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都市封鎖から丸1年。今、ひとりの武漢市民が思うこと。

中島恵ジャーナリスト
武漢の漢口駅前。(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大により中国・武漢市が都市封鎖されて、今日で丸1年となった。2020年1月23日未明、武漢市政府は突然、都市封鎖の通告を発表し、午前10時には公共交通機関がすべて運行停止となり、空港や道路も閉鎖されて、武漢市民はパニックに陥った。

 武漢市内に住む筆者の知人女性もその一人だった。春節前、同じ湖北省内にある実家に帰省しようと思っていたが、仕事の都合でたまたま出発が遅れていた。結局、都市封鎖により帰省することができなくなってしまい、そのまま武漢市内に留め置かれたそうだ。

 それから4月8日に都市封鎖が解除されるまでの76日間、マンション内で、たった一人で過ごすことになったのだが、「幸いペットがいたので、心の慰めになりました。あの子がいなかったら、私も精神的にもたなかったですね。今では毎日仕事に行って、普通の生活ができている。それだけでも本当に幸せ。あの頃のことを思い出すと、いろいろな思いがあふれてきて、胸がいっぱいになります」と当時を振り返る。

 その知人によれば、当時、武漢から故郷に帰省できなくなってしまった人、あるいは武漢から他の都市に数泊のつもりで旅行に出かけたまま、武漢の自宅に長い間帰れなくなってしまった人が大勢いた。

 中には、正当な理由があっても家族と無理やり引き離されたり、新型コロナ以外の病気で亡くなった家族の死に目にさえ会えなかった人もいたという。また、中国国内の別の都市に留まることになってしまった人の中には、武漢からきたことがわかると、理不尽な差別を受けた人もいた。

「復興の象徴」としての武漢

 22日、湖北省の共産党宣伝部が企画したドキュメンタリー映画『武漢日夜』が公開された。武漢で新型コロナと戦った医療従事者などの奮闘ぶりを描いた感動的なストーリーとの触れ込みだが、知人は「見る予定はないですね」とポツリという。

 知人の知り合いにも医療従事者がいるが、彼らが必要以上に「英雄」としてまつり上げられることに違和感を覚えるからだそうだ。もちろん、医療従事者には心から感謝しているが、武漢が「復興の象徴」という宣伝材料にされていることに、市民の一人として冷めた思いがあるという。

 知人は「そんなふうに、わざわざ映画を作らなくても、心温まる話はすぐ身近にたくさんありました。医療従事者の友だちのために、ご飯を作って病院に届けてあげた人とか、自家用車で送迎してあげた人とか。マンションの出入口で食料品の仕分けを手伝ってあげた人とか……。報道されていないことがたくさんありましたが、報道されなかったことこそ、私たち武漢人の記憶に深く残っています」と話していた。

 あれから1年――。中国では東北部を中心に、再び感染拡大が懸念されているが、「復興の象徴」である武漢では、他の地域よりもさらに徹底的な封じ込めが行われている。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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