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中学生によるチケット詐欺および誤認逮捕事件は今後も起きる?!

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

誤認逮捕された愛知県豊田市の専門学校生の女性(21)に成り済ましたとして詐欺容疑で書類送検された京都市の中学3年の女子生徒(15)はツイッターで、人気アイドルグループ「関ジャニ∞」のコンサートチケットの売買交渉をするなど女性と直接やりとりし、個人情報を入手、利用していたとみられることが11日、徳島県警三好署への取材で分かった。

出典:中3女子、警察をも欺く手の込んだ偽装工作 被害女性はチケット配送記録で潔白証明【産経新聞】

この事件が大きく取り上げられた理由のキーワードは、第一に「誤認逮捕」、第二に「中学生」、そして第三に警察を惑わした「新たな手口」でしょう。まず誤認逮捕においては警察の失態であることは明らかです。この点について何ら弁解はできないでしょう。しかし単純に徳島県警の捜査能力やサイバー犯罪に関する対応能力の問題で片付けられるものではありません。現在でもサイバー犯罪に関して失態が起こった場合、警察のサイバー犯罪捜査能力の欠如が叫ばれます。しかし、数年前とは変わって、現在のサイバー犯罪への対応能力は格段に進歩しています。各都道府県警にはサイバー犯罪対策課やそれに類する専門チームが設けられ、数人ではなく相当人数によって構成されています。警察も一つの公務員組織ですから、各警察官は部署を転々と移動することが常であり、必ずしもサイバー犯罪専門ではありませんが、最近ではサイバー犯罪専門の警察官を募集し、あるいは内部で育て上げて配置するようになっています。徳島県警も例外ではなく、必ずしも操作能力が低いというわけでは決してありません。では、なぜこのような誤認逮捕が起こったのでしょうか。それはサイバー犯罪の一般化です。つまりネットを利用しているからと言って、もうサイバー犯罪とは呼ばなくなり、単に詐欺の手段や情報を得るためにネットを利用するだけではサイバー犯罪の範疇には入らないのです。したがって、サイバー犯罪対策課のような組織が関わることなく、所轄の刑事部が担当することが常になっています。今回の件でも、ネットでの情報の動きではなく、銀行口座を中心とした表面的なお金の流れだけに注視したことから、単純な詐欺事件と判断され、所轄の刑事部が独立して担当することになったのです。したがって誤認逮捕における一番の原因は、所轄の刑事部といった一般の警察官のネットに関する知識、サイバー犯罪に関する知識の欠如なのです。サイバー犯罪対応の捜査官に必要な専門的知識ではなく、ネット一般の知識およびサイバー犯罪に関する基本的知識が必要です。残念ながら一般の捜査官のネットに対する知識は、一般の人と変わらず、ほとんど皆無と言ってもよい人が大多数でしょう。この点を改善しなければ、同じようなことが徳島県警を含めて、他の都道府県警でも起こり得ることなのです。

次に被疑者が女子中学生ということですが、サイバー犯罪に関しては必ずしも珍しいことではありません。例えば他人のパスワードを利用して、ゲームを行ったり、アイテムを盗んだりするような不正アクセス禁止法に触れる犯罪では小学生が補導されたこともあり、全体の件数でも未成年者の犯罪は無視できない数に上っているのです。その理由はスマホを自由に操れる年代だということです。さらに若年ゆえに自制心が欠如していることもあり、大きな欲求に対して、それを抑制することが出来ません。指を動かすだけで簡単に実行できるからです。結果的には犯罪に加担しているとは意図していない第三者を利用した巧妙な手口であることから、その女子中学生が一人で考えたとは到底思えないとか、あるいは一人で考えたとしたならばその卓越さを称賛する声も聞こえますが、実際はほぼ場当たり的な犯行です。「関ジャニ∞」のコンサートチケットに強い関心を持つ、それを転売しようとするものと購入しようとするものをネットで探し当て、その動きを十分観測し、転売しようとしている人になりすまし、そのチケットをチケット売買サイトで売ろうとしたのです。チケット売買サイトから代金を被疑者の中学生がだまし取るには、実際にチケットをその購入者に送らなければなりません。実際にチケットを持っている、最初に転売しようとした人から送ってもらう必要があるのです。そのためには転売しようとした人に入金する必要があり、その入金を最初に購入しようとした人に担わしたのです。必ずしも計画的に考えたことではなく、その場その場で必要な処理を場当たり的に行った結果なのでしょう。

今回の事件、不幸にも徳島県警の一般捜査官の知識不足と女子中学生のネット利用環境、特にその犯罪利用が如何に重たい懲罰の対象であるかの認識不足の結果です。すべての犯罪にネットが利用されると極論してもよい現在では、すべての捜査官がネットの知識を得ることが必須となっており、また青少年に関しても、ネットを使いだす小学生の頃から、どのような行為が犯罪になり、それがどれだけ重い懲罰の対象になるかを、その理由も含めて説くべきなのです。

神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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