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「わが民族」,「非核化」…明らかになった南北会談での「ズレ」

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
9日午前、会談場に入場する北側の李善権代表(左)と南側の趙明均代表。統一部提供。

1月9日、板門店で南北高位級(閣僚級)会談が行われ、共同報道文が発表された。一晩明け、約10時間に及んだ会議の内幕と、南北の葛藤が少しずつ明らかになってきた。

10日午前、統一部の白泰鉉(ペク・テヒョン)報道官は定例記者会見を行った。統一部は南北関係を担当する政府機関として、9日の南北会談を企画・準備し、長官と次官が直接参加した。

記者会見に参加した記者たちの多くが、南北会談について質問した。その内容を大きく4つにまとめる。

1:五輪は「参加」のみ確定 今後の議論山積

平昌冬季オリンピックの開幕(2月9日)まで一か月を切った。

北朝鮮が南北会談を通じ、平昌冬季オリンピック、パラリンピックへの選手団、高位級代表団、芸術団、参観団、テコンドー師範団、記者団の派遣を決めたことと関連し、これを引き続き議論するための実務会談の開催時期についての質問が飛んだ。

白報道官は「未定」としながらも、「統一部と文化体育観光部が来週『政府合同支援団』を結成する」と明かした。文化体育観光部は平昌五輪の開催をつかさどる部署だ。

今後は、この政府合同支援団が北朝鮮との協議に臨むものと考えられる。そのため、実務会談は同団の結成後に行われると見るのが妥当だろう。だが、白報道官は「できるだけ早いうちに協議をしていきたい」と含みをもたせた。

10日午前行なわれた、統一部の定例会見。通常よりも遥かに多い質問が寄せられた。10日、筆者撮影。
10日午前行なわれた、統一部の定例会見。通常よりも遥かに多い質問が寄せられた。10日、筆者撮影。

気になる北朝鮮派遣団の規模については「今後議論していく」とした。中でも南北会談の席で登場した「参観団」について「これまで参観団が来た前例はない」と明かした。

9日に発表された共同報道文の第1項には、韓国側が「必要な便宜を保証する」とある。だが、北朝鮮側の移動手段や高位級代表団の人選によっては、国連安保理の制裁案と韓国独自制裁に抵触するおそれがある。

この質問について白報道官は「北朝鮮代表団の構成が決定していない中で、それを語るのは時期尚早」と、慎重な立場を示した。

なお昨日、韓国側の首席代表であった趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官は会談終了後の会見で「一部の便宜はIOC(国際オリンピック委員会)が、NOC(国家オリンピック委員会)もあるし、南北の慣例に沿って提供できるものもある」としている。過去、韓国は南北交流基金から北朝鮮選手団の滞在費などを捻出した前例がある。

現状では五輪への参加だけが確定している段階と見る他にない。今後、開催までに何度かの北側との実務会議は欠かせないだろう。

2:「わが民族同士」をめぐる南北の温度差

実は昨日の共同報道文は、南北で文面が異なる。

例えば韓国側の「パラリンピック」という表現は、北朝鮮側では「障がい者オリンピック」と表現されている。「平昌」という文字も北朝鮮側に無く「第23次」と置き換えられている。また、韓国は「韓半島」とし、北朝鮮側では「朝鮮半島」となっている。

しかし共同報道文の第3項にある「民族」をめぐって、こうした慣例上・文化上の違いとは異なる次元でのすり合わせ作業が昨日、行なわれた模様だ。

白報道官は10日の会見で「最後まで南北で調節に時間がかかった部分はどこだったのか」という質問に対し「『わが民族同士』と『わが民族が韓半島問題の当事者として』という表現の問題があった」と明かした。

韓国側

南と北は(これまでの)南北宣言を尊重し、南北関係で提起される全ての問題を、わが民族が韓半島の問題の当事者として、対話と交渉を通じ解決していくことにした。

北朝鮮側

北と南は(これまでの)南北宣言を尊重し、北南関係で提起される全ての問題を、わが民族同士の原則で対話と交渉を通じ解決していくことにした。

「わが民族」という表現をめぐっては、発表直後から韓国内で批判が相次いだ。

ざっくりと言えば、「北朝鮮の非核化を含む朝鮮半島の全ての問題を南北だけで解決することは不可能。北朝鮮に今後の対話の主導権を奪われ、米韓の間にくさびを打ち込まれた」という声だ。

実は、今回の会談前から対話に積極的な北朝鮮の姿勢を指して「米韓の仲を裂くためのもの」とする見方が、保守層を中心に根強かった。上記の批判は、その懸念が現実化したとの主張だ。

こうした批判が起こることを意識したのか、韓国側首席代表の趙長官は、やはり会談終了後の記者会見で「過去の合意に『わが民族同士』という表現が入ったことがある。新政府(文在寅政権)になって強調している原則でもあるため、北側の主張が反映されたものと見るのは難しい」と線を引いた。

KBSニュースによると10日、趙明均長官は「(北朝鮮との)対話・交渉が(対話・圧迫)基調と相反する事はあり得ない」と語ったとされる。

実際、2000年に初めて行なわれた南北首脳会談で採択された「6.15南北共同宣言」の第一項に「南と北は国の統一問題を、その主人であるわが民族同士、互いに力を合わせ自主的に解決していくことにする」とあり、特別な表現ではない。

2000年6月、南北初となる首脳会談を終え「6.15南北共同宣言」を発表する金大中(キム・デジュン)大統領(左)と、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(当時)。写真は青瓦台提供。
2000年6月、南北初となる首脳会談を終え「6.15南北共同宣言」を発表する金大中(キム・デジュン)大統領(左)と、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(当時)。写真は青瓦台提供。

だが趙長官や白報道官の発言には、韓国側があえて「わが民族が韓半島の問題の当事者」と表現を変えた理由についての言及はなかった。

米国や国際社会への配慮など様々な理由が考えられるが、今は「南北間で表現をめぐる駆け引きがあった」という点だけが分かっている段階だ。

3:「非核化」に北側は拒否反応、対話の実態は「不明」

南北会談で最もホットな話題が「非核化」問題だった。

韓国側が基調発言で「朝鮮半島で相互緊張を高める行為を中断し,早期に朝鮮半島の非核化など平和定着のための諸般の問題を議論するための対話を再開する必要がある」と言及し、口火を切ったのだった。

これに対する北朝鮮側の反応は「南側の基調発言に含まれた内容について、北側が特別に言及したり、反応を見せはしなかった。傾聴する姿を見せた」というものだった。会談の途中の会見で、韓国側代表団の一人、千海成(チョン・ヘソン)統一部次官が明かした内容だ。

しかし「韓国側が非核化を持ち出した」と韓国メディアが報じたことについて、北朝鮮側の李善権(リ・ソングォン)首席代表は拒否反応を示した。

南北会談を締めくくる「終結会議」の席で李首席代表は「南側のメディアが『非核化の問題について会談を進めている』という世論を拡散させた」とし、「なぜこんな話をするのか理解できない」と強く言及したのだった。

さらに「我が国が持つ大陸間弾ロケットをはじめとする全ての最尖端戦略兵器は、徹頭徹尾、米国を狙ったもので、同族を狙ったものではない。中国とロシアを狙ったものでもない」と興奮した様子で続けた。

そして「南北の対話と関係改善の障害となるこうした問題を果敢に克服できるよう、注力することが必要だ。とても遺憾だ」と畳み込んだ。

会談に臨む南北代表。右側の中央が北朝鮮の李善権(リ・ソングォン)首席代表。
会談に臨む南北代表。右側の中央が北朝鮮の李善権(リ・ソングォン)首席代表。

今日の定例会見で筆者は、白報道官に「非核化についてはどれほど話し合われたのか」と尋ねたところ「北側に対し、朝鮮半島の非核化問題と関連し、韓国と国際社会の憂慮について十分に説明をした」とのことだった。

白報道官の歯切れが非常に悪かった点を見ても、非核化について突っ込んだ話が行われていないと筆者は見る。

韓国側の趙首席代表は前出の李首席代表の発言について、会談終了後の会見で「北側の立場をよりオープンな場で表明したいということだろう」と分析した。「終結会議」はメディアに公開されていた。

なお、10日午前、文在寅大統領は新年記者会見の演説で「朝鮮半島の非核化は平和に向けた過程であり目標だ。南北が共同で宣言した朝鮮半島の非核化が、決して譲れない私たちの基本的な立場だ」と言明している。

4:離散家族再会についても歯切れ悪く

複数の韓国メディアが明かしたところによると、韓国側の趙首席代表は、9日晩、南北会談を振り返り「共同報道文に離散家族再会についての内容を入れられなかったことが最も心残り。離散家族の皆さんに申し訳ない」と記者団に語った。

同長官は基調発言で「2月の民族の祝日である正月(旧正月)を契機に、南北離散家族再会行事を行うための赤十字会談」を提議した。次いで「必要性や急がなければならない理由については十分に伝え、北側も相当部分、同じ考えをしていると意見の交換があった」とした

「一応、(共同報道文の)第2項にある『多様な分野で接触と往来、交流協力を活性化させる』という部分で離散家族再会も想定している」と明かした。

10日、白報道官は「2015年12月の次官級会談の席で離散家族再会行事を要求する韓国側に対し、北朝鮮側が金剛山観光再会問題を持ち出し、決裂した。今回も北側が離散家族再会を別の事案と連携させる要求をしたのか」という記者の質問に対し、「そうではない」と答えた。

しかし、北朝鮮が平昌五輪参加に加え、離散家族再会行事まで合意するにあたり、何かしらの「対価」を要求した可能性は高い。

次いで「例えば、2月までに(担当部署の)南北赤十字会談を開くといった反応があったのか」と北朝鮮側との具体的な議論内容を聞く記者の質問に対しては、「南北関係改善のために南北高位級会談と共に、各分野の会談も開催することにした」という合意事項を挙げ、明答を避けた。

握手する南北代表。この姿を見るまでに2年以上の年月がかかった。
握手する南北代表。この姿を見るまでに2年以上の年月がかかった。

文字通りの「スタート」今後が重要

白報道官によると、10日午前9時半、南北は板門店連絡事務所間で業務開始の連絡を行ったという。南北の連絡内容は非公開となっているため、一日に何度、どんな内容でやり取りが行われているのかは分からない。

平昌オリンピック参加が確定した今、これまでよりも多くの連絡が行われるであろうことは想像に難くない。また、今日午前8時からは、西海(黄海)での軍ホットラインも約2年ぶりに再開された。

こうしたルートを通じ、今後の南北高位級会談、実務会談、軍事当局間会談の日程が決まる。当分は活発な南北関係を見守ることになるだろう。

だが、これまで見てきたように、各分野における南北間での微妙な差は隠しても隠し切れるものではない。その意味で、9日の南北会談を「スタート」と捉える韓国政府の立場は現実的だ。北側に過度の期待をせず、実質的な成果を挙げることに集中するべきだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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