GSOMIA破棄からの「反転」、決断の根拠と今後の行方は

22日、天安市にある半導体関連工場を訪れ演説する文在寅大統領。写真は青瓦台提供。

青瓦台(韓国大統領府)は22日、声明を発表しGSOMIA破棄の「条件付き延長」を決めた。その判断の根拠や韓国政府の声について、現時点で分かる範囲でまとめた。

●土壇場で「反転」

韓国メディアでは前日の21日まで「GSOMIA破棄(失効)を維持」という見通しが圧倒的だった。だが、21日の晩にはすでに、筆者が日頃頼りにしている複数の人物が「風向きが変わっている」と異口同音に伝えてきた。

特に大事なポイントとなるのは、康京和(カン・ギョンファ)長官の動静だった。22日に名古屋で開幕するG20・外務大臣会合に行かず、韓国にとどまる同長官が、日本に行くのか行かないのか、行くとしたらどのタイミングで行くかという部分に注目が集まった。

だがこの日の午後はやくに、康長官が名古屋行きの準備をしているという話をキャッチした。その後少しして、19時の大韓航空便に乗るという話を耳にした。

予定されていた訪問とはいえ、この時に「破棄(失効)はない」とピンと来た。次官の代理出席も伝えられた中、長官が行くということは「絵」を撮りにいくということだろう。

それと同時に、日本と韓国が「パッケージ」で交渉しているという話もこぼれてきた。韓国がGSOMIAを維持するかわりに、日本が7月に定めた半導体素材の輸出規制措置(韓国ではこう表現)を撤回するというものだ。

午後4時前には、「日韓当局が最後の鍔迫り合いをしている」という話の傍らで、「日本の経済産業省が貿易会見を準備している」という話もあった。

ここまで来ればきまりだろう。そして16:55分ころ、「GSOMIA『協定終了を停止』韓国政府が日本政府に伝える」NHKの速報が飛び込んできた。

●韓国側の会見全文

18時から金有根(キム・ユグン)国家安保室第一次長により行われた会見の要旨は、「条件付きで破棄を停止」というものだった。以下に全文を掲載する。

韓日両国政府は最近の両国間の懸案解決のため、

それぞれ自国が執る措置を同時に発表することにした。

わが政府はいつでも韓日軍事秘密情報保護協定の効力を終了させられる前提の下、

2019年8月23日の終了通報の効力を停止させることにし、

日本政府はこれに対する理解を表した。

韓日間の輸出管理政策対話が正常的に進行するあいだ、

日本側の3つの品目輸出規制に対するWTO提訴手続きを停止することにした。

金次長は一方、日本側の措置として、▲輸出管理政策対話については懸案解決に寄与できるよう課長級の準備会議・局長級の対話を実施し、両国の輸出管理について相互に確認することにする、▲3つの品目の輸出規制については、個別の品目別で日韓で健全な輸出実績を積み重ね、韓国側に適切な輸出管理の運用を(求め)再検討することにする、と説明した。

GSOMIA維持の条件として半導体素材3品目(レジスト、フッ化ポリイミド、フッ化水素)の輸出規制(管理)を止めるため、輸出管理に関するシステムを日韓当局で作るというものだ。

また、会見の後、韓国政府の高官は「日本との間で輸出規制問題の解決について協議する間は、暫定的にGSOMIAの中止と停止することで、期限を現段階で考えることは適切ではない」とした。

さらにこの高官は「7月以前に戻れなければならない。ホワイトリスト(ホワイト国)にふたたび含まれなければならず、3つの品目の輸出規制が撤回されてこそ、GSOMIAは延長され、WTO提訴を取り下げる」と解説した。

韓国側の要求は決して小さくない。

22日、青瓦台で会見する金有根・国家安保室第一次長。写真は国営テレビKTVをキャプチャ。
22日、青瓦台で会見する金有根・国家安保室第一次長。写真は国営テレビKTVをキャプチャ。

●韓国の環境と思惑

今回の決定について、韓国側の立場を考える場合には先日の記事でも書いたように、日韓関係だけでは考えられない複雑な事情があった。

「アジアパラドックス」、つまり「安全保障は米国に、経済は中国に」依存している環境を抱える中で、日米韓軍事同盟への深入りを避けたい思惑がある。

中国(さらにロシア、北朝鮮)を脅威と見なす「インド―太平洋戦略」を進める米国は、GSOMIAの次に軍需物資をやり取りできるACSA(物品役務相互提供協定、Acquisition and Cross-Servicing Agreement)の締結を日韓に求めてくるのは自明だ。そうなると、THAAD(高高度防衛ミサイル)導入時よりも強い、中国からの経済報復を受ける可能性がある。

また、米国からは駐韓米軍防衛費負担金の5倍増額を求められ、米国高官は事あるごとにカメラの前でGSOMIAの価値と延長を力説した。「何様だ。傭兵なら出ていけ」と米国を批判する機運が、国内に高まっていた。

一方で、米朝関係との兼ね合いもあった。米国は今月に予定されていた米韓合同軍事訓練を延期することを決め、安全保障を求める北朝鮮に譲歩する姿勢を見せた。強くGSOMIA延長を迫る米国に韓国が応え、米朝対話に弾みを持たせた可能性もある。GSOMIAに関して中国は静観する点も大きかった。

野党がふがいない中、支持率も5割近くに回復し政治的な余裕がある状況とはいえ、米国は韓国の進歩派政権にとって「鬼門」でもある。イラク派兵(03~04年交渉)と米韓FTA(06年交渉開始)で故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が支持率を大きく落としたのはその一例だ。

だが今回、文大統領は「日本からの輸出規制措置の解除を求める」というポイントを取ることで、こうした逆風を最小化することができる。

盧武鉉大統領の自死(09年)と朴槿恵前大統領の弾劾(17年)を経て支持層が結集している点も選択の幅を広げた。破棄への支持は5割を超ええるとされるが、世論への影響は少ないだろう。

またこの日、青瓦台の姜ギ正カン・ギジョン政務主席秘書官は文大統領の言葉として、こう伝えた。

「輸出規制とGSOMIAは国益の問題であったが、(第一野党・自由韓国党の)黄教安(ファン・ギョアン)代表が苦心して、寒いなか断食までしている。申し訳なく、感謝している。だからこそ断食を解いてくれるようにお願いする」

黄氏は20日から、GSOMIA維持や選挙法改正反対などを掲げ「命をかけた」(同代表)断食を始めている。こんな保守野党の「GSOMIA維持(米韓同盟の強固化)」に対する強い執着と要求を満たし、国内政治的にも安定を図る目的も見て取れるということだ。

さらに日本にとっても、今回の選択はwin-winとなり得る。韓国はGSOMIAを媒介に経済制裁を撤回させることに成功し、日本は輸出規制を先制的に行うことで、結果として安全保障に欠かせないGSOMIAを守ることに成功したと見ることができる。

ただ、米韓の軍事協力を問題視し続けてきた北朝鮮の反発は強まる。

この日の両国の発表を受け、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソニ)外務次官はさっそく「朝鮮半島の外交の機会が無くなる場合の責任は米国にある」と発言した。南北関係はすでに「最悪」とされる今よりもさらに冷え込むことになるが、これについては米朝対話を後押しすることで対応する他にない。

●「日本はパートナー」

なおこの日、前出の韓国政府高官は「文大統領は機会があるごとに日韓両国は価値を共有する近い隣人として、朝鮮半島はもちろん、東北アジアの平和と安定のために協力すべきパートナー(同伴者)と強調してきた」と述べた。

さらに私見と前置きした上で「ジ―ソミア終了である特定の国(筆者注:中露朝)が得をするという話があった」とし、「韓国としては朝鮮半島の非核化交渉の進展または朝鮮半島のより恒久的な平和定着のためにも、周辺国との協力がとても重要だ。北朝鮮も持続的に関与していかなければならない状況だ。こんな状況で日米韓vs中露朝という過去の冷戦時代の対決構図のような、単純なフレームで状況を見ることをやめる時が来たのでは」と語った。

こうした解釈は日韓の保守メディアで散見されたものだ。対立を煽るな、という不快感だろう。

そして「米韓同盟は過去70年間、根を降ろした同盟で、とても互恵的な同盟関係に発展した。日韓の間の一時的な葛藤が、こんな強固な米韓同盟を毀損できないと考える。GSOMIA終了が米韓同盟はもちろん、日米韓3国間の強調体制におよぼす影響はとても制限的という立場で交渉を続けた」と舞台裏を明かした。

今後、日韓両国は「ホワイト国」への復帰に向けた難しい交渉を続ける一方、日韓の葛藤の大元である18年10月の徴用工判決をめぐる立場の違いを埋める解決策を探していくことになる。今回の一連の協議に「徴用工判決の話はなかった」(前出韓国高官)という。

この他にも、すでにいくつか日韓の認識の違いが現れているが、12月に予定されている日韓首脳会談が目前のヤマ場となるだろう。とはいえ、ひとまず両国がワンクッションを置く選択をした点に意味をおきたい。