およそ100年前のタイルが彩る焼き物工場の事務所

愛知県常滑市は日本六古窯(ろっこよう)にも数えられる焼き物の町。名古屋から車や電車で約40分に位置し、陶器などの工場や倉庫が集積する中心部は散策道としても人気を集めています。

その焼き物生産地で、江戸時代から続いてきたのが東窯(とうよう)工業です。実は常滑は筆者の郷里で、現地は通っていた小学校のすぐ近く。しかし、この工場の存在は全く知らず、今回初めて足を踏み入れ「こんな場所があったのか!」と驚きました。

ジブリ映画に出てきそうな東窯工業の工場群。蔦が覆う煙突が空に伸びる風景は常滑ならでは。残念ながらこの5月中にすべて取り壊される予定となっている。場所はINAXライブミュージアムのすぐ西側
ジブリ映画に出てきそうな東窯工業の工場群。蔦が覆う煙突が空に伸びる風景は常滑ならでは。残念ながらこの5月中にすべて取り壊される予定となっている。場所はINAXライブミュージアムのすぐ西側

しかし、この歴史と風情にあふれた工場は、老朽化により取り壊されることに。レンガの煙突など常滑らしい景観がまたひとつ失われてしまうことを残念がる声が上がる中、とりわけ惜しまれている建物が敷地の一角にあります。築およそ100年のタイルの見本室(ショウルーム)です。

同社がタイルを製造していたのは大正から昭和初期にかけて(当時の社名は「杉江製陶所」)。1920年代につくられた色とりどりのタイルが、事務所として使われていた棟の床などをいろどっているのです

東窯工業は江戸後期に甕の製造で創業。明治期は土管、大正~昭和初期はタイル、以後は砥石と時代によって主力商品を変えながらおよそ180年続いてきた。写真の建物がタイル見本室だった事務所棟
東窯工業は江戸後期に甕の製造で創業。明治期は土管、大正~昭和初期はタイル、以後は砥石と時代によって主力商品を変えながらおよそ180年続いてきた。写真の建物がタイル見本室だった事務所棟

タイルを愛する編集者が“発見”した産業遺産

このショウルームを“発見”したのは東京在住の編集者・加藤郁美さん。タイルに関する書籍も出版する加藤さんは、今から4年前、偶然ここを見つけて驚きの光景に出合ったのでした。

「ずい分古い木造の工場で、もう使われていないのかなと最初は思ったんです。ところが、工場としては現役で過去にはタイルをつくっていたという。事務棟を見せてもらったら床一面がタイルで埋め尽くされていて、しかもそのタイルがカタログでしか見たことのなかった多様な組み方をされていたんです」(加藤さん)

加藤郁美さんは月兎社を主宰し、『にっぽんのかわいいタイル/昭和レトロ モザイクタイル篇』などの著書もある編集者
加藤郁美さんは月兎社を主宰し、『にっぽんのかわいいタイル/昭和レトロ モザイクタイル篇』などの著書もある編集者

日本独自の建築様式確立目指し開発されたメイド・イン・ジャパンのタイル

タイルは戦時中には贅沢品とされ、物品税が最大60%も課せられたため、同社は主力産品を砥石に転換(砥石も実は焼物なのだそう!)。タイルのショウルームはその後、事務所として使われてきました。床や壁を飾りながらも廃番商品のため、何十年もの間ほとんど注目されることもなかったのですが、タイルを長年研究してきた加藤さんにとってはお宝の山でした。

「主に使われている無釉(むゆう)タイルは、釉薬で色を乗せるのではなく、土に顔料を練り込んで焼いたもの。そのため色落ちがせず床材に向いています。他にも施釉(せゆう=釉薬をかけて焼く)の美術タイルなど、デザイン的にも技術的にも素晴らしいものばかり。しかも、カタログと同じ図案がパネル状に貼りつくされていて、目を奪われました」(加藤さん)

床は無釉タイル、腰壁には陶器地の窯変タイルやデザイン性の高い美術タイル、スクラッチタイルと様々な製法のタイルが図案パネルとなって敷き詰められている
床は無釉タイル、腰壁には陶器地の窯変タイルやデザイン性の高い美術タイル、スクラッチタイルと様々な製法のタイルが図案パネルとなって敷き詰められている

大正末期から昭和初期は、西洋の模倣から脱し日本の風土や美意識にのっとった建築様式を確立しようとしていた時代。建築陶器としてのタイルは、それを実現するために開発されました。雨にも強い日本の磁器タイルは外装にも向き、オフィスビルやマンションまでが総タイル貼りという日本独特の街並みが生まれました。とりわけ常滑は他の産地のような分業制ではなく、同社も原料の土から釉薬の配合まですべて社内で行っていたそう。その技術力は当時の博覧会でも表彰されるなど高く評価されていたそうです。

見学会やクラファンでタイル“救出”の費用を募る

そんな貴重な産業遺産が解体されることを知った加藤さんは、「せめてタイルだけでもできるだけ残せないか」と考えます。そこで現・社長の杉江明子さんや有志らとともに「杉江製陶所『見本室タイル』緊急救出プロジェクト」を発足。4月に見学会、さらにゴールデンウイークには4日間をかけて「見学会&発掘フェス」を開催しました。

ゴールデンウイークに開催された「見学会&発掘フェス」。加藤さんの愛情たっぷりのレクチャーに、参加者は終始なごやかで楽し気なムード。場の力と加藤さんの思いが伝わったとてもハッピーな催しとなった
ゴールデンウイークに開催された「見学会&発掘フェス」。加藤さんの愛情たっぷりのレクチャーに、参加者は終始なごやかで楽し気なムード。場の力と加藤さんの思いが伝わったとてもハッピーな催しとなった

「単にタイルを残すだけでなく、このショウルームに展示されている状態を知ってもらうことでタイルの価値も高まる。多くの人に見てもらい、さらにSNSに投稿してもらうことで“記憶を拡散”してもらおうと考えました」と加藤さん。そして、見学会の参加費(大人3000円)、さらにはクラウドファンディング(5月中旬から開始予定。上記リンク先参照)で資金を集め、ショウルームの解体費用にあてることにしたのです。

「重機で壊すだけなら30分もあれば建物ごと跡形もなくなってしまいます。でも丁寧に解体すれば、パネルの形状のままタイルを取り出すことができる。いつの日かまた多くの人に見てもらえるよう、まずは緊急避難させることが目的です」(加藤さん)

見学会の参加者を案内する加藤さん。見本室は3室あり、部屋ごとに様々なタイプのタイルが床や壁に貼り付けられていた
見学会の参加者を案内する加藤さん。見本室は3室あり、部屋ごとに様々なタイプのタイルが床や壁に貼り付けられていた

見学会には300人以上の方が参加してくださり、タイル好きの人の嗅覚の鋭さに感心させられました」と笑顔を見せるのは杉江さん。「ショウルームの解体は5月下旬の予定。1枚でも多くタイルを“救出”したいと思っています。その後については未定ですが、今回の見学会のように、興味のある人が気軽に立ち寄ってタイルを見られる場所をつくれるといいですね」と語ります。

行政まかせでなく1人1人が支援する文化継承のスタイル

文化の保護はお上がすること。そんな固定観念にとらわれない活動がここ数年、活発化しているように感じます(実は筆者も10年以上前からコンクリートの仏像を修復するボランティア活動を主宰しています<浅野祥雲作品再生プロジェクト>)。“推しに課金する”というカジュアルな感覚でサポートに参加できるのがクラウドファンディング。その浸透が、ひと役買っていることは間違いありません。今回のタイルのように、美術や文化としては光が当たりにくいモノを守り残す手段としてうってつけの方法といえるでしょう。

地域の歴史を伝える貴重な産業遺産。それを残そうとする今回の試みは、SNSを通して思いが拡散し、多くの人の関心と支援を集めています。そして、まさに今、プロジェクトは進行中です。行政や公金に頼らず、思いのある人が少しずつサポートする文化の継承のスタイルは、これからますます広がっていくのではないでしょうか。

(写真撮影/すべて筆者)