野村證券は、4月14日に、「お客様本位の業務運営を実現するための方針」を公表しました。これは、金融庁が3月30日に公表した「顧客本位の業務運営に関する原則」に対し、直ちに呼応したものだと思われます。さて、この迅速な動きは同社が取り組んでいる「ビジネスモデルの変革」への強い意気込みを示すものなのでしょうが、その成否やいかん。

「顧客本位の業務運営に関する原則」

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金融庁が3月30日に「顧客本位の業務運営に関する原則」として公表したものは、実は、2014年9月に公表された金融モニタリング基本方針においてフィデューシャリー・デューティーという名のもとに示されていた考え方を敷衍したものにすぎません。ですから、現時点で対応を明らかにしている少数の金融事業者は、金融庁による原則の策定よりも前から自主的に対応していて、既に公表してあった経営原則の改訂をしたにすぎないのですから、迅速に動くことができたのです。

ところが、野村證券の場合、そうした事前の動きが全くないなかで、金融庁の原則公表から僅か二週間後に対応したのですから、かなり唐突感があって、業界を大いに驚かすことになったのです。私なども、野村證券が動くにしても、最後の最後だろうと予測していたので、非常な意外の感に打たれました。

原則を採択しないこともあり得た

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金融庁の公表した原則は、あくまでもソフトローなのであって、強制適用される規制ではないのですから、コンプライ、即ち採択しないことも可能であって、コンプライしない理由をエクスプレイン、即ち説明すればいいだけのことです。ですから、理屈上、野村證券として、まさか原則全てにコンプライしないことはないとしても、逆に全てにコンプライする必要もなかったと思われるのです。

そもそも、「顧客本位の業務運営に関する原則」は資産運用関連事業を営む金融事業者を対象としたものですが、資産運用関連事業の範囲も金融事業者の範囲も必ずしも明確ではなく、その不明確さについて異論があったにもかかわらず、敢えて特定しないほうがいいという金融庁の強い意向で策定されたものです。

つまり、法令上の金融商品取引業者の業務というような明確な範囲の特定がないのですから、自己の営む業務が原則の主旨に合わないと思うならば、その旨をエクスプレインすれば、それでいいのです。もともと、そのようなものとして原則は策定されているはずです。

そして、原則の主旨は、策定の背景として明らかにされているように、国民の安定的な資産形成に資することなのであって、広義の資産運用関連事業の全てが主旨に該当するはずもない以上、コンプライする必要のない金融事業者の業務は少なくないのです。しかも、そうした業務に社会的価値がないということもできませんし、金融庁も、そのように考えているわけではありません。

金融庁が問題にしているのは、あくまでも国民の安定的な資産形成なのであって、証券会社の経営改革では決してないのです。

投機と投資

では、国民の安定的な資産形成に該当しない資産運用関連業務とは、どのようなものか。昔の伝統的な証券会社の個人向けの営業は、実は、金融庁がいう国民の安定的な資産形成とは、ほど遠いものだったのではないでしょうか。

実際、株式の個別銘柄を活発に売ったり買ったりすることは、顧客の主観においては資産形成の試みだったかもしれませんし、証券会社のほうも、建前としては、結果的に資産形成になるはずのこととして、営業していたのかもしれませんが、客観的にみて、投資というよりも投機であり、よりあからさまにいえばギャンブルであって、絶対に間違いなく金融庁のいう資産形成とは何の関係もないことだったのです。

今でも、例えば、インターネット証券やFX業者でトレーダーを自認する顧客のやっている行為は、本人の自己評価はともかくも、資産形成と何の関係もないギャンブルであって、ギャンブルである以上、全体としてみれば資産喪失につながっているはずです。しかし、だからといって、ギャンブル固有の楽しみを享受する人の行為に金融庁が介入する必要はなく、社会的弊害を生まない限り、また金融市場の不安定要素とならない限り、業者を規制する実益もありません。

今も残る伝統的な証券会社の営業や、インターネット証券やFX業者の行為について、「顧客本位の業務運営に関する原則」の適用など、金融庁が考えているはずもないのです。それは、全く別世界のことであり、資産形成の埒外のことなのであって、むしろ、投機資金を市場に導入することは流動性を維持するために必要であり、そこに証券会社の一つの重要な社会的機能があるのです。

FXの投機があるからこそ、貿易や資本取引にかかわる実需為替の決済が円滑に進むのです。株式や債券の取引でも、投機資金の流入があり、流動性が維持されているからこそ、投資家が適正な価格で取引できるのです。投機も、金融庁のいう資産形成も、証券会社の社会的機能として、そこに価値の優劣をつけることはできません。それは、各証券会社の純然たるビジネスモデルの選択の問題です。

「ビジネスモデルの変革」

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そして、実際、野村證券の場合、そのビジネスモデルの選択として、「顧客本位の業務運営に関する原則」にコンプライしたのです。野村證券は、公表した方針のなかで、次のように述べています。

「当社は、2012年8月より、変化するお客様のニーズに的確に対応するためにビジネスモデルの変革に取り組んでおり、コンサルティング営業をさらに強化し、お客様のニーズに合った質の高い商品・サービスを提供していくことで、お客様の信頼を獲得し、ビジネスを拡大することを目指しています。」

ここに、野村證券の抱える深刻な経営課題の認識、ほぼ危機感といっていいものが滲み出ています。要は、伝統的な個人営業の顧客基盤が縮小するなかで、金融庁のいう資産形成という新しい分野へ展開することが必要となってきていて、そのためには、必須の要件として、原則に積極的にコンプライしなければならないという経営判断なのです。

別に、批判するわけでもなく、私の個人的な懐かしい思い出としていうのですが、もう四半世紀も昔のこと、中小企業の年配の社長さんに、「僕は、野村大学に莫大な授業料を払っているのだから、あなたよりも投資をよく知っている」といわれたことがあります。

皮肉ではなくて真に褒める意味で、野村證券はすごいなと思ったものです。なぜなら、授業料とは億単位の金額だと推定されるのに、この社長さん、それを少しも損失だと思っていなかったことは明らかだからです。つまり、そこには、我々の想像を超えた特異な顧客との信頼関係があり、その信頼に応えてきたからこそ、野村證券は高度な収益性を維持できてきたのだと思われるのです。

しかし、この社長さんも、今では、おそらくは鬼籍に入っておられます。ご存命でも、もはや相場を張る元気も資金力もないでしょう。そもそも、低経済成長下、大量廃業時代を迎えて、相場を楽しむ伝統的なオーナー社長さんは、過去のものとなりつつあります。野村證券の顧客基盤はもっと広く深いとは思いますが、それでも、否定し得ないこととして、旧来の事業基盤の縮小を止めることはできないのです。

他方で、高齢化社会のもとで、膨大な数の被用者を対象とした資産形成は、日本の金融界の数少ない、ほぼ唯一といってもいいような成長分野です。ならば、冷静な経営判断として、資産形成に賭けるほかなく、ならば、顧客本位に徹するほかないということです。

顧客満足から顧客本位への転換

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野村證券が顧客との間に築き上げてきた特異な信頼関係は、それがいかに強固なものでも、顧客本位の業務運営の背後にあるべき高度な信頼関係とは、全く異なるものです。そこに極めて大きな顧客満足があることは明瞭ですが、顧客満足と顧客本位とは全く違うものなのです。顧客満足と顧客本位の違いは、ギャンブルを考えれば、すぐにわかります。ギャンブルほど顧客満足が高く、同時に、顧客の真の利益にはならないという意味で、顧客本位でないものもありません。

野村證券が真に顧客本位の業務運営に徹するならば、顧客満足の対価として野村大学の莫大な授業料を徴収することはできないわけで、逆に、顧客満足に反してでも授業料を払わせない方向に顧客との関係を変えていかなくてはならないのです。これはもう、「ビジネスモデルの変革」というよりは、抜本的転換です。

しかし、このような本質的な転換など、容易にできるはずもありません。何よりも気になるのは、この「ビジネスモデルの変革」は、「2012年8月より」取り組まれていること、つまり、金融庁が2014年9月にフィデューシャリー・デューティーの徹底を求めるより前から着手されていたことです。にもかかわらず、2015年から業界に自主的対応が広がるなかでも、野村證券は対外的には無反応だったのです。

事実はわかりませんが、印象としては、これまでのところ、内部的な力だけでは「ビジネスモデルの変革」を強力に推進することはできておらず、今回、金融庁が原則を公表したことを外部からの強制力として利用し、変革への意思を社会に宣言することで、内部の抜本的な意識改革を進めようということではないでしょうか。

気になる野村ホールディングスの対応

ところで、みずほや三菱UFJのような大金融グループの例では、まずは持株会社における顧客本位原則への対応表明があって、それを受けて各子会社の表明がなされる構造になっていますが、野村の場合は、野村ホールディングスの表明はなされていません。もちろん、よくわかりませんが、背景には独自の考え方や固有の事情があるのでしょう。

いずれにしても、主要子会社の「ビジネスモデルの変革」を許容することは、持株会社にとって決定的な事項であるのに間違いありません。なぜなら、新しいビジネスモデルでは、販売量に連動する収入は相対的に減少し、顧客の預かり資産残高に比例する収入が相対的に増大するわけで、それは野村ホールディングスの収益構造に小さくない影響を与えるはずだからです。

もちろん、金融庁がいうように、中長期的には、顧客本位のビジネスモデルによる収益構造のほうが安定成長性と持続可能性が高く、企業価値の向上に貢献するはずですが、短期的な影響は別問題ですから、野村ホールディングスには、その辺の事情を株主に説明する義務があるのです。そうした背景もあって、他の金融グループでは、持株会社での対応がなされているのだと思われます。

赤の他人の兄弟

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野村證券と同じ日に、野村ホールディングス傘下の兄弟、野村アセットマネジメントも、「お客様本位の業務運営を実現するための方針」を公表しています。

野村アセットマネジメントにとって重要なことは、自分の方針よりも、野村證券の方針のなかで、「投資信託の取扱商品を決定する際には、評価機関による調査・分析を経て一定以上の評価がなされているものを採用する等、グループ会社の商品に捉われることなく、幅広い候補の中から品質の高いものを選定します」とされたことです。

つまり、野村證券にとっては、野村アセットマネジメントは多数ある投資運用業者の一つにすぎず、形式的には同じ親会社をもつ兄弟ではあっても、経済取引の面では血のつながらない赤の他人になったということです。野村アセットマネジメントの運用能力ただ一つで生きていく覚悟、その当たり前のことの顧客に対する宣言は、むしろ野村證券の側において明らかにされているのです。

さて、こうして、野村ホールディングスは、主要子会社として、相互連関のない二社をもつことになりますが、その合理的根拠は何か。顧客本位を貫徹すれば、傘下の投資運用業者は、傘下にありながら、独立した他人となります。では、なぜ、他人が傘下にいるのか、その合理性の証明は野村ホールディングスだけの経営課題ではなく、他の金融グループも同じ課題を背負っているのです。