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パワハラに該当する3つの要素を厚労省が公開、企業に防止措置を義務化している国も

中野円佳東京大学特任助教
(写真:アフロ)

厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」(座長:佐藤 博樹 中央大学大学院戦略経営研究科教授)は3月30日、報告書をまとめ、公表した。これまでの議論に加え、パワハラにあたる基準として3つの要素が示され、具体例も表記された。

「線引きが難しい」パワハラ

同会議は、職場のパワーハラスメントを、職場環境を悪化させ、労働者のメンタルヘルス不調と休職や退職、最悪の場合人命に関わることのある問題であると指摘。企業に対しても、生産性や企業イメージ、人材確保の観点などから対策に取り組むべきと訴える。

以前からパワハラについては「線引きが難しい」との議論があり、類型は提示されていたが、今回、同報告書はこれまでより踏み込んだ形で以下の3つの要素を満たすものと定義している。

【職場のパワーハラスメントの要素】

(1)優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること

(2)業務の適正な範囲を超えて行われること

(3)身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

(1)については、「人間関係や専門知識など様々な優位性が含まれる趣旨」とされ、上司から部下に限らず、先輩・後輩間や同僚間、部下から上司に対して行われるものも含まれるとのことだ。

(2)については、上司がパワハラと言われることを恐れて通常の指導を躊躇することになりかねない、被害者側にも非がある場合もあるなどの意見から入れられているようだ。加害者側は「業務の範囲」と主張するであろうから、結局のところ、線引きの議論は続きそうだ。

更に難しいのが(3)だ。セクシャルハラスメント対策においても就業環境が害されることについての一定の客観性要件が必要とされており、「身体的若しくは精神的な苦痛」についても本来は非常に主観的であるはずのものだが、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが考えられるという。ただし、この客観的な基準については「共通認識が十分に形成されているとはいえない」等と、報告書もやや歯切れが悪い。いわばどこからどう見ても苦痛であるような状況にならないとパワハラにあたらないとされてしまうのではないかという懸念も覚える。

厚労省会議が挙げる具体事例

同会議が、(1)~(3)についてすべて該当するもの、しないものと判断している行為例は以下のとおり。

×が(1)~(3)のすべてに該当し「職場のパワーハラスメント」にあたるもの、△はすべては該当せず「職場のパワーハラスメント」にあたらないものとして報告書に記載されているもの。

暴行・傷害(身体的な攻撃)

× 上司が部下に対して、殴打、足蹴りをする

△業務上関係のない単に同じ企業の同僚間の喧嘩

脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

×上司が部下に対して、人格を否定するような発言をする  

△遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない部下に対して上司が強く注意をする

隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)  

×自身の意に沿わない社員に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする

△新入社員を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施する

業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)  

×上司が部下に対して、長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる  

△社員を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる

業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

×上司が管理職である部下を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる

△経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせる

私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)   

×思想・信条を理由とし、集団で同僚1人に対して、職場内外で継続的 に監視したり、他の社員接触しないよう働きかけたり、私物の写真撮影をしたりする

△社員への配慮を目的として、社員の家族の状況等についてヒアリングを行う

パワハラ防止が法制化されている国もある

パワハラ対策に関してはフランスやベルギーのように使用者側に何らかの防止措置を取ることが義務付けられている国もあるのに対し、日本は法制化が今回も明記されず、セクハラに比べても対応が遅れている。パワハラのもたらす害悪についてや対策についての議論が進み、認識が広まることを期待する。

報告書では、周知・啓発や相談窓口の設置など企業が取るべき対策についても例を挙げているが、遠因としてコミュニケーションの在り方や長時間労働などにも触れている。確かに、「これはOK、これはNG」というリストを覚えこみ、パワハラにならないようにする・訴えられないようにするというよりは、本質的なコミュニケーションにおいて相手の立場に想像力を働かせることや、職場における様々なプレッシャーやストレスを取り除いていくことのほうが抜本的解決につながる可能性がある。

私は著書『上司の「いじり」が許せない』で「いじり」もハラスメントの一環と認識すべきだ主張している。取材した「いじり」の中にも、加害者側に恐らく傷つけているという認識がなく、場合によっては悪意がなく「良かれと思って」やっているとみられるケースがある。自分たちの世代や自分自身の経験を元に「これくらい言っても大丈夫」と判断することは危険だ。

また、パワハラの防止措置義務化以前に、そもそも既に法制化されているセクハラ等の領域においても企業が実施している措置が十分かどうか見直す余地もあると感じている。今後、パワハラについて報告書があげている要素の(3)についてなど、議論を更に深める中で、実際に傷ついている人側の実態をしっかり見つめたうえでの職場環境整備が進むことを願う。

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東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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