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メッシ退団通告の日にコンテ続投で賛辞、インテル若会長の手綱さばきは「良識の最善策」?

中村大晃カルチョ・ライター
8月21日、EL決勝でのコンテ。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

リオネル・メッシが退団意思を通告した――衝撃のニュースに世界が揺れた8月25日、インテルにとってバルセロナのお家騒動以上に大事だったのが、アントニオ・コンテ監督とスティーブン・チャン会長ら首脳陣の会議だった。

セリエA最終節の試合後にクラブを批判して以降、コンテは進退が騒がれてきた。ユヴェントス時代のようにマッシミリアーノ・アッレグリが後任候補と言われるなか、セビージャに敗れたヨーロッパリーグ(EL)決勝後にも、コンテは退任を示唆。関係修復は不可能との見方が強まった。

だが25日、約3時間にわたる協議の末、各メディアはコンテ、ジュゼッペ・マロッタCEO、ピエロ・アウジリオSDがいずれも続投と報道。クラブも指揮官の続投を意味する公式声明をリリースした。

◆妥当な結末or従業員に負けた?

就任1年目ながら、コンテはインテルをセリエAでユヴェントスに1ポイント差の2位、そしてELでは準優勝に導いた。10年ぶりの国際大会決勝進出と、国内の絶対王者との差を大きく縮めたことは、今後に向けた確かな土台だ。

監督が代われば、インテルはそれを捨てることになる。サラリーが税別で1100万ユーロ(約13億8000万円)と超高額のコンテが去ることになれば、仮に一定額の手切れ金で合意できても、クラブの金銭面ダメージは大きい。

コンテにとっても、転職活動は容易でなかったはずだ。新シーズン開幕が迫るなか、ベンチが空白の強豪はなく、「ポストコロナ」で高額年俸を手に入れられる保証もない。

だからこそ、続投は妥当な結末と言えよう。『ガゼッタ・デッロ・スポルト』電子版のアンケートでも、6000人超の約57%が正しい決定と回答。同紙のジャンニ・ヴァレンティ記者も、「最善の解決策」と、好意的に評価した。

一方で、アルベルト・ポルヴェロージ記者は、『Calciomercato.com』で、「欧州の強豪への復活を目指しながら、年俸1100万ユーロの従業員を前に頭を下げるクラブを、どう評価できるだろうか?」と、再三にわたって乱暴な調子でクラブを批判したコンテに対する“恩赦”に疑問を投げかけた。

◆29歳の会長に賛辞続々

クラブと従業員の構図は、ジョゼップ・マリア・バルトメウ会長を筆頭する首脳陣との不和が周知のメッシのケースにも当てはまる。「メッシといえどもクラブ以上の存在ではない」との見方がある一方で、少なくとも多くのファンは会長を批判し、中には退陣を求める者もいる。

インテルでは、29歳のチャン会長が株を上げた。

セリエA最終節後に怒りを爆発させたコンテとは、ELに集中することで“休戦”し、準決勝を前に欧州に戻り、チームの士気を高めた。決勝で負けた悔しさを押し殺し、セビージャをたたえた品格には賛辞が寄せられている。そして、首脳陣全員を続投に導いた今回の手綱さばきだ。

『ガゼッタ』のダヴィデ・ストッピーニ記者は、コンテとフロントを信頼したチャン会長の「建設的アプローチ」が決定的だったと報じている。同紙のマッテオ・ドーレ記者も、会長の功績をたたえた。

マリオ・スコンチェルティ記者も、『Calciomercato.com』で「唯一良かったのは、チャンの介入で解決したこと。おそらく、インテルは少なくともひとりの会長を勝ち取った」と綴っている。

◆真の平穏かは不明

しかし、問題がすべて解決されたわけではない。

各メディアは、クラブがコンテに現実路線を示し、指揮官が受け入れたと報じている。昨夏のロメル・ルカクみたいなメガディールはコロナ禍で不可能、狙いすました補強を目指すというわけだ。

飛躍的向上につながる補強を断念する代わりに、コンテはそれを対外的に示すことを求めたとされる。来季のセリエA優勝が義務的になり、周囲から重圧をかけられるのを防ぐ狙いだ。

だが、たとえクラブがコンテの要望を実現しても、新シーズンのインテルにこれまで以上のプレッシャーがかかることは明白だ。監督協会長のレンツォ・ウリヴィエリですら、『TUTTOmercatoWEB』で、インテルはユヴェントスの対抗馬に「なれるかではなく、ならなければいけない」と話している。

「彼らにはユヴェントスとスクデットを競う義務がある」

補強に関しても、『Calciomercato.com』のパスクアーレ・グアッロ記者は、インテルが動けるのは一部選手の放出完了後で、「コンテが忍耐強さを示したことはない」と指摘した。

本当の和解か見せかけかは、まだ分からない。休戦か真の平和か、明白でない。下を見て、口をつぐんで帰った主役たちの、まったく満足感が伝わらない表情こそが、それらの疑問を残す」

◆特殊なシーズンで問われる真価

しかも、新シーズンが再び特殊なものとなるのも周知のとおりだ。圧倒的に準備期間が少なく、延期されたEUROも控えている。ひとつの躓きが崩落につながるかもしれない。そのとき、チャン会長とフロント、そしてコンテは、良識ある方針で事を進めていけるのか。

それができれば、インテルはいよいよ完全復活に近づいていく。若会長とフロントにとって、指導者コンテにとって、来季はまさに真価が問われるシーズンだ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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