お子様ニューヨーカーは『畑』で学ぶ!

ここはマンハッタン?と疑うほど自然いっぱいのコミュニティガーデン。

「隠れ谷」と呼ばれる秘密の菜園がある。コンクリートジャングルのニューヨーク・マンハッタンに、だ。

眠らない大都会で産まれた子供を持つママだからこそ、土に沢山触れる機会を作ってもらいたいと切に願っている。

5歳の息子を持つ海野典子さんがそうだ。

3年ほど前、長男の世達くんを日本語クラスに通わせようか思いを巡らせていた。夫はアメリカ人。アメリカ生まれの息子にもきちんと日本語の読み書きが出来るようになって欲しい。ならば、早いうちから日本語で習い事を始めたほうがいいのか、それとも、もう少し待つべきか・・・。答えが見つからないまま、アッパーウエストサイドの自宅近所を散歩していると、何気なく見つけた小道に、息子が吸い込まれるように走って行った。追いかけてみると、そこには農園に迷い込んだかのような庭があったのだ。

マンハッタン島の西側を流れるハドソン川沿いに細く続く庭には、手入れの行き届いた小さな菜園と、生命力みなぎる大木が立ち並び、ちょっとした崖のような斜面もある。川と庭の間には、息子が大好きな高速鉄道アムトラックが走っていた。

必然のような偶然に導かれ、習い事ではなく、海野親子の“隠れ谷”通いが始まった。

500以上のコミュニティガーデンがあるNY市

ジェニー・ベネテスさん。
ジェニー・ベネテスさん。

実はこの隠れ谷、40年前に近所に住むジェニー・ベネテスさん(80歳にしてこの若々しさ!)が、4人の子供のために「自分で畑を持ってみたい」と「ゴミばかりだった」荒れ地をボランティアで掃除を始めたのが始まりだった。そのうちNY市も協力を申し出てくれたと言い、今では135丁目から143丁目までの細長い区間を、『ジェニーズガーデン』と名付け、夫とともに「雨だろうと、嵐だろうと」通っている。

このジェニーズガーデンのようなNY市が管理するコミュニティガーデンは、市内に500以上もある(http://www.greenthumbnyc.org/gardensearch.html照)というから驚き。1970年代の財政危機で放棄された私有地などが、地元住民らの手によって再建され、コミュニティガーデンとして生まれ変わったものだ。

菜園スペースでは、にんにくからバラまで植えている。もう野菜を買う事はないのでは?

「いや買うわよ。スープキッチン(ホームレスのための炊き出しを行うボランティア組織)に寄付しているからね」。自分のためだけに野菜を手塩にかけて育てているわけではないのがすごい。

20歳でプエルトリコから自由を求めてニューヨークへ移住したジェニーさん。「夢? そうね~、81歳になることかしら。アハハ」と明るい性格も、多くの人を惹きつける魅力だ。

もともと学校の教師をしていたジェニーさんは子供の接し方がとっても自然。初めて庭を訪れ、虫を怖がったり、泣いてしまう子もいる。親は「せっかく来たんだから、ちゃんと遊んでよ!」と嘆きたくなるが、「無理しなくて言いのよ」と優しく言い、決して押し付けたりはしない。

植物に水をやる時も、「いつも12時までにあげるから、あと10分間で水をあげてね」と時間を守る事を教えてくれる。水のやり方だって、「太陽が真上に出ている時は葉っぱに水を撒いたら、焼けちゃうのよ。こうやって土に水をあげないと」。

昨年は梅酒になったという立派な梅。
昨年は梅酒になったという立派な梅。

庭には、梅の木もある。まだ青い梅が地面に落ちているのを見ると、「これも肥料になるのよ。さあ、拾って!」と子供達に拾わせる。

五感をフルに刺激

こういう1つ、1つが子供の血となり、肉となっていくと海野さんは言う。

「ここには多くの人がボランティアで肥料になるようなものを持ち寄ったりするんです。そういうみんなが科学の先生でもあるんです。雨が降って、子供達がミミズをたくさんバケツに入れていると、『遊んだあとはミミズを土の中に返してね。ミミズは土に良い事をしてくれるんだよ』と言ったり。五感をフルに使ってますよね」

海野さんの長男、世達くん。最初はかなり「シャイ」な男の子だったが、ガーデンに通うにつれ、少しずつ変化していった。

「自分から人に挨拶なんてした事なかったのに、最近は自分から話しかけるようになったり質問したりするようになったんです。子供はセンスを持っている。無理に話しをさせなくてもいいと思うんです。挨拶も子供尊重。いつか話す時がくるから」

ジェニーズガーデンには、区画された小さな菜園があり、管理人のジェニーに許しを得た人だけが、所有出来るのだと言う。

区画された小さな菜園には、いろいろな野菜が植えられている。
区画された小さな菜園には、いろいろな野菜が植えられている。

運良く菜園を『授与』された海野さんは、毎週のように肥料を持ってきたり、間引きをして人参や大根を愛情たっぷりに育てている。

「どんどん生えてきても、ちゃんと育つためには間引きもしないといけないんだよと教えています」

私と一緒に出かけた2歳の娘も、初めての間引きを体験させてもらった。まだ小さく細い人参をグイっと抜いてみる。人参が土から出てきたその瞬間、娘の顔がパッと明るくなったのが、今でも忘れられない。土の匂い。緑の匂い。こういう経験が、本当に大事なんだと思う。

池田陽子さんも、「マンハッタンで育つと、自然に触れる機会が少ない。もっと自然に触れさせてあげたい」とガーデンに魅了された1人。「私は真剣なガーデナーじゃないから、笑」と言いつつ、時間がある時にはもうすぐ5歳になる息子に土いじりをさせている。

子供の声に耳を傾けて

海野さんは、3年前のあの時、日本語での習い事を選ばなくてよかったと思っている。

「ある時、ジェニーズガーデンとは反対方向に歩き出したら、それだけで(息子が)大粒の涙を流して泣いたんです。『ガーデンに行きたい!』って。本当に子供の声に耳を傾けてよかった」

世達くんにとっては、庭に転がってる葉っぱも小枝も、植物も肥料も、全部が遊び相手だ。ジェニーズガーデンに関わる大勢の大人と接し、いろんな事を吸収する。

40年前はボランティアで荒れ地を掃除し始めたジェニーさんだが、教師を引退した12年ほど前からは“仕事”として庭の管理をしている。

机の上での勉強だけではない、大切なものを教えてくれるガーデン。その運営には、子を思う母の気持ちと庭を愛するジェニーだけでなく、行政のサポートも重要なファクターになっている。