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竹野内豊がNHKドラマに初主演。朗読を題材にした『この声をきみに』は中年男性の「ぽっかり」を埋める。

成馬零一ライター、ドラマ評論家
『この声をきみに』の主演を務める竹野内豊と麻生久美子(写真提供:NHK番組広報)

 すっかり涼しくなった8月31日。

 本日(9月8日)夜10時からNHKで放送される連続ドラマ

 『この声をきみに』の完成披露試写会がおこなわれた。

番組ホームページ

 本作は朗読教室を舞台とした恋愛ドラマだ。

 主演は今作がNHKドラマ初主演となる竹野内豊と

 『奇跡の人』の好演が話題となった麻生久美子。

  

 数学科の偏屈な准教授・穂波孝(竹野内豊)は話すことが苦手で、学生からも人気がない。

 妻からも愛想をつかされて離婚間際。精神的にかなり追い詰められている。

 サービス精神のない講義をした穂波は大学から「話し方教室」に行くように命じられるが、

 まともに授業を受けようとしないため、講師の江崎京子(麻生久美子)と口論となる。

 

 しかし数日後、二人は意外な場所で再会する。

 プロデューサーは大河ドラマ『平清盛』や『リミット ‐刑事の現場2‐』で知られる磯智明。

 チーフ演出は『お母さん、娘をやめていいですか?』の笠浦友愛。

 そして、脚本は連続テレビ小説『あさが来た』の大森美香が執筆している。

 第一話は導入部だが、穂波が精神的に追い詰められていく様子が、コメディテイストながらも辛辣に描かれていた。

 見終わって思ったのは、数学者が朗読に出会うという少し変わった物語をもちいて

 すごく普遍的かつ厄介な問題に挑んでいるのではないかということだ。

 

 それは、日本の男性が抱えこんでいる言語化できない困難についてで、

 本作では「心の中にある埋めようのないぽっかりとした空間」と穂波は表現している。

 そんな「ぽっかり」を、メビウスの輪、クラインの壺、結び目理論といった数学の理論と向き合うことで

 穂波は埋めようとしてきたのだが、行き詰ってしまい、家庭崩壊の危機にある。

 

 定石で行くなら、そんな「ぽっかり」が朗読教室に通うことで埋められていくという話になるのだろう。

 だが、そう一筋縄ではいかないような気もする。

 試写会終了後の記者会見で、磯智明は大森美香と話し合って「大人が楽しめるラブストリーを作りたい」と考え、社交ダンスを題材にした映画『shall we ダンス?』のような作品にしようと思い立ったと語っていた。

 そこから朗読教室というアイデアにつながり、取材をする中で様々な人々が集まる憩いの場となっている風景を発見したという。

 おそらく、穂波の「ぽっかり」の話はあくまで導入部で、物語はもっと朗読の楽しさを全面に打ち出していくのだろう。

 それこそ『shall we ダンス?』のような作品になっていくのかもしれない。

 その意味で本作が志向しているのはあくまでエンタメだ。

 しかし、穂波の感じる「ぽっかり」に少しでも心当たりがあって「最近疲れてるなぁ」という人にとっては、他人事ではない切実なドラマになるのではないかと思う。

 最後に、これは個人的な希望なのだが、穂波の理系的思考――役に立つのかどうかもわからない数学の理論――が、朗読という文系的思考によって否定されるのではなく、どちらも人間にとって必要なものだということを描いてほしいなぁと思う。

 この辺りはジャンルを問わず「学ぶこと」を肯定するドラマを作ってきた大森美香のドラマだから大丈夫だろう。

 

 きっと、文系にも理系にも優しいドラマになるのではないかと思う。

ライター、ドラマ評論家

1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に「TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!」(宝島社新書)、「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。

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