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封鎖解除後の武漢で、人々がいちばん食べたかったもの

中島恵ジャーナリスト
武漢の人々が熱愛する食べ物、熱乾麺(中国のサイト捜狐より引用)

 約2ケ月半にも渡る封鎖から解除された武漢では、人々が町に繰り出し、活気を取り戻している。中でも皆が最も行きたかったところといえば、人気レストランや屋台で食べる美食だ。

 武漢は屋台街が有名で、とくに朝食のときになると、ずらっと並んだ屋台で食べる人が多く、大勢の人で賑わう。今のところ、まだ開店していないお店も多いが、デリバリーとテイクアウトはかなりの店が再開している。

 そこで人々が殺到したのが、武漢名物、熱乾麺(ラーガンミエン=写真)が食べられるお店。熱乾麺の老舗として有名な『蔡林記』というレストランを始め、テイクアウトができる熱乾麺の専門店には行列もできているという。

 武漢在住の友人は「私ももちろんテイクアウトに行きました。熱乾麺がどうしても食べたかったから。1月下旬以降、外出ができなくなって、食べ物はすべて自炊でした。スーパーで買える熱乾麺のインスタント麺もあるのですが、それほどおいしくない。だから、どうしても名店のできたて、アツアツの熱乾麺が食べたかったんです!」と語る。

 都市封鎖の期間中もデリバリーが注文できる地区もあったが、その友人が住むエリアではあまりできなかった。そうしたこともあり、封鎖が解除されたら一目散に目指したのが熱乾麺の店だったのだ。

日本ではほとんど知られていない中華料理

 しかし、この熱乾麺という食べ物。なぜか日本ではほとんど知られていない。

 日本語のサイトで「熱乾麺」(ねつかんめん)と検索すると、武漢に駐在している日本人や旅行者のブログなどがいくつも出てくる。東京都内でも食べられる店もあり、実は私も東京・銀座の湖北料理店で食べたことがある。東京近郊だけでも、探せばいくつも食べられる店があるようだ。

 熱乾麺は湖北省の名物料理。中国5大麺のひとつに数えられるほど中国国内では有名だとか。北京のジャージャー麺、四川省の担々麺、山西省の刀削麺のように、その地域を代表する食べ物らしい。日本では、担々麺はどこの中華料理店に行ってもあるくらい知名度が高いし、刀削麺も最近は専門店が増えている。しかし、熱乾麺はまだ知る人ぞ知る存在だ。

 熱乾麺は、簡単にいえばゴマ風味の和え麺。茹でた麺にゴマペースト、ザーサイ、ネギ、ゴマ油などを入れて、和えて食べる汁なし麺だ。屋台では10元(約160円)くらいから食べられる手ごろな軽食。武漢人にとってソウルフードといえる。

 この熱乾麺が武漢を象徴しているとして、最近、中国の人気イラストレーター、陳小桃momoさんが微博(ウェイボー)上で次のようなイラストを発表した。中国全土のグルメキャラたちが熱乾麺のキャラを応援している絵だ。

最初は病院のベッドに寝ていた熱乾麺ちゃんだったが、のちに復活して、病院の窓からマスク姿で顔を見せ、他のキャラたちといっしょに喜んでいる様子が描かれている。中国のネット上で「かわいい!」「よかった!」と話題になった。

陳小桃momoさんの人気イラスト(人民網日本より引用)
陳小桃momoさんの人気イラスト(人民網日本より引用)

 熱乾麺といえばもうひとつ、武漢在住の著名な女流作家、方方さんが書いた有名なエッセイ『一杯の熱乾麺』がある。

 方方さんといえば、武漢が封鎖されている間、毎晩ネットに載せていた「封城日記」(封鎖日記)が「どのメディアよりも武漢の真実を描いている」として話題になった。読者は武漢市民に限らず、中国全土に広がり、多くの人々の涙を誘った。

 日本でも東京や大阪などで緊急事態宣言が出されたが、幸いなことに、私たちはまだ武漢を始め、欧米のような厳しい措置は受けていない。外出制限という日々の中で、おいしい食べ物がどれほど人間に力と勇気を与えるものなのか、武漢の人々の行動や思いから、それが伝わってくる。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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