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中央自動車道トンネル事故の政府責任

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落した事故ですが、業務上過失致死傷容疑で警察の捜査が開始されました。事故原因は施設の劣化にあるとみられ、その改修を怠ってきた施設管理者の責任が問われることになるようです。さて、責任の所在はどこにあるのか。

施設の所有者に責任があるならば、責任の所在は、独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構にあります。それにしても長い名前ですね。略称は高速道路機構です。それにしても直截明快な名称ですね。機構の目的は、高速道路を保有して、その建設の結果生じた巨額な債務の弁済を行うことです。

高速道路機構設立の経緯

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機構設立の経緯を振り返りましょう。2001年12月19日に、「特殊法人等整理合理化計画」が閣議決定され、そのなかで、道路関係4公団の民営化の方針が決定されます。4公団というのは、日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州四国連絡橋公団のことですが、これら4公団は廃止することとされたのです。その後、民営化の枠組みについての検討を経て、2005年10月1日に、4公団が廃止されて、機構が設立されると同時に6社の高速道路株式会社(東日本、中日本、西日本、首都、阪神、本州四国連絡)が設立されたのです。

改革の焦点は、旧4公団の約40兆円という巨額な債務の処理でした。機構は、この債務を継承するために作られました。その債務の弁済原資として、道路施設も合わせて機構に承継されます。機構は、高速道路会社に施設を貸与し、その利用料をもって承継債務を計画的に弁済することとされたのです。その機能をそのまま名称としたので、日本高速道路保有・債務返済機構というのです。

従いまして、笹子トンネルを含む中央自動車道の施設全体は機構が所有するものであり、中日本高速道路は、それを借り受けて事業を行っているのです。

高速道路施設の維持管理責任の所在

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高速道路施設の賃貸契約の前提として、機構と各高速道路会社は協定を締結しています。その協定のなかで、責任の配賦が定められているのです。そのなかで、「会社は、道路を常時良好な状態に保つように適正かつ効率的に高速道路の維持、修繕その他の管理を行い、もって一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない」とされているので、施設の維持管理責任は、高速道路会社にあることになります。

しかしながら、改修に要する費用は、施設に対する追加的資本支出になるので、当然に、施設所有者である機構に帰属させなければなりません。実際に、改修が行われて、改修費が資産の帳簿価格に追加されるときは、その増加分が、改修費用に対応する債務とともに、機構へ移転されることになっています。ゆえに、協定でも、「会社は、高速道路の維持、修繕その他の管理の実施状況について、毎年度、機構に報告することとし、機構は、必要に応じて実地に確認を行うことができるものとする」とされているのです。

協定上は、確かに高速道路会社に施設の維持管理責任があるのですが、改修に要する財源は、事実上、機構が握っているのですから、当然のこととして、施設所有者である機構にも責任がある、即ち政府にも責任があるということであろうと思われます。

機構の債務の弁済計画

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ここで、道路建設に関して、そもそもの建前といいますか、基本前提を確認しておきましょう。高速道路も道路ですから、道路は本来道路管理者に帰属するのが原則だということです。本来道路管理者というのは、国道、県道などというように、道路ごとに定まっている本来の管理者である国や地方自治体のことです。現在の機構の立場は、本来道路管理者に替わって、高速道路に関する公的権限を行使するというものなのです。

機構が本来道路管理者に替わって高速道路施設を保有しているのは、その裏に債務があるからです。機構の目的は、直接的には債務の弁済ですが、その弁済の最終目的は、高速道路施設を本来道路管理者に無償譲渡することなのです。

なお、現在の高速道路が有料であることの根拠は、高速道路会社が機構に対して道路施設の賃料を払わなければならないためで、また機構が賃料を課すのは、機構が債務の弁済をしなければならないからです。つまり、債務完済後に高速道路が本来道路管理者に譲渡されれば、高速道路は普通の道路と同じように無料になるということです。

さて、その弁済期間ですが、機構発足時の2005年10月1日に、その日から45年間と定められました。つまり、2050年9月30日が最終期日です。もう7年経過しているので、あと38年ですね。

一方、高速道路の新規の建設は現在でも継続しています。新規建設自体は高速道路会社が行うのですが、施設は、完成後に、建設費用に伴う債務と一緒にして、機構へ引き渡されます。もしも、このまま建設を続けると、建設費用に伴う債務が発生し続けますので、機構の債務は永遠になくなりません。ですから、債務完済と施設の本来道路管理者への無償譲渡を前提にする以上、どこかで新規建設を打ち切らないといけないわけです。実は、その最終期日が、2021年3月31日なのです。あと8年ほどで高速道路の新規建設は終了するというのが、政府の定めた計画なのです。

2021年までは、債務を弁済しながらも、新規建設に伴う債務の増加があるので、債務残高は急速には減りません。しかし、その後は、急速に債務残高が縮んでいく予定となっています。

政府の高速道路政策の欺瞞性

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しかし、新規建設停止後は、既存施設の維持改修費が逆に累増していくのですから、それに伴う債務の増加も相当に大きいはずです。この点も含めて、この機構の計画、というよりも政府の目論見については、私は極めて胡散臭いものだと思っていました。その第一が、高速道路の維持改修費の見積もりが甘すぎるのではないのか、という点です。今回の中日本高速道路の事故をみて最初に抱いた感想は、事故の究極の原因が、機構の、というよりも政府の、欺瞞的な道路行政にあるのだなということでした。

維持改修費の見積もりが甘すぎるもなにも、機構の弁済計画では、既存の道路の維持費用自体についての財源が全く用意されていないのです。高速道路に限らず、どのような施設も劣化します。最終的には施設は価値を失い、再建築が必要になります。その再建築費の計画的積立抜きには長期的な施設維持は不可能です。そこで、劣化の速度に応じて、つまり資産価値の経年減価(減価償却)に応じて、事前に計画的資金留保を行わなければならないはずなのです。

ところが、機構は減価償却費も全て債務の弁済に充当しています。つまり、2050年に高速道路が本来道路管理者である国や地方自治体に譲渡されるとき、その老朽化した施設を将来的に維持していくための財源が全く用意されていないのです。しかもそのときには、無料化されています。要は、その後の再建築や改修は、その必要に応じて税金を投入して行うほかないだろうという全くの無責任で無計画なものなのです。

機構が存続している間は、最低限の維持費用程度しか財源が見込まれておらず、機構が役割を終えたときは、その最低限の財源すらなくなるというのが、政府の高速道路政策なのです。それにしても、老朽化した劣化の進行した高速道路施設の譲渡を受ける本来道路管理者の立場というのは、どういうものか。今回の事故が示すように、老朽化した施設の放置は、極めて危険なことです。誰も、危険なコンクリートの塊など、貰いたくないのではないか。

民営化ではない民営化の無計画性

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高速道路改革の一番胡散臭い欺瞞的なところは、民営化という呼び方です。民営化とはいいますが、最終目的が本来道路管理者である国や地方自治体に高速道路を移転させることなら、民営化の正反対です。民営化された高速道路各社は、機構が存立している期間中は、表面的には有料道路管理業を行う民間の事業者として存立できますが、本来道路管理者に施設が移転して無料化された後は、そもそもの事業基盤がなくなります。

どういうことが予定されているのかわかりませんが、本来道路管理者である国や地方自治体から業務委託を受けて施設の管理運用業務を行うのでしょうか。その業務委託費の原資は税金から出てくるしかないですね。だとすると、無料化自体も欺瞞で、国民負担の総額は同じですね。要は、道路利用者だけの負担から、国民全体の負担に変わるだけです。

また、2021年3月31日以降には新規の高速道路建設を行わないという計画も、その実効性は大いに疑問です。あと8年で新規の高速道路建設が停止するとは、国民の誰も信じてはいないでしょう。45年で債務が完済されるためには、そう仮定せざるを得ないというだけの、まさに適当な予定なのでしょうね。要は、高速道路改革の全体が、どこかの時点での大きな見直しを前提にした、言葉の本来の意味において、好い加減で適当なものだと思われます。要は、問題の先送りの仕組みですね。

責任の所在の曖昧化の結果生まれる危険な高速道路

今回の事故で私が感じた嫌な予感、的中間違いなしの予感は、事故の責任の全てを中日本高速道路に押し付けて、トンネル施設所有者である機構(即ち政府)の責任が問われることのないように、政府は立ち振る舞うであろうということです、原子力事故の責任を東京電力に押し付けたように。

しかし、本来道路管理者に替わって高速道路に関する公的権限を行使するという機構の目的からすると、その公的権限の行使の手先となっている中日本高速道路の責任に対して、原権限の行使者である機構(最終的には政府)の責任がないなどということは、あり得ないことだと思われます。

今回の事故の最大の問題点は、施設管理責任の所在を曖昧にしておくことが、施設を危険なものに放置させることを招きやすいことです。表面的な債務の削減と、建前としての高速道路の本来道路管理者への帰属と無料化のために、維持管理が疎かになって、高速道路が危険なものになっていくというのでは、本末転倒も甚だしいものといわざるを得ません。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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