談を仲介し、『米朝シンガポール宣言』の合意に大きく寄与した。

これにより2017年に極大化した米朝間の軍事的緊張は大きく和らぎ、北朝鮮は3年近く、核・中長距離弾道ミサイルの実験を止めた。さらに史上はじめて米朝首脳が長期的なゴールを共有するに至った。暴力のない、いわば「消極的平和」を朝鮮半島で実現した。

だが、その先には今も進めていない。

ここで言及された「対内外的な制約」とはまず、国内で20年4月の総選挙が行われるまでは少数与党であったため、北朝鮮を信用しない保守政党の反対に会い「平和の法制化」ができなかった点を指すものだ。国内の意見を調整できなかった。

対外的には、米朝間の非核化交渉に当事者として参加できない限界がある。端的な例として、19年2月のハノイ米朝会談での決裂を防げなかった。その後、「南北合意=米朝合意」と思い込まされていた北朝鮮側が韓国に対し徹底した不信と不満を露わにしている。

北朝鮮側は対話の窓口を閉ざし、今なお韓国政府のいかなる人道支援や対話の要請も受け付けていない。今年6月には文政権時代の南北関係改善の象徴だった南北共同連絡事務所を爆破するまでに関係が悪化した。一方、韓国は米国に対しても、合同軍事演習の中止などこれ以上の北朝鮮に対する妥協を要求できない限界を迎えている。

●「できない」のか、「やらない」のか

こんな図式が広く共有されているためか、『平壌共同宣言』2周年を迎える韓国は至って静かだ。昨年は6月30日に板門店で南北米首脳が揃い踏むサプライズがあったことから、「もしかしたら」という淡い期待が存在したが、今年はそれすらもない。

数あるシンクタンクの中でも、関連する論評を発表したのは慶南大学極東問題研究所だけだった。少し長くなるが、金東葉(キム・ドンヨプ)教授の論評を引用してみる。

2018年9月、平壌で南北が約束した首脳宣言と軍事分野の合意書を、どんな思いで作り、署名したのか気になる。南北首脳が約条した内容が、米韓関係を悪くし、南南葛藤(※)を育てるという恐れを考えなかった訳ではないだろう。

現在の南北関係の危機が、米国や南南葛藤のためであるという現実的な制約のせいのするのではなく、自身のせいであると認めることが出発点だ。そして、南北首脳間の合意履行と私たちの一方的、先制的な調節だけが韓半島の安定的な平和に向け進む道だ

※南南葛藤:北朝鮮に対する認識をめぐる韓国内の葛藤。広くは敵なのか協力対象なのかという部分から、金正恩氏の非核化への言及を信頼するのかしないのか、という点にまであらゆる問題が対象となる。

この論評は18日に出されたものだが、いみじくも冒頭に挙げた19日の文大統領のメッセージと対照的である点が興味深い。「分かりきった『対内外的な制約』の存在を言い訳にするな」という鋭い指摘だ。

金教授は普段から強い韓国が譲歩すべきと主張する、正統派の「北朝鮮包容政策派」だ。実は金教授のような文政権の行動の鈍さに対する批判的な認識は、文在寅政権の北朝鮮政策を支持してきた同派の共通項となりつつある。

それは2018年に韓国政府が見せてきた積極性が失われてしまったことへの怒りでもある。別のある専門家は「文大統領は何を悩んでいるのだ。開城工業団地や金剛山観光再開を進めるべきだ」と語るが、似たような声は多い。

●「最後のチャンス」

今思い返すと、2018年の韓国には高揚感が強く漂っていた。それはひと言で「もう過去には戻らない」という確信だった。

国内的には朴槿惠政権を弾劾に追い込んだ「ろうそくデモ」の経験からくる「民主主義の後退は二度とない」というものであり、国外的には2月の平昌五輪から9月の『平壌共同宣言』までつながる一連の流れ中で「南北関係、米朝関係における崩れない基礎ができた」というものだった。

これはまた、17年5月の文政権発足時の熱気が具現化したものとも言い換えられる。韓国社会と朝鮮半島がはっきりと前に進んでいるという認識だった。18年後半、筆者は少なくない専門家や元高官にインタビューしたが、喜色満面といった雰囲気は今も強く印象に残っている。

文政権の発足当時、包容政策派に広く共有されていた「文在寅政権が北朝鮮と関係を改善し、統一に向けて共に歩める最後のチャンス」という認識が、喜びと共に上書きされていた。

だが19年以降、うまくいかない焦りが前出の金教授のような指摘となって表れている。

さらに、止まったままの南北関係は、韓国内における北朝鮮に対する認識の変化をもたらしている。金正恩氏への信頼は無くなり、北朝鮮は同じ民族であるが他人として思われ始めている。すでに18年の高揚感は失われて久しい。南北関係は「凪」の状態になりつつある。

●米大統領選を見越して

朝鮮半島における今後の課題ははっきりしている。まず米朝は18年6月の『米朝シンガポール共同宣言』で「停戦協定の平和協定への転換」、「米朝国交正常化(経済制裁全解除)」、「朝鮮半島の非核化」が朝鮮半島の未来の3つのゴールと設定している点を認識する必要がある。

だがこれに先立つ重要な部分での不一致がある。それは「非核化」の定義であるが、米国はすべての大量破壊兵器や弾道ミサイル、発射台の破棄を要求するが、北朝鮮はこれを受け入れていない。さらに方法論でも不一致がある。北朝鮮側は段階的な実践を求める一方、米国は「まず非核化」との原則がある(今は変わったとされるが、明言されていない)。

これらがクリアされる場合、非核化においては「寧辺核施設の廃棄」が、平和体制への転換ならば「終戦宣言」が、米朝国交正常化ならば「米朝連絡事務所の設置」を次の一歩として挙げられるだろう。さらに南北関係においては『南北軍事合意書』を進めるための「南北軍事共同委員会の設置」がある。

冒頭の段落で触れたように、冷戦終結から30年という時間軸で見る場合、文在寅政権が果たした成果は少なくない。目標が具体化したぶん、課題も具体化したということだ。

南北関係には辛抱がいる。時には長い目で見ることも必要だろう。さらに今は世界中で11月3日の米国大統領選挙の行方を見守る時期でもある。

韓国政府もおそらく、新任の朴智元(パク・チウォン)国家情報院長や、徐薫(ソ・フン)国家安保室長などが北朝鮮と水面下での交渉を続けているだろう。だが、少しずつ遠ざかっていくような北朝鮮を見ると強い焦りも感じる。

だからこそ筆者も、19日の文大統領の他人事のようなコメントに少なからず失望した。18年にみなぎっていた意欲や勇気をもう一度見せて欲しい。

「(南北の)時計が再び動くことを願う」(19日、文大統領)や、「2年前に時計を戻す」(18日、李仁栄統一部長官)のではなく、「時計の針を進める」気概が求められているのではないだろうか。

●文在寅大統領のメッセージ全文(19日)

9.19平壌共同宣言2周年を迎えました。

時間を戻してみます。2年前、平壌の綾羅島(ルンラド)競技場で15万平壌市民に会いました。分断後、韓国の大統領として初めて北側の同胞たちの前で演説し、熱い拍手も受けました。金正恩委員長と共に朝鮮半島の非核化と平和な朝鮮半島を宣言しました。

軍事分野では具体的で実質的な合意を成し遂げ、板門店の非武装化とファサルモリ高地での遺骸発掘へとつながり、その後、南北間の武力衝突はただの一件も発生していません。とても大切な進展です。平和を望む国民たちの想いと国際社会の支持がなければ不可能だった事です。

その感激ははっきりしていますが、時計が止まっています。合意が早く履行されなかったことは、対内外的な制約を超えられなかったからです。たとえ今は止まっていますが、平和に対する私たちの意思は確固としています。

9.19南北合意は必ず履行されなければなりません。歴史にそのまま過ぎ去るということはありません。歴史において、一度蒔かれた種は、いつでも、どんな形でも必ず実を結ぶ定めです。

平昌(ピョンチャン)の競技場で、板門店で、平壌で植えた種を大きな木へと育てなければなりません。9.19平壌共同宣言2周年を迎え、南北の時計が再び動くことを願う想いが溢れています。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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