フツーの政党になった極右翼政党、国民戦線(FN)
ショボかった反FNデモ
4月23日、フランスの大統領選挙第予選では、伝統的に政権を二分してきた政党、共和派と社会党が惨敗した。5月7日の決選は、中道・無所属で出馬した弱冠39歳のエマニュエル・マクロン氏と、極右翼政党である国民戦線党FNのマリーン・ル・ペン氏の一騎討ちとなる。
移民排斥と、FREXIT(欧州連合脱退)をスローガンにする国民戦線党が大統領選挙で決選に残ったのは初めてのことではない。2002年、シラク元大統領とマリーン・ル・ペン氏の父、ジャン=マリー・ル・ペン氏が決選に残ったことがある。
当時、FNはフツーの政党とは考えられていなかった。暴力的なイメージが強く、私にとっては、「駅前でガナリ立てている日本の愛国党のフランス版」だった。
それだけに、ジャン=マリー・ル・ペン氏の決選進出が報道されて、国民は真っ青に。反FNデモには、右派も左派も一丸となって、「FNを落とせ」というスローガンを叫びながら参加した。あの日、バスチーユ広場は一歩たりとも身動きできない状態で、「これで将棋倒しになったらひとたまりもないな」と、背筋が寒くなったのを覚えている。パリだけで50万人の市民が参加した。
しかし、この月曜日、反FNデモに参加しにレピュブリック広場に行ったところ、15年前のあの熱気は跡形もなかったのである。
パリでの参加者数は警察の発表ではわずか3万人(呼びかけ人の発表では8万人)と、15年前に比べると皆無に等しい。決選の結果推定はマクロン氏59%、ル・ペン氏41%と発表されているので、みんな安心しているのだろうか? いや、それよりも、フツーでなかった政党FNは、今や、国民に受け入れられるようになったことの方が恐ろしい。
ジャン=マリー・ル・ペン氏は拷問を正当化した人物
我が息子は、今回、初めて投票した。急進左派メランション氏に傾倒し、Youtube上でメランション氏の政治講座のようなものを購読、FiscalKombat なるファイナンス界のからくりを説明するゲームで遊んだりして、かなり政治に関心を持つようになった。ところがそのメランション氏が予選で4位だったのですっかり気落ちをしている。
一昨日、一緒に食事をして、「決選には行かなきゃダメだよ」と言うと、「面倒だよ、どうせマクロン勝つに決まってるもん。それに、そんなにみんなル・ペンがいいって言うなら、それでもいいじゃん。本当に言っていることを実行できるのか見てみようよ」。
母、激怒……どうやら、若者にはFNのオソロシさが実感できないらしい。
FNは、1830年からフランスの植民地であったアルジェリアが、激しい独立戦争の末、1962年に独立を果たした時期に構想された政党であ
る。アルジェリア戦争に志願兵として参加したジャン=マリー・ル・ペン氏は、1972年、アルジェリア独立に不満をもつ引揚者を集めてFNを設立した。1974年には、眼帯姿で大統領選挙出馬を発表した。
1974年、大統領選挙に眼帯姿で出馬
ところで、ジャン=マリー・ル・ペン氏はアルジェリア戦争中に拷問をし、自分でも、それを認めている。1962年、「Combat」紙上で「隠すことはない。我々は拷問した。当時の状況では必要だったからだ」とインタビューに応えて言っている。また、下記のドキュメンタリー映画では、「テロリストが相手には、痕が残らない、その場では痛いけど、後遺症が残らないような拷問は必要」と発言している。
(1:00と4:45はル・ペン氏によって拷問されたと語る人々。7:30は「テロリストが相手には、痕が残らない、その場では痛いけど、後遺症が残らないような拷問は必要」と発言するル・ペン氏)
また、2015年、BFMTV上で「ナチスのガス室によるユダヤ人大量殺人は、歴史の中で瑣末なこと」と言うなど、歴史修正主義的発言を繰り返し、それだけではなく暴力行為でも数回、訴えられている。
クリーンなイメージで打ち出したマリン・ル・ペン氏
ところで、2011年にFN党首となった娘、マリーン・ル・ペン氏は、この父が築いたFNの「人種差別主義者の党」というダーティーなイメージを払拭しようとイメージ・チェンジを図る。
イケメンの若者を要職に登用、歴史修正主義的発言は控え、「民衆のために」をスローガンにし、工場が倒産して寂れた地域で、若者、失業者、学歴の低い人々、組合に参加しない労働者などの多くを惹きつけることに成功した。
従来のFNのシンボルマークはイタリアのネオ・ファシスト党の旗をモデルにしたものだったが、昨年11月、大統領選挙事務所開きにあたっては、シンボルマークに繊細なデッサンの青いバラを起用した。バラは左派の象徴、青は「伝統」と「秩序」を意味し右派の象徴。その2つを合わせることで、右派の人も左派の人も迎える党という意味合いを込めてということだった。
先週、決選を前に投票所の前に張り出されたポスターでは、マリーン・ル・ペン氏はいつもよりフェミニンさをアピールして脚もチラリ。「デスクに腰掛けて軽くブリーフィングする女性上司」という感じで、左下には青いバラと「マリン、大統領」と記してあるのみ。党名すらない。
このポスターはいったいどう理解すればいいのだろうか?
党名さえ入れなければ、「拷問は必要」と言い、歴史修正主義者である父が創立した党というイメージは消えるということなのだろうか?
フランスの平和ボケ
石炭と鉄鉱の利権をめぐって戦争を繰り返した国々が、ヨーロッパの平和を目的として欧州連合を設立して60年。その間、ヨーロッパでは戦争が起きなかった。これだけ長い平和は、ヨーロッパ史上初めてのことだ。しかし、そのおかげでフランスも平和ボケしているのだろうか? 来たる日曜日、決選に際して、28%が決選に棄権あるいは、白紙投票するという推定がある。
ところで、話は変わるが、フランコ将軍の独裁政権の思い出がまだ新しいスペインでは、極右政党、国民党の支持率はわずか0.2%らしい。国民の半数が独裁政権下で暮らした経験を持ち、それだけに人々は政治に関心が高く、一票の重みを知っている。それに比べて、フランスでは、今回の予選で若者の21%がマリン・ル・ペン氏に投票したというが、彼らには第二次世界大戦もペタン政権も遠いことでしかないのだろうか?
第二次世界大戦前、ヒットラーは、国民投票で大統領に選ばれたことを忘れてはいけない。来たる日曜日、「メンドクサイ、どうせマクロン勝
つもん」と言って、棄権することは、ヨーロッパを数世紀前の状態に後退させることに加担することだ。