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「実家のようにくつろげる場所に」 熊本のワーママが起業を決意し、リノベーションカフェをオープン

三星舞編集者、ライター、フードコーディネーター
株式会社母家代表の溝尻亜由美さん(撮影=著者)

 時代とともに変化する家族のあり方。核家族化や地縁の希薄化が進み、〝孤育て〟と表現される孤独な子育てに悩む方も少なくありません。熊本県合志(こうし)市で暮らす溝尻亜由美さんも、約10年前に孤育てを経験しました。「だからこそ、子育て世代の助けとなる事業を起こしたいと考えました」。

 いわゆる〝普通のワーママ〟だった溝尻さんが起業を決意し、経営者に。事業第一弾としてオープンしたカフェの名前は「Jicca(じっか)」。「この店を、実家のようにくつろげる場所に」との思いが込められています。

孤独なワンオペ育児で涙を流した経験

 国産い草の畳の上をよちよちと歩く赤ちゃん。芝生の庭では子どもたちが駆け回り、縁側にはその様子を見守りながら談笑するお母さんたちの姿。2024年1月25日、熊本県合志市に親子連れがゆっくりとくつろいで食事ができるカフェ「Jicca」がオープンしました。

写真提供=株式会社母家
写真提供=株式会社母家

撮影=著者
撮影=著者

 合志市は「子育て支援日本一のまちづくり」をスローガンに掲げており、2022年の「住みよさランキング(子育て編)」では全国1位になりました。20代をはじめとする子育て世代の転入が多く、平成18年の合併での市の誕生以降人口が1万人以上増加している全国でも珍しい自治体です。「でも、〝孤育て〟に悩む方がいないわけではありません」と溝尻さんは言います。

 溝尻さんは合志市で生まれ、熊本市内の大学を卒業後、出版社に就職。27歳で結婚を機に福岡県北九州市に移住しました。そして、29歳で第一子となる長男を出産。住み慣れない土地での育児が始まりました。

 当時、溝尻さんは会社勤めをしており、長男が7カ月になったタイミングで職場に復帰。「家事と育児、仕事に追われ、家族が寝静まった深夜に持ち帰った仕事をこなす毎日を過ごしていました」と溝尻さん。

 夫も仕事で多忙、実家は車で約3時間かかる距離のため帰省は容易ではなく、頼れる親戚や友人はそばにいない。まさに〝孤育て〟の状況で、子どもを抱いて何度も涙を流したことも。

写真提供=溝尻亜由美さん
写真提供=溝尻亜由美さん

 そこで夫婦で話し合い、2016年に家族で熊本に帰郷。溝尻さんは熊本市内の企業に転職して働き始めます。そんな中、地元である合志市の変化にふと気づきました。「人口が増え、新しい家が建ち、立派な道路も通っている。だけど親子で気軽に飲食できる施設は少なく、昔からの住民と転入者の関わりは活発とはいえないなと感じました」。

誰かが動いてくれるのを待つのではなく、自分で動く

 溝尻さんは「行政が何とかしてくれないかなって、他力本願なことを考えていたんです」と苦笑い。そんな時に地域のビジネススクールに参加することになり、起業家との対話を通して気持ちに少しずつ変化が生まれました。誰かが動いてくれるのを待つのではなく、自分で動くという選択肢もあると思い至ったのです。

写真提供=溝尻亜由美さん
写真提供=溝尻亜由美さん

 溝尻さんは一念発起し、勤めていた会社を退職。「合志市の子育て世代の心のよりどころとなる場所をつくりたいと意思表示をしたら、応援してくれる人がどんどん増えました」。中でもビジネススクールで出会った緒方幸代さん、中元緑さんとは子育ての地域課題について意気投合し、2023年5月に3人の共同経営という形で「株式会社母家(おもや)」を設立。飲食店開業を目標に、本格的に活動を始めました。

写真提供=株式会社母家(撮影=山脇竜馬)
写真提供=株式会社母家(撮影=山脇竜馬)

 夢の舞台に決めたのは御代志(みよし)地区で長年空き家となっていた築54年の民家です。地域住民を招いてDIYワークショップを開催しながらフルリノベーションで店づくりを進めました。飲食スペースは子どもが転びにくいように段差をなくし、赤ちゃんを寝かせられるよう全面を畳張りに。部屋の中心には絵本やおもちゃのあるキッズスペースを設けるなど、溝尻さんと中元さん、緒方さんの子育て経験を活かして随所に工夫を凝らしました。

撮影=著者
撮影=著者

撮影=著者
撮影=著者

 提供する食事にもこだわります。顧客ターゲットが子育て世代ということは、味覚を形成する大切な時期の子どもの口にも入るということです。原価が割高になったとしても地元野菜をたっぷり使って、調味料はできるだけ無添加のものを使用することを決めました。

撮影=著者
撮影=著者

 また、「子育て家庭の普段の食事は子ども中心のメニューになりがち。かといって飲食店の大人向けの料理は子どもとシェアしづらいもの。ここでは少しだけ特別な家庭料理を楽しんでほしい」との考えから、フードコーディネーターの協力を得ながらスタッフ全員でオープニングメニューの検討を重ねました。

子育て支援を念頭に事業の幅を広げる展望も

 看板メニューの「Jiccaお昼ごはん」は2種類から選べるメイン、季節の小鉢3種、ご飯(おにぎりか白ご飯を選択)、みそ汁、飲み物(お茶、コーヒー)がセットです。食事量が少ない未就学児と取り分けて一緒に食べられるよう、ご飯とみそ汁、飲み物はお代わりできるシステムにしました。

撮影=著者
撮影=著者

 開店から約1カ月が経ち、予約で満席になる日も少しずつ増えてきたと溝尻さんは言います。子どもも大人も思い思いの場所でくつろいだり、遊んだり。庭続きの場所にある公共の広場で、地域住民の方と子どもたちが交流することもあるのだとか。

撮影=著者
撮影=著者

 「Jicca」は親子だけのための場所ではありません。「地域住民の方と親子、親子と親子。人と人がつながる場所にしていきたい。そうすることで、子育てを少しでも楽に感じてもらえたら」と溝尻さん。現在店で働くスタッフも全員が母親で、各家庭の事情になるべく合わせた働き方を提案しながら、子どもの急な病気などにも対応できるような環境づくりを目指しています。

撮影=著者
撮影=著者

 溝尻さんが代表を務める株式会社母家では、家事代行や子どもの送迎サービスといった事業展開も構想中です。「子育て中の方たちの〝あったらいいな〟を実現していくのが目標です。親が心に余裕を持って笑顔でいることが、子どもたちの健やかな成長につながると私は信じているんです」。溝尻さんの穏やかな笑顔の奥にある芯の通った眼差しに、母の強さを垣間見た気がしました。

写真提供=株式会社母家(撮影=山脇竜馬)
写真提供=株式会社母家(撮影=山脇竜馬)

溝尻 亜由美(みぞじり・あゆみ)
1983年、熊本県合志(こうし)市生まれ。出版社やPR会社等の勤務を経て、現在はフリーランスのディレクター、ライターとして活動。2023年に「株式会社母家」を立ち上げ、2024年1月にカフェスペース「Jicca」をオープン。子育て世代と地域をつなぐハブ的場所を目指している。

■親子でごろん。くつろぎカフェ Jicca(じっか)
合志市御代志1750-12
電話 096-200-8925
営業時間 11:00~16:00
定休日 日・月曜
https://www.instagram.com/jicca.koshi/

編集者、ライター、フードコーディネーター

雑誌「九州の食卓」副編集長を経て、フリーのエディター・ライターに。食に関する興味が旺盛で、料理と器も好き。九州中を駆け巡って各地のおいしいもので胃袋を満たしてきた経験を生かし、フードコーディネーターとしても活動中。

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