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2015年のAwesome City Club - 「勿忘」と『はな恋』、2021年の紅白に至る道筋

レジー音楽ブロガー・ライター
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

2021年の代表曲となった「勿忘」

「私たちの音楽を日々聴いてくださるミュージックラバーの方々、いつも支えてくださる方々に感謝の気持ちを送りたいです。そして、これまで心すれずに頑張ってきた自分たちにも大きな拍手を送ってあげたいです」

2021年に紅白歌合戦への初出場を果たした3人組グループのAwesome City Club(以下オーサム)。紅一点のPORINは、出場決定を報告する記者会見の中でこう言って言葉を詰まらせた。

夜景をバックにした演出とともに紅白で披露された楽曲は「勿忘」。今年1月の発表以来着実に支持を広げ、9月にはストリーミングサービスでの再生回数が2億回を突破。今年発表された国内の楽曲で2億回を突破しているのは同曲とYOASOBIの「怪物」の2曲だけである。

また、ストリーミングサービスでの再生回数やCDの売上など複数の指標を組み合わせて算出されるビルボードジャパンの年間チャート「JAPAN HOT 100」において、「勿忘」はトップ10に迫る11位を獲得。同チャートには1位となった優里「ドライフラワー」を筆頭に上位には2020年以前に発表された楽曲が複数並んでおり、そんな中で今年リリースの楽曲をこのポジションに送り込んだAwesome City Clubは2021年のブレイクアーティストの代表と呼んで差し支えないだろう。

atagiとPORINの男女ボーカルが交互に歌い上げる中に、モリシーの情熱的なギターソロが挿入される「勿忘」。3人のエモーショナルなパフォーマンスに加えて流麗なストリングスが響き渡るこの楽曲は徹頭徹尾ドラマチックなバラードでありながら、細かいリズムの刻み方などによって軽快で爽やかな読後感も与えてくれる。この絶妙なバランスは、この曲が「インスパイアソング」となった映画『花束みたいな恋をした』で描き出された悲恋からの新しい一歩ともリンクしている。

リリース後、この曲はTikTokにおいて恋愛に関する投稿のみならず学校を卒業するにあたって仲間同士の絆を確認するような発信にも多数使われていた。楽曲がいわば独り歩きしながらリスナーの感情表現に寄り添う形で広まっていった「勿忘」のヒットは、実に2021年らしい現象だったように思える。

『花束みたいな恋をした』とAwesome City Clubをつなぐ「2015年」

前述の通り、「勿忘」は2021年に大ヒットした映画『花束みたいな恋をした』(以下『はな恋』)のインスパイアソング。「エンディング曲」でも「テーマソング」でもないこの聞きなれない呼称は、この映画に出演しているオーサムの面々(バンドとして実名で登場するだけでなく、PORINは俳優としても出演している)が完成した作品を観た後にこの楽曲を制作したという経緯に由来している。

PORIN 映画の脚本を手がけた坂元裕二さんが、昔から私たちのことをすごく応援してくれていて。マツザカのラストライブを観にきてくださったのが最初の出会いで、そこからみんなでお食事をするなど親交を深めていく中、「今、映画を作っているんだけど、よかったら出てみない?」と言われて「花束みたいな恋をした」に出演させていただくことになりました。

atagi それもあって、映画をひと足先に観させていただく機会があったんですけど、ものすごくよくて。そこで受け取った気持ちを曲にしたいなと思い、制作会社の方に相談したところ「映画の予告編などで使わせてもらえませんか?」という話をいただいたんです。

(音楽ナタリー Awesome City Club「Grower」インタビュー|新体制初のアルバムで届ける 試練を乗り越え育てた思い 2021年2月9日)

「勿忘」の人気は菅田将暉と有村架純の好演が光った『はな恋』のヒットなしには語れないが、オーサムはそのチャンスをいわば自力で掴み取ったことになる。「本編には登場しないが予告編には使われる」という変則的な映画とのかかわり方は、後に映画のシーンをふんだんに使ったMVが制作されるなどの広がりにつながった。

PORINが語る「マツザカのラストライブ」というのは2019年8月14日にLIQUIDROOMにて行われた「Awesome Talks -Vol.10」。つまり『はな恋』の脚本を手掛けた坂元裕二はこの時点でバンドに関心を持っていたわけだが、この当時のオーサムは今とはいろいろな意味で異なる環境に置かれていた。

オーサムがメジャーデビューを果たしたのは2015年。ベースのマツザカタクミを「主宰」とする5人組だった彼らは、「シティポップ」という言葉で称されつつあった東京のインディーシーンを牽引してきたグループの1つだった。ちなみに、デビュー年には2018年に紅白出場を果たしたSuchmosともライブハウスでのイベントで共演している。

インディーでの活動時には自身の楽曲を積極的に無料で配信し、メジャーデビュー後はミニアルバムを短いスパンでリリースしたり当時まだ手法として新しかったクラウドファンディングに挑戦したりするなど、チャレンジングな活動を続けてきたオーサム。そういった動きに対して着実に支持は集まりつつあったものの、楽曲としての「ブレイク」という観点においては足踏みが続く。そんな中において2019年にはマツザカが、2020年にはドラムのユキエが脱退。バンドとしてもメンバー構成の変遷と前後してレコード会社とマネジメント会社を移籍するなど、紆余曲折の日々を送ることとなった。

オーサムのここまでの歩みは、『はな恋』において菅田将暉演じる麦と有村架純演じる絹が過ごした日々の足跡とも重なるところがある。麦と絹が出会ったのはオーサムのメジャーデビュー年である2015年であり、さらに麦と絹が別れたのは5人編成のオーサムが幕引きとなった2019年。そして坂元裕二は5人編成のオーサムに引き寄せられて2019年に彼らのライブに足を運び、そこでのコンタクトが2021年の『はな恋』と「勿忘」のムーブメントに結実した。

「勿忘」一発でメインストリームに躍り出たオーサムのことをメディアが紹介するにあたって、「デビューからしばらくヒットが出ず」というような説明を目にすることもあった。一面においてこの解説は事実ではあるが、「勿忘」のヒットはその「ヒットが出ず」の時代の取り組みがあったからこそ、というのは合わせて指摘しておきたい。『はな恋』では2015年から2019年までの麦と絹の濃密な日々が描かれていたが、同じ時期にオーサムの築いたバンドとしての礎が2021年の飛躍を呼び込んだ。

「曲のファンダム」と「グループのファンダム」

「勿忘」以降も精力的な活動を続けてきた2021年のオーサム。現在は7作連続配信シングル発表の真っただ中であり、2022年3月にはフルアルバムのリリースも予定されている。

ここからさらに人気バンドとしての地位を盤石なものにしていくかどうかを占うにあたって、考慮したいのは今の時代のファンダムのあり方である。

ストリーミングサービスとTikTokを介してヒット曲が生まれるようになった2020年代初頭だが、「1曲のヒット曲がアーティストそのものに対するファンを育てるか」という点については優勝劣敗がはっきりしやすい構造になりつつあるという実態もまた存在する。たとえば優里の「ドライフラワー」以降の楽曲がストリーミングサービスのチャート上位に複数ランクインしている一方で、アーティストによっては単曲でのヒットがピークとなるケースも散見される。

バズを起こしたヒット曲単体を愛でる「曲のファンダム」と、過去のカタログや新曲も含めて関心を持つ「グループのファンダム」。前者から後者への移行もしくは深化がアーティストが長く最前線で活動するうえでは必要であり、また情報の流通量が加速度的に増大している今の時代においてこの境界線を越えることは今まで以上に難しくなりつつある。「勿忘」で多くの人に知られることとなったオーサムは、この分岐点をクリアできるかどうかという重大な局面に差し掛かっている。

「勿忘」のような男女掛け合いのバラードのみならず、オーサムには多様な音楽的な引き出しがある。彼らの音楽性がさらに多面的な形で広く伝わっていく2022年となることを楽しみにしたい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

音楽ブロガー・ライター

1981年生まれ。会社員兼音楽ブロガー・ライター。会社勤務と並行して2012年に「レジーのブログ」を開設。作品論のみならず、社会における音楽の位置づけ、音楽ビジネスの変遷、ファンカルチャーのあり方など音楽シーンを俯瞰した分析が話題に。現在は音楽を起点に幅広いジャンルの記事を寄稿。著書に『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(宇野維正との共著、ソル・メディア)、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)がある。

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