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韓国特使団と金正恩氏の「合意」をどう読むか…問われる日本の役割

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
6日夜、訪朝成果を報告する鄭義溶(チョン・ウィヨン)首席特使。写真は青瓦台提供。

6日、帰国した韓国の特使団が明かした北朝鮮の金正恩氏との合意内容には、4月末の南北首脳会談開催、非核化協議の受け入れなど、破格の内容が含まれていた。合意内容と、今後について整理する。

南北「合意」の内容

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が送った特使団は特使と実務陣合わせて10人。3月5日から6日にかけ平壌を訪問し、5日には金正恩氏と接見。6日夜帰国した首席特使のチョン・ウィヨン国家安全保障室長が、訪朝の結果を発表した。

結論から言って、筆者は米朝を対話のスタートラインに立たせた点から、今回の特使団の成果を評価する。しかし、南北関係を専門とする記者として、手放しで喜べない部分も多い。それについては記事の後半部で補足したい。

鄭室長が読み上げた「特使訪北結果 言論発表文」とされる文書の内容は以下の6つだ。資料として全文を提示する。翻訳は筆者。

(1)南と北は、4月末に板門店の「平和の家」で、第3次南北首脳会談を開催することにし、このために具体的な実務協議を進めていくことにした。

(2)南と北は、軍事的な緊張関係と緊密な協議のために、首脳間のホットラインを設置することにし、第3次南北首脳会談以前に、初の通話を実施することにした。

(3)北側は朝鮮半島の非核化に対する意志を明確にし、北朝鮮に対する軍事的な脅威が解消され、北朝鮮の体制安全が保障されるならば、核を保有する理由がないという点を明確にした。

(4)北側は非核化問題の協議および、米朝関係の正常化のために、米国と虚心坦懐に対話を行う用意を表明した。

(5)対話が続く間、北側は追加の核実験および弾道ミサイルの試験発射など、戦略挑発を再開しないことを明確にした。同時にまた、北側は核兵器はもちろん、在来式の武器を南側に向けて使用しないことを確約した。

(6)北側は平昌オリンピックによって造成された南北間の和解と協力という良い雰囲気を続けていくため、南側のテコンドー師範団と、芸術団の平壌訪問を招請した。

なお、この内容は、北側では発表されていない。7日、青瓦台(韓国大統領府)が明かしたところによると、「北側から聞いた話のうち、発表可能なものを北側の承諾をもらいまとめたもの」だという。

米韓連合軍事訓練には「例年通りで理解」

また、発表後、鄭室長は記者団との間で質疑応答を行った。その中で「米韓連合軍事訓練について金正恩委員長が『4月から例年通りの水準で進めることを理解する』という立場を明かした」とした。

また、北朝鮮が「米朝対話に積極的に臨む用意があり、非核化も議論できる」一方で、「非核化は先代からの遺訓であり、不変である」との立場を示し、「米朝関係の正常化も議論する用意がある」と明かした。

発表されている対話の内容はここまでだが、見る限りではかなり突っ込んだ対話が行われていたことがうかがえる。特に、今後の南北・米朝対話の進展を左右する最大の懸案事項と見られていた「非核化」の前提があっさりとクリアされた印象だ。

4つのポイントをめぐる識者の見解

ここからは個別の案件について解説していく。筆者が取材した内容に加え、各専門家が発表した見解などを加えた。ポイントは以下の4点だ。

(1)なぜ南北首脳会談が4月末なのか

(2)板門店で首脳会談を行う点について

(3)「軍事的な脅威の解消」と「体制保障」について

(4)今後について

(1)なぜ4月末に南北首脳会談なのか

4月末の南北首脳会談を予想した専門家は筆者の知る限りゼロと言って良い。それほどに「早い」決定だった。

この背景について、保守派屈指の北朝鮮専門家である金英秀(キム・ヨンス)西江大・政治外交学部教授は筆者の電話インタビューに対し、「4月からの米韓連合軍事訓練を前に『日程』を作る必要があり、これを逃す場合、南北関係改善の機会を失う可能性があった」と分析した。

金教授はさらに「韓国、北朝鮮ともに、状況が時期を早めた。特に、文在寅政権のブレーンたちは、盧武鉉(03年2月〜08年2月)政権で退任直前に南北首脳会談(第2次、07年10月)を行った結果、実質的には何もできずに終わったことをよく知っている」と付け加えた。さらに「北朝鮮で経済制裁の影響が出始めている。6か月以内に制裁局面を突破する必要がある」とした。

一方、現政権に強い影響力があるとされる金榕○(キム・ヨンヒョン、○は火へんに玄)東国大・北朝鮮学科教授は、聯合ニュースとのインタビューで、「米朝間の対話を始める時間を作る一方、今の対話の動力を喪失しないため、最大限早い時期に首脳会談を開催しようとしたもの」と説明した。

同ニュースではさらに「4月末までに米朝対話が始まる場合、南北首脳会談で南北関係や非核化において、より意味のある結果をもたらすことができる一方、米朝対話がうまく行かない場合には、南北首脳会談で新しい動力をもたらす意図がある」と見通しを示した。

(2)板門店という場所で首脳会談を行う点について

海軍将校出身で、南北交渉の現場経験もある金東葉(キム・ドンヨプ)慶南大・極東問題研究所教授は6日夜、自身のフェイスブックへの書き込みで、「3度目の南北首脳会談についての合意は予想できたが、場所が板門店の『平和の家』である点は本当に意外だ」とした。

そして「これを過去の2度の首脳会談に対する金正恩委員長の答訪(返礼としての訪問)と受け取れるかは分からないが、金正恩氏は正常な指導者であるという自信をアピールできた一方、韓国側としても平壌に答訪する4度目の首脳会談の機会を得たことになるという、南北『ウィン=ウィン』の決定だ」とした。

また、南北関係に詳しい世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長は6日夜、記者たちに配布した見解資料の中で「準備に多くの費用と時間がかかる平壌やソウルでなく、板門店で開催することは、完全に破格的で実用主義的なアプローチだ」とした。

さらに「第3次南北首脳会談を対決の象徴であった板門店の南側で開催する点は、金正恩委員長の大胆な性格と決断力を見せるものとして注目する必要がある」とした。

また、進歩派の学者で統一部での実務経験もある金錬鉄(キム・ヨンチョル)仁済大学統一学部教授は7日、やはり自身のフェイスブックで「板門店で行うということは、(会談を)頻繁に行えるという意味だ。実務的で実用的にやっていこうという意味だ。朝集まって夕方に帰る形式の首脳会談を合意ができるまでやればいい」と見解を示した。

(3)「非核化」、「軍事的な脅威の解消」そして「体制保障」について

韓国側が6日に発表した項目の3つ目に「北側は朝鮮半島の非核化に対する意志を明確にし、北朝鮮に対する軍事的な脅威が解消され、北朝鮮の体制安全が保障されるならば、核を保有する理由がないという点を明確にした」との内容がある。

まず、非核化の意志を明確にした点について、前出の金錬鉄・仁済大教授は「トランプ政府は北朝鮮の非核化の意志が対話の条件だと主張した。今回の合意で、米国は対話できる名分を作ることができる。『非核化は先代の遺志』だという金正恩委員長の発言を引き出せたことで、局面が転換した」と評価した。

一方、金英秀・西江大教授は「北朝鮮には常に非核化の意思があった。『非核化は先代の遺志だ』と言うならば、なぜ核兵器を完成させたのか。矛盾がある」と否定的な見方を示した。

また、金東葉・慶南大教授は「北朝鮮が非核化に対する意志を明らかにし、確認したという点に意味を見出すべき」という傍ら、「非核化を協議し、米朝関係正常化のために米国と対話ができるとした点は少なからず意外だ。北朝鮮が非核化と米朝関係の正常化を等価として考え、出口にしているかについては疑問が残る」とした。

次いで、「軍事的な脅威の解消」ならびに「体制保障」についてだが、この部分をどう解釈するのかについて、識者の意見が分かれるところであった。

金英秀・西江大教授は「北朝鮮式の文法で読むと『在韓米軍の撤収』となるが、これは深刻な内容となる」と語った。一方、金東葉・慶南大教授は「(北の)体制の安全はどうすれば保障されるのか?簡単に我々が使える言葉ではないように思える。心配になる部分だ」と付け加えた。潜在的なリスクがある、という意味だ。

(4)今後について

今回の合意内容について、「米朝対話の第一歩を作った」という点では、全般的には高い評価を与える識者が多かった。一方で、今後については見方が分かれた。

朝鮮半島と中国の歴史に詳しい朴鴻緒(パク・ホンソ)コリア研究所研究院(博士)は6日夜、筆者の電話インタビューに対し「現在の中朝関係は良くない」と前置きした上で、「中国との関係の重要視する必要性」を提起した。

朴研究員は「結局は『9.19合意』に立ち返るしかない」としつつも、「07年10月の二度目の南北首脳会談後の『10.4宣言』のように、中国の除外も有り得るようなニュアンスを示す場合に、中国を刺激することになる」と指摘した。

「9.19合意」は、2005年9月に6者協議を通じて導き出された合意。北朝鮮が核を放棄する見返りに、米朝・日朝国交正常化や多額の経済支援を進め、朝鮮半島に恒久平和を打ち立てることを北朝鮮と国際社会が約束したもの。

「10.4宣言」は2007年10月に盧武鉉大統領と金正日総書記(いずれも故人、肩書は当時)が発表したもの。「9.19共同声明」を踏まえ、「南北の敵対関係の終息」、「南北の民族経済の均衡的発展と共同の繁栄」などを目標にすることを明かしたものだ。以下の部分が「中国に不快感を与えた」と朴研究員は明かす。

南と北は現在の停戦体制を終息させ、恒久的な平和体制を構築しなければならないという認識を共にし、直接関連する三者、もしくは四者の首脳が朝鮮半島地域で会い、終戦を宣言する問題を推進するために協力していくことにした

一方、金英秀・西江大教授は「北朝鮮への見返り(インセンティブ)の話はまだ出てこないが」という筆者の問いに対し「それはこれから表面化してくる話」と説明した。

その上で、「北朝鮮は『10.4宣言』の履行、つまり北朝鮮全土の経済開発を求めてくるものと見られる。核軍縮は米国との間で行い、経済開発は韓国と行うという図式だ」と説明した。

また、金錬鉄・仁済大教授は「核の凍結という入り口から、非核化という出口までは遠く複雑な道で、時には道に迷うこともある。だが、現在の時点で対話の門を開くのが重要だ。私たちが進む道を、すべて予測するのは難しい」と率直に明かした。

おわりに:問われる日本の役割

米国のトランプ大統領、中国外交部ともに、今回の南北合意事項について歓迎するコメントを出している。南北対話を取り巻く環境としては、順調な滑り出しと言える。

筆者は昨年6月末に、「文在寅政権の北朝鮮政策を見誤るなかれ」というコラムの中で以下のように主張した。

主に進歩派の学者、官僚で構成される文政権のブレーンの間では、「文在寅政権の5年が北朝鮮との関係を回復する最後のチャンス」という危機感が共有されている。言い換えれば「南北関係が完全に断絶するかもしれない」という焦りだ。

李明博政権下で対立に向かった南北関係は、朴槿恵政権になってからはカチカチに冷え込んだ。いくつかあった南北直通電話も不通となり、南北の接点はほぼゼロにまで減った。

文政権の下で良い方向に変わらない場合、「核を持つ北朝鮮が韓国の完全な敵国となる」と悲観する専門家も少なくない。文政権は「共存共栄の未来か、核の下での緊張か」という瀬戸際を自覚しているのだ。

この危機感は、なかなか日本では理解されない。日本から眺める韓国と北朝鮮の関係は、対立もしくは統一という二元論に偏りがちだ。だが今、韓国政府が北朝鮮を対する際の行動原理は、統一という理想的な未来に向けての前進ではなく、韓国の近い未来に関わる危機管理であるという点を見逃してはならない。

出典:[コラム] 文在寅政権の北朝鮮政策を見誤るなかれ (徐台教)

こうした危機感の中、南北対話の現状には、昨年からの韓国政府の努力が身を結んでいると見るべきだろう。一方で、国際社会による強い経済制裁が金正恩氏を動かす一つの要因になっている点もある。

なお、この「経済制裁が北朝鮮を対話に引き出した」という部分について、筆者は未だ確証を持てずにいる。とはいえ、少なくない専門家に聞いたところ、いずれも制裁の効果を肯定しているのは確かだ。ただ、割合には差がある。制裁効果の実態解明は今後最大の課題だろう。

そうした前提の上で、ここからは韓国側としても、国際社会としても未知の領域になる点は強調しておきたい。金正恩氏との核をめぐる交渉は初めてであるし、米中関係も以前の6者協議の頃とは異なる。6者協議の枠組みが維持されているのかも不確かだ。

こうした中ではやはり、「何としてでも、北朝鮮の非核化を含む朝鮮半島の平和をもたらす」という強い意志が重要になってくるのではないだろうか。

現状では韓国だけが、それを持っているように見える。だが見てきた通り、韓国だからこそ存在する不安要素も、あちこちに存在している。在韓米軍の撤収などは、国を巻き込んだ大議論にならざるを得ない。

これをカバーできるのが日本だ。南北関係の進展に「戸惑って」いる場合ではない。北朝鮮の態度変化をうながす上で制裁が作用したとするなら、日本が果たした役割は無視できないし、日朝国交正常化の話はいつ飛び出してきてもおかしくない。

こうした現状を踏まえ、中韓、米韓、南北の間で、日本ならではのパイプを生かした「最強のサポーター」としての役割を果たしてほしいと、切に思う。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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