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『一橋桐子の犯罪日記』最終回 円熟の松坂慶子が魅せる令和の人情噺

中村裕一エンターテイメントジャーナリスト
写真提供:NHK

※NHKオンデマンドにて2024年9月27日まで配信

松坂慶子主演のドラマ『一橋桐子の犯罪日記』(NHK総合にて毎週土曜夜10時〜)が今夜、最終回を迎える。

主人公は年金とパチンコ店のパートで細々と暮らす一橋桐子(松坂)。しかし、趣味の句会を通じて知り合い意気投合し、3年間一緒に暮らしていたトモこと宮崎知子(由紀さおり)がある日突然、急な病でこの世を去ってしまう。

身寄りもなく、貯金も残りわずか。親友に先立たれ、香典を盗まれ、二人で住んでいた一軒家を追われ、心にぽっかり穴が空いてしまった桐子は「もはや娑婆(しゃば=俗世間、この世)に未練なし」と、犯罪を犯して塀の中、つまり刑務所に入る“ムショ活”をすることを決意する。

パート先のパチンコ店の上司・久遠樹(岩田剛典)、スーパーの店員・榎本雪菜(長澤樹)、パチンコ店の常連で隠れ闇金を営む寺田一男(宇崎竜童)らの助けを借り、万引き、ニセ札作り、泥棒、結婚詐欺、誘拐と、あの手この手で刑務所に入ろうとするが、どれもことごとく失敗に終わる桐子。

そんな彼女を最後に待ち受ける犯罪とはいったい何か? 桐子は今度こそ無事(?)塀の向こうに行くことが出来るのか……。

■コメディタッチの裏に隠れたリアルな現実

原作は原田ひ香の人気小説。刑務所暮らしを夢見る桐子とその周りの人たちの姿がコメディタッチで描かれていくが、冷静に考えると状況は限りなくシリアスだ。

令和3年版の犯罪白書によれば、刑法犯の検挙人員はその数こそ減少傾向にあるものの、高齢者の占める割合は22.8%と増えており、女性にいたっては34.1%となっている。そして、その内の90%は万引きを含む窃盗だという。

出典:法務省ウェブサイト(https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/68/nfm/images/full/h4-8-1-1.jpg)
出典:法務省ウェブサイト(https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/68/nfm/images/full/h4-8-1-1.jpg)

出典:法務省ウェブサイト(https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/68/nfm/images/full/h4-8-1-3.jpg)
出典:法務省ウェブサイト(https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/68/nfm/images/full/h4-8-1-3.jpg)

超高齢化社会、相次ぐ物価高、生活や将来への不安、孤独死……自分一人の力ではどうにもならない、どんなにもがいてもなかなか前に進まない暗澹たる感覚は、年齢・性別を問わず、現代を生きる誰もが感じる瞬間があるに違いない。

自分でなんとかしろ、自己責任だと正論を振りかざすことはたやすい。だが、不器用で、一人ぼっちで、何をやってもうまくいかない桐子を笑うことなど誰が出来るだろうか。彼女の姿はもしかすると未来の私たちの姿でもあるからだ。

■桐子は「分身」松坂慶子の円熟した演技

キャストに目を向けると、何より、主人公・桐子を演じる松坂慶子が素晴らしい。孤独な高齢者の悲壮感を過度に感じさせず、それでいてどこか切なさを漂わせるその演技は、70歳の彼女だから醸し出せる、まさに円熟の領域と言える。

ゲスト出演した『土曜スタジオパーク』(10月29日放送)では、桐子のことを「(自分の)分身みたいだと思いました」と語っていた松坂。どんな時でも微笑みを絶やさず、まっすぐで人を疑うことを知らない、どこか浮世離れした桐子をまるで自分のように受け止めることで、実に生き生きと演じている。

写真提供:NHK
写真提供:NHK

松坂だけではない。ぶっきらぼうだが困っている彼女を放っておけない久遠役の岩田剛典、桐子が万引きしたことをきっかけに仲良くなる女子高生・雪菜役の長澤樹、桐子の純粋な気持ちに呆れながらも手助けをする寺田役の宇崎竜童など、それぞれが持ち味を発揮して魅力的に演じ、作品世界を豊かにしている。

そこには今の世の中が失いかけている、人と人が互いに信じあう「絆」が確実にある。桐子を含め、人間味あふれるキャラクターぞろいの中、彼らのおかげでネガティブな気持ちに偏らず心地よくストーリーを追うことが出来るのであり、そこがこのドラマならではの妙味でもあるのだ。

■「娑婆もそんなに悪くない」結末に期待

どこか間抜けで憎めない悪党が出てくる古典落語の人情噺や、のび太がどんなに悪いことをしても結果的に善行になってしまう『ドラえもん』のひみつ道具「よい子バンド」(てんとう虫コミックス第14巻収録)にも通じる趣きのある本作。

写真提供:NHK
写真提供:NHK

私たちが暮らす社会の基盤を築いてくれた人生の先輩たちが生きることに絶望せず、桐子のように孤独を感じ犯罪に走ろうとする高齢者が一人でも減って欲しい。それに対する明確な答はなかなか見つからないかもしれないが、このドラマには「娑婆もそんなに悪くない」という優しい結末が待っていることを切に願う。

最後に一句。

きみだけの

りっぱな姿

ここ(娑婆)にあり

エンターテイメントジャーナリスト

テレビドラマをはじめ俳優などエンタメ関連のインタビューや記事を手がける。主な執筆媒体はマイナビニュース、週刊SPA!、日刊SPA!、AERA dot.など。

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