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小倉トーストがコロナ禍の喫茶店を救う? 名古屋のパンメーカーが異色のタッグ

大竹敏之名古屋ネタライター
名古屋喫茶の名物、小倉トースト。アレンジメニューを創作するプロジェクトが始動

業務用パンメーカー3社がSNSをきっかけに手を組んだ

「小倉トースト100変化で愛知の喫茶店を盛り上げたい!」。こんなタイトルのクラウドファンディングが進められています。企画を立ち上げたのは名古屋・愛知の業務用パンメーカー3社。ライバル企業同士がなぜコラボすることになったのか? なぜ小倉トーストなのか? そしてどんな狙いがあるのでしょうか?

プロジェクトの起案者は本間製パン、エースべーキング、永楽堂の3社。いずれも名古屋および愛知が本社で、喫茶店をメインに商品を卸している業務用パンメーカーです。3社の卸先を合わせると名古屋市内、愛知県内の喫茶店の大半を網羅するほどのシェアを誇ります。この地域の喫茶店といえばコーヒーに無料でトーストなどがついてくるモーニングサービスが有名ですが、そこで提供されるパンの多くは、この3社の製品なのです。そんなしのぎを削るライバル同士がコラボすることになった経緯を尋ねました。

名古屋、愛知の喫茶店でおなじみのモーニングサービスを支えるパンメーカー3社が手を組んだ(!)
名古屋、愛知の喫茶店でおなじみのモーニングサービスを支えるパンメーカー3社が手を組んだ(!)

「本間製パンさんが今年6月にTwitterを始められて、うちのツイートに『いいね!』をたくさん押してくれたのでDMをお送りしたんです。『レシピバトルとかやりたいですよね』と軽い気持ちでメッセージを送ったのが、まさかこんな大事になるとは思っても見ませんでした」と永楽堂の高野仁美さん。

「3社とも愛知県のパン組合に加盟しているのでトップ同士は面識があり、営業マンも現場で顔を合わせるなどして知った間柄ではありました。永楽堂さんからDMをいただいたのでこちらから電話を入れ、せっかくだからエースベーキングさんにも声をかけて何かやりましょう、と話が進みました。お付き合いがもともとあるとはいえ競合関係ですし、一緒に組んで何かやるのは全く初めてです」とは本間製パン・営業部の佐伯信哉さん。

クラウドファンディングのページ。支援者へのリターンは3社のパンのセットやレシピ開発会議の参加券など
クラウドファンディングのページ。支援者へのリターンは3社のパンのセットやレシピ開発会議の参加券など

コロナ禍に苦しむ喫茶店を応援したい!

折しもコロナ禍で、それぞれの得意先である喫茶店が苦しい経営状況に陥っていました。そこで、新しいメニューを提案し、話題づくりをすることで喫茶店業界全体を盛り立てようと考えたのです。

「当初は“名古屋喫茶の定番メニューである小倉トーストに替わる新しい名物を!”と考えたのですが、あまり凝ったものを提案しても肝心の喫茶店さんにつくってもらえなければ意味がない。食材のロスが出たらお店の負担にもなってしまいますし、できるだけ今ある材料でつくってもらえるよう、小倉トーストのアレンジメニューで行こう!ということになりました」と佐伯さん。さらに「せっかくやるなら、話題にもなるよう100種類をうたい文句にして、準備段階から興味を持ってもらえるようクラウドファンディングをやりましょう!と話が盛り上がっていったんです」と高野さん。

「小倉トースト基礎知識」。大正生まれのメニューがSNSで人気沸騰

ここで、小倉トーストについて解説しておきましょう。歴史・発祥は大正時代、名古屋市中区にあった甘味喫茶「満つ葉」(まつば)。ある時、学生客がぜんざいにトーストをつけて食べていたのにヒントを得て、女性店主が考案したと伝えられます。

オーソドックスなサンドタイプの小倉トースト。写真は発祥店「満つ葉」の継承店である「喫茶まつば」(名古屋市西区)の元祖小倉トースト
オーソドックスなサンドタイプの小倉トースト。写真は発祥店「満つ葉」の継承店である「喫茶まつば」(名古屋市西区)の元祖小倉トースト

あんことパンの組み合わせはあんパンと同じですが、熱々かつバターの塩気が加わることであんこの甘みがより引き立ち、むしろあんパンのアップグレード版と言っても過言ではありません。名古屋人のあんこ好きの嗜好(まんじゅうの消費量は全国ベスト10に入り、ゆで小豆の缶詰を常備する家庭も多い)、そしてコクと苦味の強い名古屋喫茶のコーヒーとの相性のよさもあいまって地域限定で広まり、「名古屋市内の喫茶店では8割前後のお店が採用しているのでは」(永楽堂・高野さん)というほど今やおなじみの一品となっています。

提供方はトースト2枚であんこをはさむサンド式、上から盛るトッピング式、そしてお客が自分でぬるセルフ式の3通りに大別されます。その他、ジャムやクリームをのせたり、鉄板皿に盛るアレンジ版を出す店も。名古屋限定というレア感や見た目の面白さもあってSNSで拡散されることも多く、近年になって人気、注目度ともかつてないほどに高まっている、歴史がありながら今まさに旬の“名古屋喫茶めし”なのです。

100種類の小倉トーストを支援者も一緒に開発!

クラウドファンディングは11月26日にスタート。支援を募って実現したいのは次の3つです。

■小倉トーストのアレンジレシピ集「小倉トースト100変化」を喫茶店愛好家の皆さんと一緒に作りたい

■「小倉トースト100変化」のレシピを掲載するレシピサイトを作りたい!

■個性豊かな小倉トーストで愛知県の喫茶店をもっともっと盛り上げたい!

100変化レシピの候補。パンの種類やトッピングの方法、具材などでアレンジは無限大(?)
100変化レシピの候補。パンの種類やトッピングの方法、具材などでアレンジは無限大(?)

支援者へのリターンは3社のパンのクーポンの他、小倉トーストレシピ開発会議参加券付きセットなんてものまで。僭越ながら筆者の書籍『名古屋の喫茶店完全版』もリターンのアイテムのひとつに加えてもらっています。

支援金の目標金額は100万円で、募集は2021年1月15日まで。目標額に達しなくてもプロジェクトは始動し、レシピ集の作成、公開は進められるといいます。

「この取り組みが注目されることで、小倉トーストに興味を持ってくれる人が増え、喫茶店へ足を運ぶ人が1人でも増えてくれればと思っています」と佐伯さん、高野さん。

小倉トーストの試作に取り組む永楽堂・高野仁美さん(左)と本間製パン・佐伯信哉さん(右)
小倉トーストの試作に取り組む永楽堂・高野仁美さん(左)と本間製パン・佐伯信哉さん(右)

コロナ禍で多くの業界が苦境に立たされる中、名古屋の喫茶店界わいでは支援、応援の動きが早くから群発的に起こったと感じます。当サイトでも紹介したコーヒーチケットのクラウドファンディング(「名古屋でポジティブな新型コロナ対策。コーヒーチケットで喫茶店を応援!」)、鉄板スパゲティのアレンジメニュー開発(「鉄板スパゲティが進化した『新・名古屋めし』が登場。 メニューに秘められた開発者の思いとは?」)などがその例です。それだけこの地域では、喫茶店が生活に密着し、なくてはならない場所だと思われているのです。今回のクラウドファンディングも、名古屋の喫茶店が地域に愛されていることを象徴する動きだといえるでしょう。

日ごろから名古屋の喫茶店を利用している人にも、名古屋へ行ったら喫茶店で小倉トーストを食べてみたいと思っている人にも、関心を持ってもらいたいプロジェクトです。

(写真撮影/筆者 クラウドファンディングページの画像は本間製パン提供)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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