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未だ残る朝鮮戦争の傷跡、極右政党代表がソウル市長へのテロを教唆

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
25日、支持者を前に演説する「わが共和党」の趙源震代表。筆者撮影。

25日、ソウル市内中心部の光化門広場で極右政党と政府が衝突する事件が起き、韓国社会に存在する対立構造が浮き彫りになった。この日は奇しくも朝鮮戦争勃発から69年目となる日だった。

●極右政党のテントをソウル市が強制撤去

ソウルを訪問する観光客の必須観光地となっている景福宮から南の世宗路交差点までを結ぶ幅34メートル、長さ740メートルの「光化門広場」は、週末ともなると各種イベントやデモで賑わう。

特にマスメディア各社からも近く、青瓦台(大統領府)や政府中央庁舎、米国大使館などが近在しているため、デモのメッカとなっている。とりわけ、2016年10月以降、約半年間続いた朴槿恵大統領の弾劾を求める「キャンドルデモ」により、一躍有名となった。

だが、17年5月に文在寅政権が発足してからは、右派によるデモの舞台として完全に定着した感がある。

朴大統領の弾劾(17年3月)を一貫して「違法」と主張し続ける、韓国の国旗を掲げることからその名が付いた「太極旗部隊」が「大韓愛国党」と名を変え、土曜日ごとに一度も欠かさずデモを続けてきた。

光化門広場に設置された「大韓愛国党」のテントとアドバルーン。5月、筆者撮影。
光化門広場に設置された「大韓愛国党」のテントとアドバルーン。5月、筆者撮影。

同党はさらに5月10日、光化門広場にテントを設置しデモの拡大を図った。目的は、憲法裁判所が朴槿恵大統領の弾劾を認める判決を出した17年3月10日に、これに反対するデモを行っていた市民5人が亡くなった事件の真相究明を求めてのものだった。

広場には「3.10犠牲 太極旗愛国烈士5人 責任者処罰」と書かれた大型アドバルーンも現れ、テントも徐々に拡張され常に200人ほどが滞在する空間に変わっていった。

こうした一連の動きが不法占拠に当たるとしてきたソウル市が、数度にわたる自主撤去の勧告を行った末の6月25日早朝、強制撤去に乗り出したのだった。

日刊紙『朝鮮日報』によると、この日ソウル市は職員500名、用役(外注)業者400名などを投入し、天幕(大型テント)2棟などを撤去した。5時20分から始まった撤去作業は6時40分に終了した。この過程で、負傷者38人が出たと党側は主張している。

記者会見前の光化門広場の様子。青いチョッキの背には「チュチェ思想派剔抉」とある。25日、筆者撮影。
記者会見前の光化門広場の様子。青いチョッキの背には「チュチェ思想派剔抉」とある。25日、筆者撮影。

●「わが共和党」代表が朴元淳ソウル市長に「逮捕命令」

午前9時過ぎに筆者が現場を訪れた際、広場は未だ騒然としていた。撤去の激しさを思わせるゴミが散らばっており、500人近い同党支持者たちがあちこちで「あいつはアカだ!」、「朴元淳(パク・ウォンスン)の○○野郎!」と息巻いていた。

なお「大韓愛国党」は前日24日、党名を「わが共和党」と改めている。党側はこの日10時過ぎ、記者会見を始めた。

会見ではまず、同党の党員2名が強制撤去の実態について説明した。イ・ジナ氏は「撤去はまるで戦争のようで、用役業者はチンピラそのものだった」とショックを隠せない様子で証言する一方、「国が左派の手にわたることを心配している。私たちも国民だ」と訴えた。

また、続くキム・ジョンチョル氏は「明け方4時にアカの野郎どもが来て、寝ている人にスプレーを撒いて蹴っていった」と興奮した様子で語った。

保守系ユーチューバーの質問に答える金文洙元議員。歓声で迎えられていた。25日、筆者撮影。
保守系ユーチューバーの質問に答える金文洙元議員。歓声で迎えられていた。25日、筆者撮影。

会見には政治家の姿もあった。

過去、京畿道知事を2期(06年〜14年)、国会議員を3期にわたって務めた著名政治家の金文洙(キム・ムンス)氏は「文在寅と朴元淳が、北朝鮮の『南侵』のように早朝から奇襲攻撃をかけてきた」とソウル市の強制撤去を、69年前の朝鮮戦争勃発時の北朝鮮に例え、場を煽った。

さらに「米国大使館付近にある『在韓米軍撤収』のテントはなぜ強制撤去しないのか。金正恩が嫌がるものだけ撤去するのではないか」と気炎を上げ、「今やメディアも赤く染まった。最後まで戦うのは『わが共和党』だけだ」と所属する自由韓国党をも批判した。

トリは「わが共和党」代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員だった。

「わが共和党」代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員。25日、筆者撮影。
「わが共和党」代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員。25日、筆者撮影。

演説の冒頭で「ソウル市の職員はこの場を去りなさい。怪我をする可能性がある。ソウル市の職員を追い出せ!」と言うや、実際に数人の支持者たちが後ろにいたソウル市の職員たちに向かっていった。

さらに、集まった記者団に向けて「17年3月10日に5人の愛国市民が犠牲となったが、朴元淳市長は緊急対策本部を設置しないばかりか、これを無視した。あなたたちの身内が同じ目にあったらどうするのか」とあくまで当時の真相究明を訴えた。

その上で、「このまま引き下がることはできない。天幕(テント)闘争を続ける」と強制撤去にめげない姿勢を明らかにすると共に、「朴元淳市長は道を歩く時に気をつけた方がよい。今日この瞬間から、朴元淳市長の逮捕命令を出す!」と聴衆たちに焚き付けた。

この瞬間、周囲では「ウォー!」という叫び声があがり、光化門広場に集まった数百人のボルテージは最高潮に達したのだった。なお、25日午後、同党は光化門広場にテントを再度設置した。

一度は強制撤去されたテントを再度設置する「わが共和党」関係者たち。テントの規模は以前より大きくなりそうだ。ソウル市は「撤去する」としている。25日午後4時過ぎ筆者撮影。
一度は強制撤去されたテントを再度設置する「わが共和党」関係者たち。テントの規模は以前より大きくなりそうだ。ソウル市は「撤去する」としている。25日午後4時過ぎ筆者撮影。

●右派分裂の影響は限定的

さて、ここからはいくつかの項目について整理しておきたい。

「5人死亡」の真相究明

まず、「わが共和党」が主張している5人が亡くなった2年前の事件の「真相究明」についてだ。5人のうち1人は、警察が設置した100キロのスピーカーが落下する際、頭部を打って亡くなった。

韓国の複数のメディアが取材している内容によると、これについては同じ朴槿恵弾劾に反対するデモに参加した市民が警察のバスを奪い、警察の防護壁に何度もバスで体当たりを繰り返したことが原因であることが分かっており、刑事事件として判決が出ている。

17年3月10日の憲法裁判所付近の様子。安国駅前十字路は警察によりすべて封鎖された。手前で「ろうそくデモ」が、右側で死亡事故が起きた「太極旗デモ」が行われた。17年3月筆者撮影。
17年3月10日の憲法裁判所付近の様子。安国駅前十字路は警察によりすべて封鎖された。手前で「ろうそくデモ」が、右側で死亡事故が起きた「太極旗デモ」が行われた。17年3月筆者撮影。

また、他の3人は現場で「心停止」になり死亡した。70代2人、60代1人だが、持病を抱えていた人もあり、当時の現場での極度の緊張状態が一因になったと見られる。「わが共和党」側は救急車の到着が遅れたことを原因としているが、ソウル市も警察側もこれについては「無関係」としている。最後の1人ついては、身元不明で分からないと党側が一方的に主張している。

「わが共和党」は「左派が死んだら英雄で、右派が死んだら犬死になのか」と主張しているが、政府は責任を認めていない。この部分では今後とも平行線が続きそうだ。

「わが共和党」と政界への影響

「大韓愛国党」の新名称「わが(ウリ)共和党」だが、同党代表の趙源震議員が24日に「朴槿恵大統領の意向に従い党名を改定した」と述べたように背景には朴槿恵前大統領のアイディアがある。

これに関し『TV朝鮮』は15日、「新党の名前は『新共和党』になる可能性が高い」と報じ、「新党結成のシナリオは昨年10月から動き始めており、党名に『共和』を入れるのは朴槿恵氏のアイディア。父・朴正煕元大統領の『民主共和党』という名前への愛着によるもの」としている。民主共和党は1963年から80年まで朴正煕の軍事独裁を支えた。

趙源震代表はまた、同党について「自由民主主義と市場経済を強固にし、米韓同盟を基盤に強固な国家安保体制を維持しながら自由民主平和統一を追求する」と明かし、「李承晩大統領の建国精神、朴正煕大統領の富国強兵精神、朴槿恵大統領の自由統一精神を継承する」ともしている。「反共保守」のど真ん中だ。

「わが共和党」集会の様子。米韓同盟を重視するため、星条旗が並ぶのはお決まりだ。横断幕には「6.25(朝鮮戦争)金日成による南侵だ!」とある。25日、筆者撮影。
「わが共和党」集会の様子。米韓同盟を重視するため、星条旗が並ぶのはお決まりだ。横断幕には「6.25(朝鮮戦争)金日成による南侵だ!」とある。25日、筆者撮影。

一方で、来年4月に国会議員300人総入れ替えとなる総選挙を控え、「太極旗勢力の総結集」をうたう同党には今後、少なくない議員が合流するものと見られている。

特に、この日マイクを握った金文洙元議員をはじめ、第一野党(旧与党)の自由韓国党の公認から漏れる議員たち20人あまりが結集するとの見方もあり、保守分裂と極右政党の拡大という衝撃を韓国政界にもたらす可能性がある。

とはいえ、一連の動きをあたかも韓国全体で左右の対立が全面的に広まり、社会が混乱に陥っているように捉えるのは禁物である。あくまで保守の分裂および先鋭化であるという認識をしっかりとしておきたい。なお、筆者は極右への支持はあくまで限定的と見る。

●朝鮮戦争勃発から69年目の日に

長々と右派の現状について説明してきたが、この日、右派デモの現場にいながら、あらためて朝鮮半島の南北分断と韓国の左右分断の相関関係について考えざるを得なかった。

朴元淳市長と文在寅大統領を北朝鮮に例える「わが共和党」の論法や、支持者たちがあちこちで頻繁に発する「パルゲンイ(アカ)め!」という言葉からは、「反共保守」の十八番とも言える「敵はすべてアカ」とレッテル貼りする病弊が透けて見える。

だが、筆者がこの日感じた何よりの怒りは、そうした人々の感情を逆なでし、煽る政治家に向けたものだった。ソウル市長に「逮捕命令」というテロの教唆を行う「わが共和党」の指導部は以前、記者に対するテロ予告もしていた。

「文在寅に失望」「記者に警告」…二つのデモに見る韓国社会の一断面

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20181028-00102151/

もし、今日の集会の場で記者に対する排除を趙源震代表が命令していたらどうなったか。太極旗デモは過去、何度も記者に暴行をはたらいてきた。筆者も過去2年、取材を続ける中で何度も胸ぐらを掴まれ、暴言を吐かれたことがある。政治家の言葉は死を生み出す。

日差しが厳しい光化門広場で「朝鮮戦争が起きた1950年の夏に、こうやってたくさんの人が死んだのだな」と当時に思いを馳せざるを得なかった。

それと同時に、「南北対立と左右対立が互いに負の影響を与え続ける分断体制」の克服こそが朝鮮半島における最も大きな課題であると、改めて心に刻んだのだった。

韓国メディアの取材に答えるデモ参加者。今の豊かな韓国を作ったのは保守だと力説していた。25日、筆者撮影。
韓国メディアの取材に答えるデモ参加者。今の豊かな韓国を作ったのは保守だと力説していた。25日、筆者撮影。
ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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