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中国「3人っ子政策」へ。産児制限を緩和しても、国民が出産への意欲や関心をまったく示さない理由

中島恵ジャーナリスト
少子化対策が急務となっている(提供:barks/イメージマート)

 中国共産党は5月31日、夫婦1組に子ども2人までという産児制限を3人までに緩和する方針を示しました。

 1979年から30年以上実施してきた「1人っ子政策」を2015年末に撤廃。2016年から「2人っ子政策」を導入していましたが、それでも一向に少子化に歯止めがかからなかったことが背景にあります。

 今年5月中旬には10年に一度の国勢調査の結果も発表され、人口の伸び率は1953年の第1回調査以降、最低を記録しました。その結果、「少子高齢化」がこれまで以上に鮮明となり、危機感を抱いた政府が少子化対策を準備しているといわれていました。

 国民は白け、冷めた目で見ている

 今回の「3人っ子政策」に対し、中国のネット上では、さっそく議論が沸騰。さまざまな意見が飛び交っていましたが、そのほとんどは否定的な意見でした。

「産む、産まないという問題ではない。お金があるか、お金がないかという問題だろ!」

「3人どころか2人だって産みたくないわよ。1人だけで十分」

「産むことは産めたとしても、どうやって育てるの? 一体どこにそんなお金があるっていうの?」

「6月1日は国際児童節(中国のこどもの日)。まさか、政府からのプレゼントがこれだったとは皮肉な話だね……」

「もし私が20代だったら産みたいわ。でも、もう60歳だから無理ね。もっと私が若いときに政策を緩和して欲しかった……」

「こんなニュースにはまったく興味なし。誰が政府の勝手な言い分を聞くというのだろう?」

 新華社のニュースサイトでは「3人っ子政策が決定。(出産の)準備はできていますか?」という質問に対し、ごく一部の人のみが「できている」や「多くの問題はあるが考え中」と答えたのに対し、95%以上の人は「まったく考えていない」と回答。

 今回の産児制限緩和策に対し、国民は白け、冷めた目で見ており、出産への意欲や関心がある人はほとんどいない、ということが露呈しました。

 子育てにお金がかかりすぎる

 国民が子どもを欲しがらない理由はいくつかあります。

 たとえば、若者の晩婚化、未婚化、草食化、個人主義、住宅ローンの高騰、生活費の上昇、子育て費用の高騰、ライフスタイルの変化、仕事のプレッシャー……などです。

 これらのうち、人によっては3つ、4つ、あるいはそれ以上の理由が重なり、結婚をしたくない、そして子どもを産みたくないと思う人が増えているのです。

 出産適齢期の人々はすでに自分自身が1人っ子世代であるため、「子どもを何人も持つことがイメージしにくい」という声もあります。

 中国の民政省(日本の総務省に相当)の統計によると、2020年の婚姻件数は約813万組で、2013年と比較すると4割も減少しました。

 18歳以上の独身者は2018年の段階で人口の20%に近い約2億4000万人に達しています。

 中国のSNSなどを見ていると、「結婚することによって、自由な生活を失いたくない」「結婚することで幸せになれるとは限らない」といった声が多く、若者は「結婚できない」というよりも「結婚したくない」という考えであることがわかります。

 中国独特の濃い家族関係(帰省の際はお土産を配る親戚の順番も決まっているなど)に、今の若者が煩わしさを感じていることなども関係しています。

 また、出産・育児にかかる費用が膨大であることも大きな理由です。

 中国メディア「時代財経」(5月31日)の記事によると、一般家庭で子どもを妊娠してから15歳まで育てるのにかかる金額は、すべて公立だった場合、約52万元(約880万円)、すべて私立学校で教育を受けさせるとしたら約430万元(約7300万円)もかかるといわれています。

左(赤色)が私立に進学した場合の教育費。右(青色)が公立に進学した場合にかかる教育費。いちばん下の数字が妊娠期間から15歳までの合計額(中国メディア「時代財経」より筆者引用)
左(赤色)が私立に進学した場合の教育費。右(青色)が公立に進学した場合にかかる教育費。いちばん下の数字が妊娠期間から15歳までの合計額(中国メディア「時代財経」より筆者引用)

 長らく続いた1人っ子政策により、中国の親はたった1人の我が子にかける期待がとても大きいのですが、その1人の子どもの教育費があまりにも高くなっているため、子どもを3人も産んだら破産してしまう……という意見が非常に多いのです。

 中国は今後、教育コストの引き下げや保育サービスの発展などを打ち出す予定ですが、具体的にどのように行っていくのかはまだ見えていません。

(※中国には保育園がなく、公立または私立の幼稚園しかありません。私立の幼稚園ではネイティブの保育士が英語を教えることが流行しており、学費だけでも年間100万円以上はかかります)

 たとえ具体的な政策が見えてきたとしても、それに国民が素直に従うのか、あるいは従ったとしても、効果が出てくるまでには相当な時間がかかるでしょう。

 若者の結婚に対して、政府は「適齢期の若者の結婚観や家庭観への教育指導を強める」として、結婚奨励策を導入するそうですが、すでにネット上では「政府が行う結婚奨励策なんて、笑止千万!」「人間を無理やり結婚させることなんて不可能だ!」といった否定的な意見が飛び交うような有り様です。

 もはや産児制限を完全に撤廃したとしても、この流れを食い止めることは困難だといえるでしょう。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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