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虹の国の勝利をもっとかみしめよう。

にしゃんた社会学者/タレント
1995年の南アフリカ初勝利。マンデラ大統領とピナール主将(にしゃんた)(写真:ロイター/アフロ)

 20か国が参加し44日に渡って開催されたラグビーワールドカップ大会は、3回目となる南アフリカ、通称スプリングボクスの優勝で幕引きとなった。日本、桜の戦士の史上初となるベスト8進出という大活躍もあり、にわかファンも一気に増え、日本中が大いに盛り上がる結果となった。

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 しかし人間は、熱しやすく冷めやすいということなのか、メディアのもつ一種の性質によって牽引されているのか、それともその両方なのか、世の中の話題はラグビーを離れて先に先に進んでいる。もっと噛み締めるべきではないか、そんな思いにも駆られる。

 私などは大学で「共生社会論」という科目を担当しているが、今回の南アフリカの活躍を好機に学生と話し合い映画「インビクタス~負けざる者たち~」を鑑賞することにした。

 「インビクタス」。時代は今から29年前の1990年で、舞台は未だアパルトヘイトが続く南アフリカである。娑婆に出てくる1人の老人の姿から映画が始まる。理不尽な人種差別と戦ったことを理由に国家反逆罪に問われ終身刑の判決を受け、27年間後に投獄から解放された「マディバ」こと「ネルソン・マンデラ」その人である。

 1994年に南アフリカ初の全人種参加選挙を経て大統領に就任したマディバは、ただただ国の未来を見つめ、過去の負の遺産を受け止め、憎しみの連鎖を断ち、国家としての多様性の豊かさを謳い、分断された国を一つにまとめる使命を「ラグビー」に、それこそかつての敵人からもたらされたこの球技に求める実話が生き生きと描かれている。内外に対して平和で持続可能で発展可能な人類社会のあるべき姿をラグビーを通して示そうという壮大な挑戦。1995年の自国開催の大会において決勝に進んだ南アフリカは、延長戦の末、絶対王者オールブラックスに勝利を収め、初優勝を果すのであった。マディバの有名な言葉に「何事も成功するまでは不可能に思えるものである(It seems impossible until it’s done)」があるが、ここでも崇高な志は叶い、奇跡は起こせることを証明した。 

 あれから24年後の今年、アジアとして初の開催となるラグビーワールドカップ大会が日本で開催。マディバが今から6年前の2013年に他界したが、「インビクタス」の中で登場する南アフリカ初回優勝チームのキャプテンだったフランソワ・ピナール(52歳)も試合会場に応援のために来日した。もう一人、今回の大会を観戦するための来日を楽しみにしていたのは、チェスター・ウィリアムス。ネルソン・マンデラ大統領の下で、人種融合を掲げる国家の象徴的な選手となったチームの唯一の非白人選手であった。しかし、日本大会の一ヶ月前に彼が他界、享年49歳の若さと聞き、南アフリカがアパルトヘイトから解放されたのはつい最近のことであったことを改めて気づかされる。

 今大会の南アフリカの決勝戦の相手はかつての南アフリカにとっての宗主国であるイングランド。試合が始まり、南アフリカチームの白人(white)選手がペラルティーを決め、黒人(black)選手とカラード(coloured)選手がそれぞれトライを決めた。相手に一度もリードを許すことなく、見事に有終の美を飾った。絵に描いたような「多様性と包摂(Diversity and Inclusion)」による勝利となった。今回3回目となるワールドカップラグビーの優勝の指揮をとったシヤ・コリシはスプリングボクス歴史初の黒人主将として歴史に名を刻み、そして優勝インタビューで印象に残る言葉を紡いだ。

 “僕たちの国には、いろいろな問題がある。いろいろなバックグラウンドや民族から選手が集まり、一つの目標にむかって一丸となった。国のために戦った。何かを成し遂げたいと思ったら一つになれるんだということを見せたかった。”

 今から6年前の2013年に他界したマディバの魂がいまだに国内で生きていることを、さらには国内外に向けてこの時代だからこその大切な託けを披露した。キャプテンのコリシは、試合後に我が子を抱っこしている姿がテレビ画面に映し出された。白人女性との間で生まれた美しい子で、アパルトヘイト時代に禁じられていた人種間の結婚はもはや過去であるということを語らずして伝えていた。

 自国開催となった日本はベスト8という歴史に残る大きな快挙を成し遂げた。桜の戦士の姿に大きな感動と日本社会のあるべき姿に向けてのメッセージも示された。中でも「多様性と包摂」の大切さを大いに学ぶ有難い機会となった。

 南アフリカは長い間、植民支配にアパルトヘイトという、差別、分離、隔離、理不尽という辛い歴史を経て人びとは「多様性と包摂」の尊さにたどり着いた。その点、日本は本格的な多人種含めた「多様性と包摂」のスタートラインに立った所と言えるのではないか。経済発展論の中で、「後進性の優位」という言葉が出てくる。後進国は先進国から先進技術を取り入れることによって本来ならば経験しなくてはならなかった幾つかの段階をスキップすることができるという意味である。日本も先輩南アフリカから大いに学びたい。一部と言えども日本社会で今更始まっている立場の違う者への心無い言葉、ヘイトスピーチや分断を誘う言動。速やかに正し「後進性と優位」を発揮する必要があるのではないか。

 ラグビーボールは、元は豚の膀胱で作られたということもあり、歪な形になっている。そのため、ボールはどう転がるか予測することは基本的に不可能である。予測不可能という点、我々が生きていくこれからの世の中とも重なる。そんなラグビーボールも、地面に落ちた時にバウンドされ、偶然に願い通りに手元に届くことがある。そんな幸運を「ラッキーバウンド」や「勝利の女神の気まぐれ」と呼ばれる。その偶然の幸運はまさに弛まない「多様性と包摂」の追求の先にこそ現れるということこそマディバの教えなのではないだろうか。

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社会学者/タレント

羽衣国際大学 教授。博士(経済学)イギリス連邦の自治領セイロン生まれ。高校生の時に渡日、日本国籍を取得。スリランカ人、教授、タレント、随筆家、落語家、空手家、講演家、子育て父などの顔をもっており、多方面で活動中。「Mr.ダイバーシティ」などと言われることも。現在は主に、大学教授傍ら、メディア出演や講演活動を行う。テレビ•ラジオは情報番組のコメンテーターからバラエティまで幅広く、講演家として全国各地で「違いを楽しみ、力に変える」(多様性と包摂)をテーマとする ダイバーシティ スピーカー (多様性の語り部)として活躍。ボランティアで献血推進活動に積極的である。

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