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「期待を裏切る行為」「責任は北側に」…南北共同連絡事務所の爆破に韓国で強い反応

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
南北共同連絡事務所爆破の瞬間。韓国国防部提供の動画をキャプチャ。

16日午後2時50分、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の開城工業団地内にある南北共同連絡事務所が、北朝鮮政府により爆破された。韓国内には強い反発が起きた。

●「予告されていたこと」

南北共同連絡事務所爆破の知らせは、午後4時前に速報として韓国社会を駆け巡った。その後韓国の各テレビチャンネルはいずれも特番に切り替えて、このニュースを報じ続けている。また、午後6時頃には韓国国防部により爆破の瞬間も公開された。

驚きと共に迎えられた今回のニュースを前に、韓国政府は当初は淡々とした反応を見せた。

この日午後2時から国会の外交統一委員会に出席していた金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官は、会議の途中で爆破の一報を受けると「予告されていた部分である」と短く述べ、国会を後にした。

また、同じ国会の国防委員会のミン・ホンチョル委員長も「韓国軍もある程度予想して備えていた」とあくまで予想内であるという認識を表現した。国防部長官や幹部たちは、地下指揮所で見守っていたという。

この「予想」の根拠は6月13日の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委員会第1副部長の談話にあった。同氏は「遠からず役に立たない北南共同連絡事務所が跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになる」と語っていたからだ。いつになるのか、という時期の問題だったということだろう。

今回爆破された南北共同連絡事務所は、2018年4月27日の『板門店宣言』の第一条・第三項で「南と北は、当局間協議を緊密にし、民間交流と協力を円満に保障するために、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城(ケソン)地域に設置することにした」とし、設置されたものだ。

2018年9月に開所したが、実際に稼働していたのは2019年2月末までと言える。

2月27日、28日にベトナム・ハノイで米朝首脳会談が決裂するや、北朝鮮側は態度を硬化させ、次第に疎遠になり、定例会議もおざなりになっていた。2020年1月からは新型コロナにより韓国側の人員が撤収していた。

●「準戦時状態」「テロ行為」

一方、韓国の専門家たちは一様に厳しい見方を示している。

公営『KBS』に出演した林乙出(イム・ウルチュル)慶南大極東問題研究所教授は「軍事衝突に劣らない状況だ。韓国の財産(南北共同連絡事務所)への攻撃は準戦時状態とも言える。テロに値する、してはいけない行為だ」という認識を示した。日頃、北朝鮮との交流を重要視する穏健派の専門家であるため、発言には重みがある。

実際に南北共同連絡事務所の建設費は韓国が負担し、建物も韓国の所有である。韓国日刊紙『東亜日報』は16日、同事務所が「政府の国有財産の目録に入っている」と伝えている。建設費は元となる建物を含め、177億8000万ウォン(約16億円)にのぼる。

林教授はまた、「過去の南北関係に戻るには難しい。韓国国民の情緒と国際社会、とくに米国の反応は厳しくなるだろう。北朝鮮にとっては自害行為だ」と見立てた。

一方、統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究員は、筆者との通話で「予告されていたこと。ただ時期は早かった」との認識を示した。

今後はどうなるのか。前出の林教授は「今後、北朝鮮は開城工団全体を破壊する可能性もある」と厳しい予想を語った。また、趙研究員も「本来の軍事挑発は予告しない」と警戒を強めることを求めた。

さらに、文在寅大統領に態度を改めることを求める声も高まっている。林教授は「北朝鮮は昨日の文大統領のメッセージを聞いて、爆破の決断を下したはずだ」と診断した。

15日、文大統領は20年前の史上初の南北首脳会談を記念した映像メッセージの中で、「北朝鮮に対しても対話の扉を閉じないように要請します。障壁があるならば対話を通じ知恵を集め共に超えていきましょう」と呼びかけていた。これが物足りなかったか、逆効果になったのか、という見立てだ。

参考記事

『6.15南北共同宣言20周年』、文大統領メッセージは「失望」そのもの

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20200615-00183541/

一方、世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)研究企画本部長も記者向けのメッセージの中で、「北朝鮮がこのような既存の南北首脳間の合意を正面から否定し、南北関係を敵対関係に転換しているのにもかかわらず、韓国政府が既存の非戦略的な北朝鮮へのアプローチをと政策を固守するのならば、北朝鮮からさらに無視され、嘲笑をうけることを避けられないだろう」と主張した。

韓国政府は爆破を受け、16日午後5時5分から国家安全保障会議を開催した。文大統領は出席しない、通常の常任委員会だった。

その後、青瓦台(大統領府)は18時40分に会見で遺憾を表明すると共に「北側による南北共同連絡事務所の破壊は、南北関係の発展と朝鮮半島の平和定着を望む人々の期待を裏切る行為」と発表した。

さらに「政府はこれにより発生するすべての事態の責任が全的に北側にあることを明らかにする」とし、「北側が状況を継続して悪化させる措置を取る場合、私たちはそれに強力に対応することを厳重に警告する」とした。

実際に今回、金与正氏の「予告」が実際に行われたことで、北朝鮮側が続けて軍事的緊張を高めることが懸念される。

16日午前に北朝鮮の総参謀部は公開報道を通じ、「南北軍事合意により非武装化した地帯に軍が再び進出し、前線を要塞化し、対南軍事的警戒をより強化すること」と、「地上戦線と西南海上の多くの区域を開放し、徹底した安全措置を講究し、予見されている各界各層の人民による大規模な対敵(韓国)ビラ散布闘争を積極協力する」という動きを明らかにしている。

いずれにせよ、今回の爆破が南北関係に根本的な変化をもたらすと判断するのは早計だ。統一研究院の徐輔赫(ソ・ボヒョク)人道協力研究室長は筆者との通話で「(板門店宣言の)4.27以前に戻る所まではいかないだろう」と見通しを述べた。

一方、前出の趙研究員は「文在寅政権にとってはこれ以上下がれないラインまで来ている。韓国としては超強硬対応をするしかないが、北朝鮮の狙いは文在寅政権を疲労させることにある。厳しい状況が続く」と見通した。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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