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ガチャに騙されるな?! ~数学センスで万事解決(第4回)~

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授
(提供:kagehito.mujirushi/イメージマート)

【フェルマーの大定理】

10年ほど前に、NHK総合テレビで「魔性の難問~リーマン予想・天才たちの闘い~」を放映され,リーマン予想という150年前に提起された予想の証明に果敢に挑んだ数学者を取り上げていました.リーマン予想は今やインターネットによって、生活にも身近になった「暗号」にも大きく関係する素数の分布に関する問題です.この予想の解決によって素数生成や素因数分解に少なからず影響を与える問題なのです.数学における未解決問題はいくつも存在します.有名なものでは,今では解決された「フェルマーの大定理」がありました.少し昔まで,数学の難問と言えば,この定理だったのです.17世紀フランスの数学者であるフェルマーが,古代ギリシャ時代の数学書を読んでいる際に思いついたことを余白に書き込んだことに始まります.数多くの書き込みを残したのですが,後世,そのほとんどが検証されて,最後までその正否が検証できなかった書き込みがこのフェルマ

ーの大定理と呼ばれるものです.x^{n}+y^{n}=z^{n}とするとき,3以上のnにおいて,この式を満たすx,y,z(>0)の整数解は存在しないと言う,いたってシンプルな定理です.シンプルさゆえに数多くの数学者や数学に興味のあるアマチュアが350年以上にわたって取り組んできた未解決問題の中でも筆頭格でした.この難問が1994年になって解かれたのです.24世紀の物語である,新スタートレックの中でも,主人公の艦長が「24世紀になっても解けない問題」と言い切っているほどの難問が解けたのです(第38話「ホテル・ロイヤルの謎」,1989年放映).ここ10年,20年で世紀の難問と言われた未

解決問題が次々と解かれています.これは情報革命が急速に成し遂げられようとし,情報を共有する量と速度が格段に増したことと無関係ではないでしょう.

【角谷予想】

先のリーマン予想がフェルマーの大定理ほど有名ではない理由は,問題の複雑さです.一般の人が簡単に解けそうで,解けそうでないシンプルさに人々が魅了されるのです.リーマン予想はゼータ関数などという近寄りがたい言葉が人々を遠ざけている一因でしょう.フェルマーの大定理に代わるシンプルな問題として,コラッツの問題があります.日本では角谷予想とも呼ばれています.これはどのような自然数nでも,それが偶数の場合,1/2倍する,奇数の場合,3倍して1を加える,その操作を続ければ必ず有限回で1になるという予想です.注目されているもう一つの理由は,誰でも簡単にパソコンでプログラムが組め,検証を行えることです.現在も検証が続けられていますが,20桁程度(10の20乗)の数までで反例は見つかっていません.多くの数学者が予想の正しさを信じていますが,反例が見つかる可能性は0ではないのです.しかし反例が見つからなければいくら大きな数を検証しようと問題の解決にはなりません.コンピューターは無限の数を扱えないのです.この問題を解決(証明)するためには無限の概念を扱う必要があります.無限の概念を扱えるのは人間の思考のみなのです.数学者は無限を創った創造主と会話できる,現代のシャーマンなのかもしれません.

【友愛数】

十数年前、当時の首相が「友愛」の精神をよく掲げてましたが、数学の世界にも友愛に満ちた数が存在します.友愛数と呼ばれる数です.映画にもなった,「博士の愛した数式」(小川洋子著,新潮社刊)にも登場します.友愛数とは,異なる2つの自然数で,自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数の組のことを言います.英語で

amicable numbers,文字通り友愛の数なのです.最小の友愛数は,220と288です.お互いを強く結びつける数,それが友愛数なのです.この友愛数についても未解決問題となっています.つまり,このような友愛数が無限に存在するか否かが未解決なのです.

【大人買いの法則】

フェルマーの大定理もコラッツの問題も,あるいは友愛数も問題自体はシンプルでわかりやすい問題でしたが,その解法は極めて難しいものでした.身近な問題で,意外と難しい問題も数多く存在します.たとえば「食玩の大人買い」です.食玩とはチョコやガムのお

まけとしてフィギュアやプラモデルなどが付いている商品です.チョコやガムが主体ではなく,その付録が主体の商品です.「ガチャ」も同じです。ガチャとは「カプセルトイ」と呼ばる中身がわからない玩具の購入方式で、今ではスマホでのソーシャルゲームにおいて、中身がわからないアイテムの課金方式の呼び名でもあります。大概の場合,そのフィギュア等には多くの種類があり,それが購入時わからないようになっています.その各種の付録を集めるための購買意欲をそそる手段なのです.では,最小のコストでそのすべての種類の付録を集めるためにはどのようにすればよいでしょうか.具体的には20種類の付録があるとして,すべての種類が均等に入っているとします.いくつその食玩を購入すれば,すべての種類が揃うでしょうか.楽観的に考えると,50個も買えば揃うような気もしますが,悲観的には100個以上買わなければ揃わないような気もします.では確実に揃えようとすると何個購入しなければならないでしょうか.名実ともに確実であるならば,ほぼ出荷に近い数を購入する必要があります.ではほぼ確実,つまり確率99%で揃うためには何個必要でしょうか.これは確率論の問題として解くことができて,150個必要になるのです.もちろん,確率の問題ですので,運のいい人であれば20個購入するだけで揃うかもしれません.ちなみにその確率は1億分の1以下です.50個も購入すれば確率は10%を十分超えますし,70個であれば50%を超えます.かなり運に左右されそうです.詳しくは,九州工業大学の小田部荘司先生のページ をご参照下さい.

神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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