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今や全国区!「矢場とん」の味噌かつはなぜウケる?

大竹敏之名古屋ネタライター
名古屋圏固有の豆味噌ベースの味噌ダレがたっぷりかかった味噌かつは名古屋めしの王道

味噌かつは“名古屋らしさ”満点の王道名古屋めし

名古屋のご当地グルメ、名古屋めし。中でもご当地色がとりわけ強いのが味噌かつです。この地域特有の豆味噌を使った味噌ダレをとんかつにたっぷりかける。この組み合わせは、他の地域では絶対に生まれないものでした。

普及、浸透度も抜群。名古屋でとんかつを出す店ではほぼもれなく味噌かソース、どちらかを選ぶことができるのですが、地元っ子はかなりの確率で味噌を選択します(筆者の印象では半数以上といったところ。私自身は両方あればほぼ味噌を選びます。ソースをかけるのは名古屋以外でとんかつを食べる時でいいだろう、という感覚です)。

ちなみにしばしば誤解されるのですが、味噌かつは味噌をそのままとんかつにかけるわけではありません。砂糖やだしを加えた味噌ダレをかけるのであり、これがそれぞれの店の一番の個性、特徴となっています。

豆味噌ならではのこってりしたコクやまろやかさ、庶民的なB級グルメ、専門店でも喫茶でもさらに家庭でも食べられる普及度、そして何より他府県の人に与えるインパクト。味噌かつはあらゆる面で“名古屋めしらしさ”を兼ね備えているといえるでしょう。

年間300万食!世界一食べられている味噌かつ

8月8日~10日まで全店舗で「矢場とん祭り」を開催。食事券や野球観戦券が当たる
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矢場とんのわらじとんかつ1296円。ソースを選ぶ人は限りなくゼロに近いそう
矢場とんのわらじとんかつ1296円。ソースを選ぶ人は限りなくゼロに近いそう

その味噌かつの代名詞といえる存在が「矢場とん」です。昭和22(1947)年創業で、2000年代以降姉妹店を次々と出店し、東京、大阪、福岡、富山、福島、海外では台湾にも進出。今や国内外に25店舗(テイクアウト専門店含む)を展開します。名古屋めしの店で本格的に全国展開しているのは手羽先の「風来坊」と「世界のやまちゃん」くらいで、この2社は地域を問わず受け入れられやすい鶏料理がメイン。こてこての味噌グルメの矢場とんが全国で成功しているのは驚くべきことだと感じます。

グループ全体では年間300万食を提供し、うち市内の店舗ではお客のおよそ半分が県外からだとか。つまり毎年150万人もの非・名古屋圏の人たちが矢場とんの味噌かつを味わっていることになります。ほぼ間違いなく世界中で一番食べられている味噌かつであり、名古屋以外の人が最も食べている味噌かつだといえます。

名古屋人以外にも受けるのはなぜ? 3代目インタビュー

「矢場とん」の味噌かつはなぜ名古屋人以外にも受け入れられるのか? 3代目社長の鈴木拓将さんにお聞きしました。(※同店でのメニュー表記は平仮名の「みそかつ」)

― なぜ矢場とんの味噌かつは名古屋人以外にもウケているのでしょう?

「一流の大衆食堂でありたい」と語る3代目の鈴木拓将社長
「一流の大衆食堂でありたい」と語る3代目の鈴木拓将社長

鈴木  「う~ん。正直、なぜか?というのは分かりません。なぜなら名古屋で生まれ育った我々には他県の方々の味覚は分からないからです。でも、だからこそ大事にしているのは、名古屋以外に出店する際、“その地域に合わせて味を変えよう”とは考えないこと。だって、例えば博多の人気店が名古屋に出店して本場の味とは違ったら残念ですよね。他県の店では“名古屋で食べた矢場とんの味噌かつをもう1回食べたい”というお客様も多いので、その期待を裏切らないように心がけています」

- こてこての名古屋テイストこそが他県の人にも求められているということですね。私はナゴヤ球場時代の串かつや、古い店舗時代の矢場とんの味噌かつも食べていますが、感心するのは昔よりも今の方が確実においしくなっていることです。飲食店は多店舗化して味が落ちるというケースがありがちですが、矢場とんが店舗を増やしながらも味の劣化というパターンに陥らないのはなぜでしょう?

鈴木  「確かに豚肉の品質は随分上がっていて、何よりブレがないことが大きい。米もできるだけ生産者までこだわって仕入れています。多店舗化によるスケールメリットで、質のいい食材を適切な価格で仕入れられるようになっているんです。2号店を出す直前に肉のカットや味噌だれの仕込みなどをセントラルキッチン(CK)で一括調理するようになったことも、おいしいものを安定して、なおかつ衛生的に提供できるようになった要因です」

甘辛い味噌ダレときめ細かいパン粉の衣、脂身の少ない豚肉の組み合わせ。ご飯が進む
甘辛い味噌ダレときめ細かいパン粉の衣、脂身の少ない豚肉の組み合わせ。ご飯が進む

― 消費者は、現場で調理する方が鮮度が保てておいしく作れると考えがちです。

鈴木  「現場での調理は、どうしてもその日の忙しさや従業員の経験・技術の差によって100%のことをやり切れないケースが出てくる。例えばうちはキャベツもシャキシャキで甘いんですが、これは豊川(愛知県)のカット専門工場で加工しています。千切りにして3度水につけてアクを抜き、最後に氷水でしめる。これを店舗でいったん水にひたすとふわっとおいしいキャベツに戻る。今は流通・温度管理の技術が進み、CKでの作業と厨房での調理を分けることで、全国どの店でも同じ味を、高いレベルで提供することができるんです」

― 味のブラッシュアップの積み重ねが、結果的に多くの人に受け入れられ、店舗数の増加にもつながっているといえるかもしれません。名古屋めしの代表格として今後の名古屋めし、そして味噌かつの展望をどのようにお考えですか?

休日ともなると1時間待ちも。写真は「矢場とん本店」(名古屋市中区)
休日ともなると1時間待ちも。写真は「矢場とん本店」(名古屋市中区)

鈴木  「“名古屋は魅力がない”“行くところがない”なんてありがたくない報道がありますが、うちやひつまぶしの『あつた蓬莱軒』、味噌煮込みうどんの『山本屋本店』などはもう30年も前からずっと行列ができています。これはおそらく全国でも珍しいことです。

例えばうちの場合は、3連休だとお客様の数が普段の土日の一気に2倍になる。味噌かつをはじめ、名古屋めしを食べるために旅行に来る人がそれくらいいるんです。そうやって期待をもって名古屋へ来てくれる方に本当においしいものを提供できれば、名古屋めしはもっと多くの人に喜んでいただけると思います。

とは言え、味噌かつはまだまだB級グルメ。私が考えるA級グルメは例えばカレーです。カレーはひとつの店が口に合わなかったからといって、カレー自体がおいしくない、とは思われません。でも、味噌かつはうちのお客さんでも“よそで食べておいしくなかったからソースでいいよ”という方がいらっしゃるんです。ひと口に味噌かつといっても店によって味は全然違うし、うち以外にもおいしい店はたくさんある。多くの人に、いろんな店の味噌かつを食べてみよう、と思ってもらえるようにしていきたいですね」

名古屋らしい味をブレずに守る。おいしさを追求する。そんな当たり前のことをやってきたことが矢場とん躍進の秘訣だと考えると、名古屋めしの未来も見えてくる気がします。地元の人がおいしいと感じられるものを作れば、おのずと他県の人にも受け入れられていくのです。“名古屋めしは風変りでよその人にはなかなか受け入れられにくい”。そんなイメージは、矢場とんに毎日できる行列を見ればきれいさっぱり吹き飛ぶんじゃないでしょうか。

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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