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貧困層から這い上がるのに180年を要するフランス

プラド夏樹パリ在住ライター
7%の子どもが貧困ゆえに空腹のまま登校するため、幼稚園と小学校では朝食を無料配布(写真:アフロ)

生活扶助を受けて生活

マクロン大統領は、「富裕層家庭に生まれたか、あるいは貧困家庭で育ったかによって、人生が定められることが多すぎる。運命はあまりにも不平等」とし、この9月、貧困政策を発表した。7%の子どもが貧困ゆえに空腹のまま登校するため、幼稚園と小学校では朝食を無料配布、学歴なしで若者たちが労働市場に参入しないように18歳までの研修を義務化といった政策で、実施が始まっている。

話は変わるが、最近、女友だちのDの娘25歳が出産した。Dは私と同じ年だが、これで孫が2人できたことになり大喜びである。

しかし、よく聞けば、シングルマザーでの出産とのこと。シーフードレストランの厨房で働いており出産休暇中だが、これも「アルバイトなの」と、一瞬、顔を曇らせた。

D自身、職業高校卒業である。手仕事が好きなので、木工芸CAP(労働者になるためのディプロム)を取得し、結婚。しかし、子ども3人を抱えて離婚をし、女手ひとつで、販売や清掃業をしながら子どもたちを育てあげた。彼らは3人とも母親と同じく職業高校を卒業し、CAPを取得した。今、長女は有期契約でスーパーのレジ係を、長男は子どもがいるが離婚して失業、そして末娘は出産休暇中。

余計なお世話であることはよくわかっているが、私の方が心配になった。皆が非正規社員か失業している家庭で、また子どもが生まれたのである。大丈夫なんだろうか? もちろんDは勇気ある人なので、いざとなればどんな仕事でもして切り抜けるだろう。しかし、彼女も50代後半、いつまでも元気でいられるとは限らない。

しかし、無収入の人に支給される生活扶助、労働連帯収入費550.93ユーロ=約7万円、そして住宅扶助も入れれば、大都市では難しいが、地方都市ではどうにかやっていけるらしい。子どもたちは3人とも自分のアパートと車を持って暮らしている。もちろん贅沢はできないが、Dは庭で育てた野菜だけで食事をし、市場が閉まる直前に残り物を安く買い、自分で素敵な服を縫って暮らしている。ちょっと見には、生活扶助を受けているとはとても見えない人だ。

貧困層から這い上がるのには6代を要する

ところで、フランスの貧困層の定義はどういうものだろうか? まず、不平等監査局によれば、一人当たり、月収の中央値1692ユーロ=約21万円の60%以下、つまり毎月1015ユーロ=約13万円で生活している人を指しており、ユーロスタット調べによると、2016年、人口の13.6%を占めていた(ドイツは16.5%,イタリアは20.6%。ユーロ圏平均は17.4%)。

ところで、不平等監査局が今月発表した報告書によると、2006年から2016年にかけて、貧困層が増加している。その理由の一つに、低収入のひとり親家庭が増えたことを挙げている。事実婚が主流になりカップルの流動性が大きくなったこと、子どもがいても気が合わないパートナーと同居するなんてまっぴらと言う人が増えたというライフスタイルの変化もあるだろう。現在、貧困者の25%はひとり親家庭だ。2000年を境に、経済的に不安定な家庭のプロフィールは、多人数家族からひとり親家庭(大多数がシングルマザー)に移行した。

また、貧困層の67%は職業高校卒業者。そして35%は20歳以下である。第二次世界大戦直後、貧困層のほとんどは老人だった。しかし、戦後の「栄光の30年間」と呼ばれる高度成長期にできあがった社会保障政策によって、年金保険料を納付したかどうかにかかわりなく、貧困層の老人は老人最低支給費833.20ユーロ=約10万7千円を受けることができるようになった。その代わり、低学歴・無職の若者貧困層が増えてしまった。

フランスの特徴として、失業や低学歴のほか、貧困に陥る要因の一つに、生まれた時の社会階層がある。OECD(経済協力開発機構)の調べでは、低収入の家庭に生まれた人々の子孫が平均収入を得られるようになるのには6代、すなわち180年を要する。また、教育システムにも大きな問題がある。フランスの公立教育システムはエリート育成に適しているが、落ちこぼれてしまう子どもたちをすくい上げることができないため、上記のDの例のように、低学歴と低収入が連鎖してしまう。

手当は貧困を救えるか?

それでも、月収中央値の40%以下、月に684ユーロ=約8万8千円で暮らす人々の数は3.1%と、欧州(欧州全体では6.4%)では少ない方である。

1988年、無収入あるいは低収入の人々に与えられるRMI(社会復帰最低収入。現在はRSA労働連帯収入と名称を変更し、550.93ユーロ)が支給されるようになった。現在、貧困者の数は23.6%(欧州平均25.7%)だが、各種手当を考慮に入れると、貧困者割合は13.6%に下がる。(デンマーク11.9%、フィンランド11.6%)

また貧困者の50%は翌年も貧困だが、3年後も貧困なのは30%のみ、4年後は20%に減少するという統計もあるから、手当はなんのかんの言っても無駄ではない。PIBの1.8%から2.6%が貧困と社会疎外に費やされている。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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