「核開発という言い訳」できなくなった金正恩氏…党総会の結果を読む
北朝鮮の朝鮮労働党は党総会を通じ、今後の路線を「核」から「経済発展」へとシフトすることを言明した。だがこれは、金正恩氏にとって「諸刃の剣」となる可能性がある。
「核・ICBM試験の中止と、核実験場を廃棄する」
北朝鮮の朝鮮労働党は20日、党中央委員会第7期第3回総会で「経済建設と核武力建設並進路線の偉大な勝利」を宣布し、今後は「社会主義経済建設に総力を集中すること」を明かした。21日早朝、朝鮮中央通信が報じた。
また、同総会で採択された決定書では「4月21日から核試験(核実験)と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射を中止する」と共に、「核試験の中止を、透明性をもって担保するために北部核試験場を廃棄する」ことが明記された。
約6か月ぶりの開催
朝鮮中央通信によると、この日、平壌で行われた会議には「朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会の委員たちと、政治局委員、候補委員たち、党中央委員会委員、候補委員たち、党中央検事委員会委員たち」が参加した。
また、「党中央委員会の成員たちと、省、中央機関、道、市、郡、主要工場、機関、企業所、共同農場、党、行政幹部そして武力機関の成員たちが傍聴として」参加した。
なお、朝鮮語では「総会」ではなく「全員会議」と称される。開催されるのは2017年10月7日以来、約半年ぶりのこと。この日の会議には3つの議定(議題)が上程された。
会議開催の背景に「『並進路線』がもたらした劇的な変化」
一つ目の議題は「革命発展の新たな高い段階の要求に即して社会主義の建設をより力強く促すためのわが党の課題について」。
ここでは2013年から北朝鮮が推し進めてきた「並進路線」を総括し、「社会主義経済建設に総力を集中させる」新たな路線が提示された。
北朝鮮の金正恩委員長はこの議題について取り上げる中で、「朝鮮半島と地域に緊張緩和と平和に向かう新たな気流が形成されており、国際政治構図の中で、劇的な変化が起きている」と情勢の変化を認めた。
その上で、「わずか数か月前までは想像すらできなかった事変が連発している驚異的な現実はわが党の『並進路線』がもたらした輝かしい結実」とし、今年1月から続く「朝鮮半島の対話局面」を北朝鮮がリードしてきたという認識を示した。
「絶対的な支持」をくれた人民への感謝も
金正恩氏は形式上、国民への「感謝」も忘れなかった。
同通信では、金正恩氏が「核武力の建設という歴史的な大業を5年に満たない短い期間で完璧に達成した奇跡的勝利は、朝鮮労働党の偉大な勝利であると同時に、英雄的な朝鮮人民だけが成し遂げられる輝かしい勝利だ」と国民を讃えたと伝えた。
さらに「軍需工業部門の科学者、技術者、労働者たちに対し熱い感謝を送り」、「並進路線を絶対的に支持し、必要なあらゆるものを保障してくれた、全土の全人民に心の底から挨拶を送った」とした。
「並進路線」を総括
金正恩氏は続いて2013年5月から続けられてきた「並進路線」を総括した。
まず、「核開発の全工程が科学的に、順次的に行われ、運搬打撃手段の開発もやはり科学的に行われ核の兵器化が完結」したとし、「今やわれわれにいかなる核実験と中・長距離、大陸間弾道ロケット試射も不要となり、それによって北部核実験場も自己の使命を果たした」とした。
昨年11月に続き、「核武力の完成」を再度強調した格好だ。
また、この「力」の上に「核兵器なき世界の建設に積極的に寄与しようとするわが党の平和愛好的立場」を主張した。
金正恩氏はまた、「経済建設と核戦力建設を並進させるべきだという戦略的路線が提示した歴史的課題が立派に遂行された」とし、「革命の前進速度をより加速化して社会主義偉業の最後の勝利を早めなければならない重大な革命課業が提示されている」と、さらなる前進をうながした。
その上で「わが共和国が世界的な政治・思想強国、軍事強国の地位に確固と上がった」との認識を示し「全党、全国が社会主義経済建設に総力を集中すること、これがわが党の戦略的路線である」と明かした。
今後のビジョンは「経済」
朝鮮中央通信によると、今後のスローガンは「社会主義経済建設に総力を集中し、朝鮮革命の前進をさらに加速化しよう!」とのことだ。
具体的には「国家経済発展5か年戦略遂行の期間に全ての工場、企業で生産正常化」をもたらし、「人民経済の主体化、現代化、情報化、科学化を高い水準で実現し、全人民に何うらやむことのない裕福で文化的な生活を与えること」とした。
さらに、「内閣をはじめ経済指導機関が経済事業の主人としての位置を正しく占めて、急速な経済発展を遂げるための作戦と指揮を緻密(ちみつ)に行うこと」を要求した。
なお、現状の「5か年戦略」は2016年5月の第7次労働党大会で提示されたもの。2020年まで「人民経済の自立性、主体性の強化」、「食糧の自給自足」、「軽工業の発展」などが含まれる。
議題その1では、二つの決定書が採択
一つ目の議題では、二つの決定書が採択された。
・並進路線の勝利を宣布
まず「経済建設と核戦力建設の並進路線の偉大な勝利を宣布することについて」では以下の6項目が明示された。
▲「核武器の兵器化を信頼できる水準で実現」、▲「4月21日から、核試験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射中止、北部核試験場を廃棄」、▲「核実験の前面中止のための国際的な努力に加わる」、▲「核の脅威や挑発が無い限り核を使用しない、核兵器と技術の移転もしない」、▲「人民生活を画期的に高めるため、国家資源を総動員」、▲「朝鮮半島と世界平和のために周辺国と国際社会との緊密な連携と対話を積極化」
なお、ここでいう「北部核試験場」とは、過去6度の核実験が行われた咸鏡北道吉州(キルチュ)郡豊渓里(プンゲリ)の核実験場のことを指す。
・経済建設に総力を集中
また、今後の指針となる決定書「革命発展の新たな高い段階の要求に即して社会主義経済建設に総力を集中することについて」では以下の4項目が明かされた。
▲「党・国家の全般活動を社会主義経済建設に向け全力で集中」、▲「社会主義経済建設における党・勤労者団体組織・政権機関・法機関・武力機関の役割強化」、▲「各級党組織と政治機関は今総会の決定執行状況を定期的に掌握して総括し、貫徹する」、▲「最高人民会議常任委員会と内閣は今総会の決定書に提示された課題を貫徹するための法的、行政的、実務的措置を講じる」
今後は「社会主義経済建設に向かう」という明確な路線が提示されている。「核と経済」から「経済」へのシフトと読み取れる。
議題その2:「科学と教育での革命的転換」
朝鮮中央通信によると、二つ目の議題は、一つ目の議題で決定された「社会主義経済建設」の原動力を「科学と教育」にするというものだ。
金正恩氏は総会で、「科学教育事業において革命的な転換をもたらすこと」と言及し、「経済建設に総力を集中することに関する問題は科学教育事業の急速な発展を抜きにして考えられない」とした。
やはり、「科学によって飛躍し、教育によって未来を保障しよう!」というスローガンを掲げ、「科学教育事業において革命的転換をもたらすことについて」という決定書を採択した。
議題その3:組織改編
最後となる議題は組織改編についてだった。
同通信では「金正角(キム・ジョンガク、 朝鮮人民軍総政治局長)氏を党中央委員会政治局委員に補欠選挙した」と伝える一方、「シン・ヨンチョル、孫哲珠(ソン・チョルス)、張吉成(チャン・ギルソン、偵察総局長)、金成男(キム・ソンナム)の各氏が党中央委員会委員候補から委員になった」と伝えた。
また、「キム・ジュンソン、キム・チャンソン、チョン・ヨングク、リ・ドゥソンの各氏を党中央委員会委員に補欠選挙した」とした。
「今回の総会は歴史的意義を持つ政治的な出来事」
全員会議の最後では金正恩氏による総括が行われた。
朝鮮中央通信によると、この中で金正恩氏は「並進路線の勝利を宣言し、経済建設に総力を集中することに関する路線を打ち出した」今回の総会が、「主体(チュチェ)の社会主義偉業の遂行において歴史的意義を持つ政治的出来事になる」ものと位置付けた。
そして、「党の新たな革命的路線に貫かれている根本の核、基本原則は自力更生であると強調し、過去と同様、ただ自力更生、堅忍不抜によって繁栄の活路を開き、立派な未来を早めていかなければならない」と述べた。
金正恩氏は今後「経済のみで評価される立場」に
今回の党総会の決定について、「完全な非核化についての前進、意思表示」であると評価する向きと、「核実験場はすでに使い物にならず、単なる政治ショーに過ぎない」とする見方まで、すでに多くの評価が出ている。
また、南北、米朝首脳会談で非核化が議題に上がることに備えた、北朝鮮国内向けの「アリバイ」と見ることもできるだろう。
筆者は現段階では、いずれの見方もできると考える。大切なのは、南北首脳会談と米朝首脳会談で非核化について何がどう決まり、それが今後、どこまで実際に実行されるのかだ。
そうした中、まだ何も決まっていない(公表されていない)中、北朝鮮が核凍結に近い措置で「先手を打った」点は評価できる。今回の党総会での決定が、首脳会談で有利に働く可能性もあるだろう。
だが筆者は、そういった点よりも、今回の党総会の結果を「核から経済へのシフト」として文面通りに読むことを提案したい。
金正恩氏は党総会の中で、「党の並進路線の勝利が収められることによって、平和守護の強力な霊剣(核兵器のこと)をもたらすために、困苦欠乏に耐えて刻苦奮闘してきたわが人民の闘争が立派に締めくくられた」とした。
「困苦欠乏」とはつまり、「経済建設と核建設の並進」が実際にはうまくいなかったということだ。
その上で、「核開発(完成)」以降には「経済発展」しか存在しないという当たり前の現実を、北朝鮮当局が認め、さらに「核開発」を「十分」とした点からは、今後の北朝鮮の行先がいよいよ「経済発展」にセッティングされたことが読み取れる。
これはつまり、金正恩氏は今後、「核開発」の言い訳を国内向けに使えず、ただ「経済によってのみ評価される立場」になったということだ。過去、一度も経済で成功したことがない金正恩氏にとって、これは「諸刃の剣」以外のなにものでもない。
これを金正恩氏の「政治的な覚悟」と見るか、戦略的な整合性のための単なる「修辞」と見るか。その答は遠からず明らかになるが、北朝鮮住民からはさらに厳しい視線が注がれることになるだろう。