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「地方創成枠」奨学金は二兎を追うことができるか?

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授
就職活動

「地方創成」が現政権の重要な施策となっており、それを産業、および経済の根本から支える、将来を担うための若い人材の地方定着が望まれている。産業の都市部集中、それに伴う人材の都市部集中が問題となって久しく、当時からUターン、Iターンという、まず人材の地方確保が叫ばれていた。しかし最も効果的な地方の人材確保の手段としては、その地方で生まれ育った学生の就職を地元で確保する事である。現在、様々な理由で、地元出身の学生が就職時に都市部に流れてしまうことが問題となっている。

地方での人材、特に大学生の就職時での地方定着を目的として、昨年末に政府、自治体や産業界が基金を設け、地元就職を促す奨学金制度を立ち上げると報じられた。その具体策として文部科学省から発表があった。

文部科学省は、各都道府県知事に対し、地方大学などに進学する学生に向けた無利子奨学金「地方創生枠」への推薦や基金造成など、「奨学金を活用した大学生等の地方定着の促進」について通知した。

出典:文科省が無利子奨学金「地方創生枠」推薦について都道府県知事に通知【リセマム】

この施策は上述の通り、地方に若い人材を確保するための方法であり、かつ現在、大きな社会問題となりつつある奨学金返還の過剰負担軽減の一策にもつながっている。この施策は、大学卒の若い人材が地方への就職を希望しないという前提があり、さらに地方に大学卒の求人が数多いという前提も隠れている。しかし、この前提自体が問題であり、地方出身の大学生の多くが地元に就職する事を望んでおり、奨学金、しかも返還免除ではなく、無利子という必ずしも大きくないインセンティブによって大きな変化をもたらすとは考えられない。地元に就職したくても就職できない最大の理由は、就職先が少ないという事実である。求人があったとしても、その職種が限られ、事実上、採用人数が限られるのである。第二の理由は賃金である。低い賃金の上に無利子とはいえ、毎月1万数千円を15年以上にわたって返済しなければならないのである。

昨年、この施策の枠組みが報じられた際に

つまり、学生が地元(地方)に就職しないのではなく、出来ないのです。今回の制度は、奨学金免除に関係なく、地元にもともと就職できた人に取って、更なる特典になるかもしれませんが、奨学金免除があるからといって、地方への就職希望者が増えるとは考えられません。もともと地元(地方)への就職希望者は多いのですから。また増えたとしても、地元企業側に魅力、何よりも新入社員を増やしていくだけの企業体力がなければ採用は叶わないでしょう。

出典:地元に就職したい学生たち、地元就職を条件に奨学金は本末転倒?【Yahooニュース!個人】

と書いたが、結局、地元企業の体力増強や新たな産業創成、あるいは誘致を行わない限り、定着したくても出来ないのである。ただ、この施策においては、採用する人材の選択を含め、地方に設置される基金設置団体の裁量に依存している。単なる無利子奨学金のインセンティブだけでは「地方創成」という最終目的に沿った大きな効果は期待できないが、運用の創意工夫によって地方創成のきっかけに結びつく可能性はあるだろう。

神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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