名古屋人は名古屋本がお好き(?)。第4次名古屋本ブーム到来のワケ

名古屋人論に歴史本、経済書、ご当地小説など、百花繚乱の名古屋本

東海地区限定で増刷販売された『蕎麦ときしめん』(清水義範)は累計23万部のロングセラー。僭越ながら筆者・大竹が帯の推薦コメントを書かせていただいた
東海地区限定で増刷販売された『蕎麦ときしめん』(清水義範)は累計23万部のロングセラー。僭越ながら筆者・大竹が帯の推薦コメントを書かせていただいた

清水義範氏の『蕎麦ときしめん』という小説をご存知でしょうか? 名古屋に転勤した人物が書いた論文、という形をとって、名古屋がいかに奇天烈な街であるかをコミカルかつシニカルに紹介した短編です。1986年に刊行されるや大いに話題となり、その後何度もくり返される名古屋本ブームの火付け役にもなりました

そんな元祖・名古屋本ともいうべき怪作が、このほど愛知・岐阜・三重の東海3県限定で増刷販売されることとなりました。なぜ初版から30年以上もたっている今、この作品に再び光が当たることになったのでしょうか?

「実は名古屋市内の書店さんからの働きかけがきっかけのひとつです」というのは発行元の講談社・担当者。いくつかの大手書店が積極的に店頭展開するという提案もあり、さらに新調したオリジナル帯や販促用ポップに対する反応がよいことから、増刷部数は当初予定の3000部から4000部へと上方修正したそうです。

「もともと名古屋本は他の地域に比べて多い印象がある。当店では専用のコーナーを常設しています」と丸善名古屋本店の大森いずみ副店長
「もともと名古屋本は他の地域に比べて多い印象がある。当店では専用のコーナーを常設しています」と丸善名古屋本店の大森いずみ副店長

名古屋の書店が同作にあらためて着目した背景には、このところ名古屋本が書店をにぎわせているという事実があります。昨年あたりから名古屋をテーマとした本が続々出版されていて、第4次名古屋本ブームともいうべき様相を呈しているのです(筆者自身の著作も含む話なのでいささか手前味噌にもなりますがご容赦ください)。

「直近で売れているのは『ナゴヤ歴史探検』『地図で楽しむすごい愛知』といった読みやすい歴史・地学系の本。大須を舞台とした小説『碧と花電車の街』(麻宮ゆり子)、『大須裏路地おかまい帖 あやかし長屋は食べざかり』(神凪唐州)が4月に相次いで出版されるなど、これまであまりなかった名古屋関連の小説も増えています」と丸善名古屋本店の大森いずみ副店長。

2017~18年に出版された主な名古屋本

<2017年>

【新書】

『名古屋はヤバい』  矢野新一 ワニブックス

『日本の異界 名古屋』  清水義範 KKベストセラーズ

『真実の名古屋論 トンデモ名古屋論を討つ』  呉智英 KKベストセラーズ(※2012年樹林舎より刊行された新書を増補改訂し新装刊行)

『リニア新世紀 名古屋の挑戦』  奥野信宏+黒田昌義 ディスカヴァー携書

【書籍】

『なごやじまん』  大竹敏之 ぴあ

【小説】

『ずっと名古屋』  吉川トリコ ポプラ文庫

『いつか来る季節 名古屋タクシー物語』  広小路尚祈 桜山社

『金の殿 時をかける大名・徳川宗春』  土橋章宏 実業之日本社文庫

『名古屋駅西喫茶ユトリロ』  太田忠司 角川春樹事務所(※刊行は16年12月。日本ど真ん中書店大賞第3位)

『葵の残葉』  奥山景布子 文藝春秋

<2018年>

【新書】

『地図と地形で楽しむ名古屋歴史散歩』  都市研究会編 洋泉社

【書籍】

『地図で楽しむすごい愛知』  都道府県研究会 洋泉社

【小説】

『大須裏路地おかまい帖 あやかし長屋は食べざかり』  神凪唐州 宝島社

『碧と花電車の街』  麻宮ゆり子 双葉社

【ムック】

『ナゴヤ歴史探検』  ぴあ

80・90・ゼロ年代の第1~3次名古屋本ブーム

さて、過去の名古屋本ブームについてもおさらいします。先駆けは冒頭でも紹介した『蕎麦ときしめん』。これがとりわけ名古屋で好調だったこともあり、89年には地元新聞記者だった舟橋武志氏による『100%名古屋人』が出版。同作は続編、続々編も刊行され、合わせて10万部のロングセラーとなります。名古屋人の気質や文化・風習がいかに風変わりかを面白おかしく紹介する両作は、著者自身が名古屋人で、自虐的でありながら郷土愛が強いというめんどくさい名古屋人気質が如実に表現されているところもいかにも名古屋的でした。そして、このヒットが名古屋本というジャンルを生み出し、第1次ブームという現象も起こしました

名古屋本ブームの嚆矢となった『蕎麦ときしめん』(清水義範)と『100%名古屋人』(舟橋武志)
名古屋本ブームの嚆矢となった『蕎麦ときしめん』(清水義範)と『100%名古屋人』(舟橋武志)

第2次ブームは90年代半ば。『名古屋学』(岩中祥文 経営書院)が2カ月で3万部、『名古屋の謎だぎゃあ』『まっぺん名古屋の謎だぎゃあ』(大ナゴヤ人元気会編 KKベストセラーズ)が合わせて20万部超のヒットを記録します。名古屋商法関連本が目立ったのもこの時期の傾向。東京のビジネス系出版社が名古屋で手堅いヒットを狙うようになったことで全国からも注目を集めました。

第2次ブームではビジネス系出版社からの作品が目立った
第2次ブームではビジネス系出版社からの作品が目立った

第3次ブームは2005年の愛知万博の前後。『ここまでやるか名古屋人』(名古屋に学ぶ研究会編 二見書房)、『最強の名古屋商法』(007名古屋商法編 アーク出版)、『名古屋まる知り新事典』(牛田正行 ゲイン)、『名古屋と金シャチ』(井上章一 NTT出版)、『なごやめし』(なごやめし研究会編 双葉社)、『大名古屋大観光』(永谷正樹 イースト・プレス)など…。その他に経済誌や情報誌がこぞって名古屋特集を組みました。名古屋経済が空前の絶頂期だったことから、“名古屋に学べ”という論調が主流だったのも当時の名古屋本の特徴です。

第3次ブームの2005年前後に出た出版物。ビジネス誌でも盛んに特集が組まれ、「最強の名古屋」など勇ましいフレーズが躍った
第3次ブームの2005年前後に出た出版物。ビジネス誌でも盛んに特集が組まれ、「最強の名古屋」など勇ましいフレーズが躍った

名古屋本を支える市場規模と名古屋人気質

これら何度かのブームに限らず、名古屋はもともと地元本の出版が多い土地柄だといわれます。その理由は名古屋の市場性と名古屋人気質にあると考えられます。

名古屋を県庁所在地とする愛知県の人口は約750万人。隣接する通勤圏、文化圏の岐阜・三重を含めると全国の1/10程度のマーケット規模があります。そこに訴求度の高い地元関連本を投入すればそれなりの売れ行きが期待できる、という計算が成り立ちます。

加えて名古屋人は地元愛が強く、同時に客観的にどう見られているかを気にする気質が強いといわれます。地元に関する情報には関心が高く、さらには自虐的な内容のものに関してもスルーできずについ手に取ってしまう。そんな性質が、多くの名古屋本を必要とし、また地域色の強い出版ビジネスを成立させてきたといえます。

近年はコミックの名古屋本も多い。ゼロ年代の第3次ブーム以降も、あるある本やコミックエッセイ、歴史本などジャンルごとのブームに乗って、数々の名古屋本が出版されてきた
近年はコミックの名古屋本も多い。ゼロ年代の第3次ブーム以降も、あるある本やコミックエッセイ、歴史本などジャンルごとのブームに乗って、数々の名古屋本が出版されてきた

名古屋バッシングの反動・便乗が第4次ブームにつながった

手前味噌ながら筆者も名古屋本をあれこれ出版。最新刊『なごやじまん』の他、『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋めし』『名古屋の商店街』など
手前味噌ながら筆者も名古屋本をあれこれ出版。最新刊『なごやじまん』の他、『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋めし』『名古屋の商店街』など

そして現在、多くの名古屋本が出版されている背景には、一昨年の名古屋バッシングがあると考えられます。名古屋市が行ったアンケート調査の結果が「名古屋=魅力がない街」と喧伝され、週刊誌による「名古屋ぎらい」特集など、ネガティブな情報が全国的に広まりました。昨年出版されたものの中には、これに便乗するものも少なくありません。逆に私自身の著書『なごやじまん』は、一連の報道に対するアンチテーゼが出版の動機となっています。形はどうあれ名古屋への注目度が高まったことは事実で、ここに出版社が商機を見出して出版点数の増加につながりました。

(参考記事:「なぜ週刊ポスト「名古屋ぎらい」特集は組まれたのか?」

もうひとつ、過去のブームにはなかった特徴が、名古屋を舞台とした小説の多さ。名古屋めしが事件のカギをにぎる連作ミステリー『名古屋駅西喫茶ユトリロ』(太田忠司)、名古屋16区を軽妙に書き分けた短編集『ずっと名古屋』(吉川トリコ)、尾張徳川家最後の藩主・慶勝が維新で果たした役割を掘り起こす“裏『西郷どん』”ともいうべき『葵の残葉』(奥山景布子)、戦後の大須でくり広げられる人情譚『碧と花電車の街』(麻宮ゆり子)、大須+妖怪+名古屋めしの合わせ技ライトノベル『大須裏路地おかまい帖 あやかし長屋は食べざかり』(神凪唐州)など、内容も多彩です。

名古屋を舞台とした小説作品。多くは名古屋在住の作家が手がけ、街や気質、名古屋弁の表現にリアリティがある。もちろん名古屋人以外が読んでも面白い
名古屋を舞台とした小説作品。多くは名古屋在住の作家が手がけ、街や気質、名古屋弁の表現にリアリティがある。もちろん名古屋人以外が読んでも面白い

こうした動きの要因は「ネットの普及で地方で活動する作家さんが増えた」(前出・大森さん)という文壇環境の変化。先に挙げた作品に共通するのは作者が名古屋在住であること(麻宮氏はかつて在・名古屋歴あり)。街の特徴や在り方も作中の重要なエッセンスとして盛り込み、ホームタウンだからこそのリアルなディテールや思い入れを書き込んでいることが、作品の読み応えにもつながっています。

従来のうんちく的な名古屋人論、名古屋商法論にとどまらず、歴史や地理を深掘りしたもの、小説やコミックのエンタメなど、ジャンルが多岐にわたるのが現在の名古屋本ブームの特徴といえるでしょう。

深掘り系に企業小説、ラノベ…。ネクスト名古屋本の可能性

活況を呈する名古屋本事情。では、このブームがさらに息の長いものになるために、どんな作品が今後求められていくのでしょうか? 

「単なる“あるある”ではなく、内容やタイトルにひねりや深みがあるもの。『ナゴヤ歴史探検』『地図と地形で楽しむ名古屋歴史散歩』のような地図や歴史系のノンフィクション。まだあまり手をつけられていない名古屋の企業を題材とした企業小説またはノンフィクション(トヨタ関連は既にあるので百貨店、中小企業、財界史系など)、聖地巡礼にもつながる若い世代向けのライトノベル…。期待したいジャンルはたくさんあります」(前出・大森さん)

これに応える作品が登場すれば、ブームはまだまだ続きそう。書店に並ぶ数々の名古屋本。是非手に取って、名古屋をより深く知り、よりお楽しみください。

(写真はすべて筆者撮影)