Yahoo!ニュース

エムバペ選手に対する人種差別。あくまで否認する仏サッカー連盟会長と若手選手の距離

プラド夏樹パリ在住ライター
フランス代表は、翌日19日の夜にパリのコンコルド広場のクリヨンホテルに到着(写真:ロイター/アフロ)

カタール・ワールドカップ決勝でアルゼンチン代表に敗北したフランス代表は、翌日19日の夜にパリのコンコルド広場のクリヨンホテルに到着し、待ち構えていたファン約5万人の喝采にバルコニーから手を振って応えた。ファンは、大活躍したキリアン・エムバペ選手に「王様キリアン!」、「キリアン、君こそ神だ!」と叫んだが、同氏は唇を引き締めた硬い表情を崩さず、真っ先にバルコニーから去った。

エムバペ選手に対する人種差別的メッセージの氾濫

エムバペ選手はカビル系アルジェリア人の母親とカメルーン人の父親の間に生まれたフランス人。2018年、FIFAワールドカップで大会の最優秀若手選手賞を獲得して以来、華麗なキャリアを築いてきた。

しかし、そんな彼も2021年6月のユーロ2020ではシュートをミス、フランス代表はラウンド16で敗退。同選手に対する、人種差別的なメッセージがSNS上に大量に流された。

司法当局は直ちに捜査を開始し、10ヶ月後に、「出自、帰属、人種、宗教による侮辱罪」の疑いで9人を拘留、家宅捜査した。被疑者のプロフィールはというと男女数はほぼ同数、ほとんどが高等教育を受けたが政治意識ゼロというところだ。

被疑者全員がフランス国籍だが、意外なことに、コンゴ、アルジェリア、ルワンダ、ソマリアといったアフリカ系の人やアンティーユ人(注)もおり、彼らは、主にエムバペ選手がミックスルーツであるゆえに侮辱しているようだ。

(注):西インド諸島に位置するフランスの海外県、グアダループ島、マルチニック島など出身の人々。

いいね!が欲しい

独立メディア、Médiapartが12月16日に発表した独立調査によると、エムバペ選手に対する人種差別的メッセージ投稿で、今月初頭に人種差別扇動罪および身分詐称罪で有罪判決を受けたカリムは19歳。メールアドレスとTwitterのアカウントを複数所持、その他、Snapchat、TikTok、Twitch、WhatsApp、Discordにも頻繁に投稿。彼自身、エムバペ選手と同じくアルジェリア、カビル系のルーツを引いており、ネオナチでも極右政党支持者でもなく、ただ毎晩、両親と同居する自宅から22時から朝3時間で盛んに発信している平凡な若者だ。

その彼が、ユーロ2022の対スイス戦でエムバペ選手がシュートミスをした直後、「キリアン・エムバペは小汚い黒人野郎。数百回の鞭打ちで打ちのめし、リビアにでも売り飛ばしてしまえば良い。フランス共和国に値しない。カメルーンか、綿畑の奴隷小屋行きがちょうど良い」(原文ママ)と発信した。

Médiapartのインタビューに応えて、カリムは「僕は人種差別主義者ではない。ツイートは冗談に過ぎず、『いいね』がたくさん欲しかっただけ」と言う。「典型的な白人フランス人らしい偽のプロフィールでアカウントを作った。ツイートだって、極右支持者のページにあった文章をコピーして発信しただけ。僕が書いたわけではない」と、あくまで責任を回避。そして、実際、フォロー数は倍増したらしい。

フランス・サッカー連盟会長の「人種差別は存在しない」

ところで、エムバペ選手は、以上のようなヘイトメッセージの津波を受け、フランス・サッカー連盟の会長ノエル・ル ・グラエ氏との面会を願い出て抗議をした。しかし、同会長は「サッカー界には人種差別はない。存在しない。黒人選手がシュートしたらスタンド全員が立ち上がって喜ぶじゃないか」と公言して憚らない、サッカー界の実態がわかっていない人である。

「エムバペはシュートをミスしたこと、自分の実力に対する非難にイライラしていた。……結局は彼を支持していると連盟に発表してもらいたかったのだろう……愛されたいんだよ、彼は」と、メディアを前にまったく的外れな反応をした。人種差別に対して抗議した同選手の主張は、かえって「甘やかされた23歳のわがまま」という印象を強めてしまった。

一方、同選手は「ペナルティーの話をしに行ったのでは買う、人種差別の話をしに行った。会長は人種差別はなかったと考えているらしい」と、ツイッターでキッパリ反論した。

仏サッカー連盟会長と一線を引く若手選手たち

社会の変化から取り残されている感があるフランス・サッカー連盟会長とは反対に、若手選手たちは新しいイニシアチブをとっている。

フランス代表でACミラノ所属のマイク・メニャン(27歳)は、イタリア内での試合で差別的な声を聞いた後に、2021年に「サッカー界で決定権を有する人々へ」と題したツイッターを投稿。「この事件はサッカーを超えた社会問題」と言い、「サッカー界で決定権を持つ人々は、動物のように貶められてどんな気持ちがするのかわかっているのか?」と厳しく指摘している。

同じくフランス代表で元ASモナコ所属オレリアン・チュアマニ(22歳)は、チェコのACスパルタ・プラハとの試合中に、観客席から猿の鳴き声を真似する声があがった件で、「差別はいけないと言うのは簡単。でも、なぜ、差別を受けた当事者である我々は何もしないのか? 差別的な歌が聞こえたら、試合を中断しよう!そして欧州サッカー連盟UEFAに新しいプロトコルとして提案しよう」と発言している。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

プラド夏樹の最近の記事