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韓国で感染症対策の司令塔が「疾病管理庁」に昇格、進む公共保健医療の強化

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
11日、初代庁長となる鄭銀敬氏に任命状を手渡す文在寅大統領。青瓦台提供。

韓国で感染症対策を総括する政府機関が「疾病管理本部」から「疾病管理庁」に昇格し、その組織も大幅に増強されることとなった。12日に発足する新組織の詳細とその背景を整理した。

●大幅な増員と組織強化

韓国の行政安全部によると、12日に発足する「疾病管理庁」は感染病に対応するための専担(専門)機関として、感染病発生の監視から調査、分析、聞き対応、予防までの全周期にわたって対応する役割を担う。

前身の「疾病管理本部(KCDC)」は2003年から04年にかけて設置された。きっかけが03年の「SARS(重症急性呼吸器症候群)」であったことからも分かるように、国家の感染症対策を総括する組織だ。

今回の昇格により、これまでの保健福祉部を離れ、独立した行政権を持つ機関となる。また、「疾病管理本部」では907人だった組織の規模は、569人が増え1476人となる。加えて、傘下に「国立保健研究院」、「国立感染病研究所」、「疾病対応センター」、「国立結核病院」、「国立検疫所」などの所属機関を持つことになる。

昇格に伴いいくつかの部署が新設される。

まず「総合状況室」では感染病の流入・発生動向に対し24時間体制で監視する機能を持たせる一方、危機対策分析室を新設し、疫学データなど感染病に関する情報の収集・分析および感染病の流行予測機能を強める。体系的な疫学調査のために、疫学調査官の教育・管理機能も補強するとのことだ。

さらに「医療安全予防局」を新設し、ワクチンの受給および安全管理、医療感染の監視などの日常的な感染病予防機能を強化し、生活の中での健康危害要因に対する予防事業の推進し、原因不明の疾病が発生した場合に対応する健康危害対応官も新たに任命する。

また、「国立保健研究院」に所属していた「感染病研究センター」は、3センター12科、100人規模の人員による「国立感染病研究所」に拡大される。

地方にも核となる施設を作る。首都圏、忠清圏、湖南(光州市・全羅南北道)圏、慶北(大邱市・慶尚北道)圏、慶南(釜山市・慶尚南道)圏にそれぞれ「疾病対応センター」を新設する(済州島は出張所)。

既存の組織も強化する。

「感染病管理センター」は「感染病政策局」に再編し、関連法令や政策・制度の運営を総括する。「緊急情報センター」も「感染病危機対応局」に再編し、感染病の治療病床や備蓄物資の確保などを担う。

「国立保健研究院」には「研究企画調整部」を新設し、研究開発戦略の樹立および成果管理機能を強める。バイオビッグデータや医療人口知能(AI)など未来の医療分野についての研究も行うとのことだ。

このように「疾病管理庁」に昇格することのメリットを、行政安全部では「感染病に対応する力量が極大まで増える」と評している。

●全国的な補強の一環、大統領が直々の訪問

今回の措置の背景には、新型コロナウイルスの拡散という未曾有の危機が大きく作用した。

特に感染症は経済面への影響が著しいこともあり、韓国政府や有力政治家はこの状況をこぞって「戦争」に例えるなど、韓国内での危機感は高い。

このため、今回の「疾病管理庁」への昇格の他にも、公共医療の底上げが図られている。

やはり行政安全部によると、患者の移送や疫学調査など地域の防疫の先頭に立つ存在である全国市郡区の256の保健所に合計816名の人員を、前出の地方ごとの「疾病対応センター」の設置と合わせ各自治体に合計1066人の人員を、それぞれ新たに補強するとしている。

また、各市・道の本庁には感染病業務を専門とする科を設置し、このために140人を補強するとした。さらに保健福祉部も保健医療政策の強化のために44人を増やし、保健・医療分野を担当する第2次官が新設される。

こんな政府の公共医療、感染病対策への力の入れ具合は11日、昇格を控えた「疾病管理本部」を文在寅大統領が訪問し、「疾病管理庁」の初代庁長となる鄭銀敬(チョン・ウンギョン、55)現疾病管理本部長に任命状を手渡しした点にも表れている。

「疾病管理庁」の初代庁長となる鄭銀敬氏。連日の激務で日に日に憔悴していく姿が話題を呼んだ。予防医学の博士号を持つ。国際的な評価も高い。写真は疾病管理本部より。
「疾病管理庁」の初代庁長となる鄭銀敬氏。連日の激務で日に日に憔悴していく姿が話題を呼んだ。予防医学の博士号を持つ。国際的な評価も高い。写真は疾病管理本部より。

鄭氏は、韓国内で初の新型コロナウイルス感染者が見つかった1月20日以降、今日まで毎日のように記者会見を行うなど、文字通り新型コロナウイルス対策の最前線に立ち続けてきた、韓国で知らない者はいない人物だ。

「疾病管理庁」の長は次官級であるため、従来は大統領が任命状を手渡すことはない。しかもソウルにある青瓦台(大統領府)ではなく「疾病管理本部」がある忠清北道清州(チョンジュ)を訪ねた点も合わせ、異例のこととなった。

文大統領はこの席で「はじめての昇格は生命と安全を守ることを望む国民の大きな期待があってこそ可能だった。限りない自負心と責任感を持って欲しい」としながら、「(昇格と訪問という)この事実こそが、皆さんに送る最大の感謝であり激励と受け取って欲しい」と述べた。

これに対し鄭氏は「多くの期待と信頼を私たちは常に忘れずに、心の底に抱きながら私たちが存在する理由について、国民の健康と社会の安全を守る、健康の守り手としての疾病管理庁になるように、すべての職員が一つの心で一生懸命やる」と語った。

『韓国ギャラップ』が11日に発表した最新の世論調査によると、文在寅大統領を支持する最大の理由は「新型コロナ対策」となっている。政府は新型コロナにうまく対処しているという評価は韓国社会に広範囲に存在する。

この日、文大統領は鄭氏を「世界の模範となった『K−防疫』の英雄」と持ち上げた。現場訪問に政治的な演出が無いといえば嘘になるだろうが、世界中で喫緊の課題となっている感染症対策に力を入れる判断は、非常に望ましいものといえる。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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