「これでエエわ」からの脱却。「シャンプーハット」てつじが語る「失敗しない」ことへのおそれ
関西でテレビ6本、ラジオ2本のレギュラーを持つお笑いコンビ「シャンプーハット」のてつじさん(47)。舞台にも精力的に立ち、結成16年以上の漫才師が出場する賞レース「THE SECOND」にも出場、さらに著書「プロセスマニア」も今月上梓しました。つけ麺店「宮田麺児」のプロデュースや日本酒作りなど興味の枝葉を伸ばし続けるてつじさんですが、その根底にあるのは“失敗しないことへのおそれ”でした。
“面白い”とは
4~5年ほど前から稲を育てて米から日本酒を作るということを始めたんです。
もともと日本酒が好きで、実際にそれを作ってみようというのが最初の思いだったんですけど、さらに根っこにあったのが「こうしたら失敗しない」という日々への怖さというか、疑問だったんです。
運良く、僕らは若手の頃に注目してもらって、テレビにも早い段階から出していただきました。ありがたいことに劇場の出番もいただけて、それをずっと40代までやってくると、正直な話、「こうしたら失敗しない」ということが分かってくるんです。漫才でも、テレビでも、ロケでも、イベントでも。
端から見たら「失敗しない方がいいじゃないか」となるんですけど、失敗しないということは「予期せぬことが起こらない」ということでもあるんです。
芸人なので、常に“面白い”ということについて考えてもいます。となると、このまま想像の範囲内で生きていて何が面白いんやろと思うようになっていったんです。
20代、最初にロケに行かせてもらった時は「こんな聞き方をしたら答えてもらいやすいんだ!」とか毎日が発見の連続でした。それが30代、40代になると「これを尋ねると確実に盛り上がる」とか「これをやっておいたら間違いない」ということがどんどん増えてくる。
でも、日本酒を作るというのは全くの未経験なので、何から始めて、何をどうしたらいいのか、何も分からない。想像の範囲内どころか、想像もつかない。その感覚にすごく惹かれたんです。
そして、実際にやろうと思うと、まずは稲を植える田んぼも探さないといけないし、そのノウハウを農家の方に尋ねないといけない。
そうやって、何をやるにも手探りで、人に尋ねながら進めていく。そうすると、当然、そこに人との出会いもあるし、稲以外の作物のことを知ったりする知識との出合いもあるし、発想との出合いもある。またそれが思わぬ広がりを見せたりもする。この感覚がものすごく“面白い”と感じたんです。
その結果、痛感したのが、一番面白いのはプロセスだということだったんです。「日本酒を飲む」という結果を得ようとするなら、酒屋さんに行けばすぐに叶います。ただ、それを一から作ろうと思ったら、1年かかるわけです。でも、そこにあらゆる体験がある。
本来の目的はお酒を作るということのはずが、もうそれまでの道中で楽しんでいる。これは商売ではないので、必ず日本酒を100本作って完売するというゴールにならなくてもいいし、なんだったら、台風で稲がやられてしまって1本もできなかったら、それはそれでそういう経験を得られる。どちらに転んでも、どうなっても、そういうプロセスを楽しめる。この面白さがすごいなと。
想像の外側
その感覚が「THE SECOND」出場にもつながったと思っています。
漫才は日々舞台でやってるんですけど、久々に賞レースというか勝ち負けのある場に行くことになる。そうなると、普段とは違う準備をしないといけない部分もあるし、そこに向かうための過程があるわけです。
ありがたい話、上方漫才大賞もいただいているので、会社からしたら「出る必要はないですよ」という話にもなるんですけど、これは出るしかないと思ったんです。
いつもと違うところで、いつもと違うお客さんに漫才を見てもらえる。しかも、勝ち負けがつく。自分の中で、もう漫才でスベることはないという思いもありますけど、審査員の方の評価で勝ち残るコンビとそこで終わるコンビが決まる。その仕組みの中に自分らを置いたらどうなるのか。それは「シャンプーハット」にとって、絶対にプラスになるし、その過程を歩む時点で意味があるから出ようと。幸い、相方の恋ちゃんも同じ思いだったので、もうすぐに出ることを決めました。
漫才は自分らの本業ですし、あらゆる種類の“面白い”がそこに集約されたらいいなという思いがあって、日本酒を作ったり、興味はあるけど予測がつかないところに枝葉を伸ばしている。それが今の自分なんです。
なので、ここから50代に向けて、すごく楽しみでもあるんです。30代の自分だったら、50代に向けて、レギュラーが少しあって、劇場出番が月に10~20くらい入って、たまにゲストで番組に呼ばれて、先輩・後輩と飲みに行って楽しく暮らす。そんなイメージを持っていたと思います。
もちろん、そんなことを実現するだけでも難しいことなんですけど、これも正直な話、今の流れなら、なんというか“見える世界”ではあるんです。
でも、それでは面白くない。想像の外の時間を過ごしている自分を想像するとワクワクしますし、そのためにも「これでエエか」じゃないことを積み重ねていこうと思っています。
…真面目な感じになりすぎてますかね(笑)。でも、本当に考えていることだけをお話ししましたし、今の自分の正直な思いはこれなんです。
(撮影・中西正男)
■てつじ
1975年8月7日生まれ。大阪府出身。本名・宮田哲児。新大阪歯科技工士専門学校で出会った恋さん(本名・小出水直樹)と吉本興業の若手の劇場「心斎橋筋2丁目劇場」のオーディションを経て「シャンプーハット」としてデビュー。大阪NSC13期生の「野性爆弾」「次長課長」「ブラックマヨネーズ」らが同期にあたる。恋さんのボケに、てつじが突っ込むのではなく同意する新たなスタイルを確立し、若手の頃から注目を集める。ABCテレビ「おはよう朝日土曜日です」、関西テレビ「お笑いワイドショー マルコポロリ!」などに出演中。コンビとして上方漫才大賞など受賞多数。つけ麺店「宮田麺児」のプロデュース、日本酒作りなど趣味を生かした活動も展開。今月、著書「プロセスマニア」を上梓した。