「麒麟がくる」裏切られて当然の信長とヒーロー明智光秀 いよいよ本能寺の変に向けたフラグが立つ

 大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)もいよいよ終盤。1月10日に放送された第40話「松永久秀の平蜘蛛」では、松永久秀(吉田鋼太郎)の死をきっかけに、明智十兵衛光秀(長谷川博己)と織田信長(染谷将太)の間に、決定的な断絶が生まれる姿が描かれた。

 戦国時代における松永久秀は、斎藤道三(本木雅弘)、北条早雲と並ぶ出自のわからない成り上がりで、実力さえあれば腕一本で頂点を目指せる戦国武将の理想を体現する存在だが、同時に主君を裏切ることで出世し、東大寺大仏殿の焼き討ちをおこなった悪者としても知られている。

 信長のことも二度裏切っており、最後は立て籠もった信貴山城で、大事にしていた名器・平蜘蛛茶釜といっしょに爆死したというのが通説だ。

 つまり松永というと「裏切り」と「爆死」なのだが、戦国武将のイメージを再解釈してきた『麒麟がくる』だけに、松永の最期もまた、今までとは違う現代的な解釈となっていた。

第40話「松永久秀の平蜘蛛」

[麒麟がくる] 第40回 まとめ | 松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも) | 5分ダイジェスト | NHK

 天正5年(1577年)、本願寺は毛利や上杉と手を結び、反信長勢力の中心となっていた。信長と本願寺の戦いは7年余りに及んでいたが、戦いの中、松永久秀が逃亡し行方をくらます。

 娘のたま(芦田愛菜)に薬の作り方を教えるため、坂本城を訪れていた駒(門脇麦)から伊呂波太夫(尾野真千子)の手紙を渡された十兵衛は、太夫の屋敷を訪問。屋敷には行方不明となっていた松永久秀が伊呂波太夫と酒を酌み交わしていた。

 「戦の最中に陣を抜け出すのは死罪も同然」と言う十兵衛に対し、松永は大和の守護に、自分を差し置いてライバルの筒井重慶(駿河太郎)に任せたことが不満だと述べ「大和一国を任せる」と言った本願寺に寝返ると答える。

 松永には裏切り者なりの言い分があり、絶対に許せない一線があった。

 松永と十兵衛の出会いは第一回、若き日の十兵衛が鉄砲を購入するために堺を訪ねた際に松永と会った。

 松永は、光秀の主君だった斎藤道三を油売りから一国の主となった夢のような方で尊敬していると語り、実力と才能さえあれば、誰でも成り上がることができるという実力主義の世界こそが正しいと思っていた。

 だからこそ実力で評価する信長を信頼していたのだが、家柄や生まれを優先した信長に愛想を尽かし、反旗を翻したのだ。

 十兵衛にとって松永は年上の兄貴分のような存在だった。だからこそ戦いたくないと二人とも思っているのだが、松永の意思は堅く、お互いに譲ることはできない。

 そんな十兵衛に、松永は命の次に大切にしている茶道具の平蜘蛛を箱から取り出して見せる。信長が平蜘蛛を欲しがっていることを知っていたが「意地でもこれを渡すつもりはない」と松永は思っていた。しかし、十兵衛になら渡しても良いと言う。

 そして、勝てば自らの元に、負けて戻れなかったら十兵衛に渡すと言って、伊呂波太夫に平蜘蛛を預ける。

 お互いに感情的になり「解せぬ、解せぬ、解せぬ!」と十兵衛が感極まった瞬間「さぁ、いいから、今日は飲め」と言って場の空気をさらっと変えてしまう松永の人を食った対応は、やり手のおじさん上司という感じで、十兵衛の立場から観ていると、この人にはかなわないなぁと思ってしまう。

 その後、松永久秀は大和の信貴山城で挙兵。

 本願寺や上杉謙信に応じて反信長の軍勢として京に攻め入ろうとするが、織田信忠(井上瑞稀)を総大将とする軍勢を大和に送り込まれる。

 信貴山城に立てこもり、追い詰められた松永は、城と茶具に火を付け「げに何事も一睡の夢」と言って家来たちの前で腹を切る。

 炎上するお城の中で、必死の形相を見せながら腹を切る吉田鋼太郎の芝居は圧巻の一言で、観るものを圧倒する。

 同時にこの場面は今後、描かれるであろう「本能寺の変」のデモンストレーションのようにも見える。

 吉田鋼太郎は大河ドラマ『真田丸』では信長役を演じていたが、本作における松永は、もう一人の信長だったのだろう。

 炎上する城を遠目に見ながら織田軍は「エイエイオー!」と勝ちどきを挙げる。武将たちの中には光秀もいたが、その顔は悲しみで歪んでいた。

信長の精神世界としての安土城

 場面が安土城に変わると、信長が泣いている。この泣き方が異様でにらみつけるような表情で怒鳴っているようにも見え、嗚咽と表現する方が正しいだろう。

 その泣き方はドロドロとした感情を身体の外に吐き出せずにいるという印象で、自分が犯した罪に心が押しつぶされそうになっているようにも見える。

 染谷が演じる信長は、精神年齢が幼くて器が小さく、人格者から程遠い人物である。

 彼の行動原理は褒められたいという承認欲求だけで、人間としての器と武将としての戦の才能が釣り合っていないことが、彼の最大の不幸だ。

 そんな信長に対して母として振る舞い、支えてきたのが妻の帰蝶(川口春奈)だった。しかし帰蝶は「疲れた」と言い、信長の元を離れて、美濃の鷲山の麓にある昔暮らしていた小さな館に行こうと考えていた。

 反旗を翻した松永久秀、去っていく帰蝶、そして蘭奢待を送っても喜ばなかった帝。

「なに故じゃ、なに故、みな背を向ける」

 そう十兵衛に問いかけた後、一呼吸置いて「これはたわけの愚痴じゃな」と言う信長はどこか寂しそうである。

 信長、十兵衛、帰蝶が立っている安土城の大広間は240畳の広さだそうだ。この第40回では、伊呂波太夫の屋敷、松永久秀が立てこもる信貴山城、十兵衛が暮らす坂本城の内部が描かれるのだが、この三つの場面と比べると、安土城内部の異常さが際立つ。

 安土城の広さを表現するために本作ではカメラを傾けてパースを強調している。長い廊下を光秀が歩く場面も、カメラが斜めになっており、全体的に画面が不安定なのだが、これは信長の不安定な内面とパラレルな関係となっているのだろう。巨大で豪華絢爛だがどこか空虚に見える、安土城は信長の内面世界を具現化したような空間となっている。

 大広間に十兵衛と帰蝶と信長がポツンと立っているが、これは三人の心の距離を現しており、そこから帰蝶が退場する。そして信長から、松永が平蜘蛛を誰に預けたのか知らないか? と聞かれた十兵衛は「そのようなことは(知らない)」と嘘をついてしまう。

 すでに信長は羽柴秀吉(佐々木蔵之介)から真相を聞かされていた。襖を開けて「この秀吉に抜かりはござりませぬ」と言う秀吉の不気味さは、信長の心の隙間に潜り込んだ悪魔のようだ。

遺骨としての平蜘蛛

 伊呂波太夫は松永から預かった平蜘蛛を持参して十兵衛のいる坂本城を訪ねてくる。

 松永は、平蜘蛛を「わしじゃ」と言ったが、自らの首を、箱に入れて名器と共に焼き払えと言って松永が果てたことを思うと、箱から取り出された平蜘蛛は松永の遺骨にもみえる。

 第40話冒頭で、十兵衛は亡き妻・熙子(木村文乃)の爪の切れ端を、小さな入れ物の中に収めて大事に持ち歩き、時々、耳元で振って鳴る音を楽しんでいる姿が描かれる。

 このシーンがあるからこそ遺品が手元に渡ることで、亡くなった人間の意思や魂がその人の元に残るという印象が際立つのだろう。

 平蜘蛛の釜を受け取った十兵衛は、信長に嘘をついて、平蜘蛛を渡さなかったことを伊呂波太夫に告白し「これは松永久秀の罠だ」と言う。

 しかし、その語り口調や表情は複雑なもので、単純な喜怒哀楽では表せないものとなっている。顔のアップだけみると目が血走っており、どこか狂気すら感じられる。

言葉通りに受け止めるなら、信長を裏切るよう「罠にハメられた」ということだが、実際には良心を刺激されてしまったという感じだろう。

 伊呂波太夫は、松永から伝えるように言われた「これほどの名物(平蜘蛛)を持つ者は持つだけの覚悟がいると。いかなる折も誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者。わしはその覚悟をどこかに置き忘れてしもうた」という言葉を十兵衛に伝える。これは松永の遺言だが、同時に平蜘蛛を預けた十兵衛に対して「お前は、いかなる時も誇りを失わぬ者、志高き者、心美しき者」だと言っているに等しい。

 同時に、松永の言葉は「お前は信長の横暴を許せるのか?」と十兵衛に問いかけているかのようだ。

その問いかけに気づいたからこそ、十兵衛はショックを受けたのだろう。

平蜘蛛を渡さなかった十兵衛は信長を裏切ったも同然で、信長もそのことに気づいている。脚本の池端俊策はこのエピソードで「すべてがつながった」と語っているが、まさに「本能寺の変」に向けたフラグが立った回だったと言えよう。

「物語は一気に本能寺へと加速する」インタビュー③脚本家 池端俊策

 松永久秀も明智光秀も主君の信長を裏切った逆賊・謀反者という悪役として語られてきたが、精神が不安定でパワハラ三昧の信長に依存せざるを得ないが故に、じわじわと崩壊していく織田家周辺を観ていると「裏切られて当然だろう」と思ってしまう。

今作では裏切る側と裏切られる側の背景を丁寧に掘り下げることで、今までとは違う、謀反者から見た戦国大河に仕上げている。先が見えない不安定な現代においては、謀反者こそがヒーローなのだろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】