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NY、休校めぐり州と市対立 新型コロナウイルス、感染の教員40人超死亡報告も 毎日が授業参観で限界

南龍太記者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス感染による米国の死者が2万人を超え、世界最多となっている。中でも全米一多いニューヨーク州は感染拡大を食い止めるべく、医療関係者や行政、各家庭とさまざまなレベルで奮闘が続く。多くの州民は家にこもり、2週間に1、2回程度の必要な食品の買い出しは、入店まで2、3時間並ぶこともある。他者との社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)をめぐるいざこざも散発している。史上まれに見るパンデミックは、社会の至る所に混乱をもたらした。

 それが表面化しやすい1つが教育現場だ。ニューヨーク市公立校は3月16日から一斉休校となり、リモート授業もそれに1週間遅れで始まった。うまくいっている面とそうでない面がある。懸念は、陣頭指揮を取る州知事と市長の見解の相違が、ここに来て目立っていることだ。

 休校は延長されるか否か――。その影響や背景について、ニューヨーク市立小学校1年の子どもを持つ立場から考える。

市内の公園も封鎖された
市内の公園も封鎖された

休校は公衆衛生のため

 「これは公衆衛生上の決定だ。容易ではないが、正しい決定だ」

 11日午前、ニューヨーク市のビル・デブラシオ市長は、残り2カ月ほど残っている学期(9月が新学期で翌年6月が学期末)の間、公立学校を閉鎖すると発表した。それまでリモート(遠隔)授業は続け、そのサポートを強化する方針も併せて示した。

 3月16日に始まった休校措置は当初、4月20日までとされていた。コロナウイルスの感染拡大に伴い、今月6日にはアンドリュー・クオモ州知事が、州全体を対象とした、在宅勤務義務付けなどの「外出制限」措置を29日まで延長するとし、州内の公立校も29日まで休校が決まった。

 昨今の感染の状況を踏まえれば、ある意味、暗黙の了解が教育関係者も保護者の間にもあった。

 しかしそれから1週間と経たぬうちに、学期中ずっと休校という措置の発表に、「うちの子は高校卒業までリモートラーニングか」などの諦めや落胆の声が在ニューヨークの日本人の間にも広まった。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、市教育局(DOE)はポップにデザインしたGIFまで早々と用意し、休校延長が既決事項だと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

「市長独断では決められない」

 だが発表から数時間後、クオモ州知事が休校や再開を決定する権限は市にないとして、休校延長措置は「デブラシオの意見だ」と強調、何も決まっていないと否定した。5日前に4月29日までの州内公立校の休校延長を決めたばかりの知事にすれば、ニューヨーク市長の休校延長宣言は独断専行とも越権とも映っただろう。

 コロナウイルスの対応をめぐり、知事と市長の意見が合わないことは日本のどこかの県でもあったが、ニューヨークの知事と市長のすれ違いはこれが初めてではない。先月17日、デブラシオ市長が「48時間以内に市内に外出禁止令("shelter in place" order)を発令するか否かを決めたい」と述べた。これに対し、最終決定権を持つクオモ知事は19日に「一部で恐れおののいて市を封鎖、外出禁止令を出すと騒ぐ人間がいる」と非難、「市にそんな命令は出さない」と説明した。

 結局、外出禁止令ではなく、外出制限に近い「'New York State on PAUSE' Executive Order」が出された。とは言え、外出にはかなりの制限を伴う。他人との社会的距離を6フィート(約1.8メートル)以上取るルールの罰則金を、500ドルから1000ドルに引き上げるなど感染対策も一段と強化されている。

教育界は歓迎

 二転三転する方針に教育現場、そして保護者らの間には怒りにも似た戸惑いが聞かれる。

 11日に市長が休校延長決定を公表した直後、あるニューヨーク市の女性教師は

「賢い選択。サンキュー!」とツイッターに投稿。ただ、クオモ氏が決定は無効だと反論すると、女性は「どっちなの?」とあらためてつぶやいた。

 他に、感染者数が相当落ち着くまでは「学校に戻りたくない」と率直な思いを吐露する男性教師もいた。

 彼らが市の教育界の多数派意見を代弁していると考えるのは早計だろう。しかし教育現場にある一面の真実、本音がうかがえる。

 ツイートに対し、「休校措置は本当にいい考えかな?」とある利用者が問えば、その女性教師は「ニューヨーク市公立校の教師として、イエスよ!これからもリモートで教えていく」と回答、リモート授業に手応えを得ているようだった。

リモート授業は奏功しているか

 確かに、リモート授業は奏功している面もある。ニューヨークが早くに大規模に実施し、世界に範を示した点は評価されるべきだろう。単に休校にして各家庭、子どもたちの自主性に学習を委ねるよりは、先々の休校終了と円滑なリスタートの観点からも有意義なはずだ。

 ただ、時々見掛ける「ニューヨークのIT教育はすごい」と礼賛、誇張するような記事には疑問を抱く。そうした記事の多くに登場する子どもは、10歳前後かそれ以上、高学年以上である場合がほとんどだ。そうした子どもたちはテクノロジーの授業などを通じてブラインドタッチやグーグルクラスルームの扱いに慣れており、既に遠隔のオンライン環境で学習する素地がある。

 一方、今回の休校でほぼ初めてキーボードやグーグルクラスルームを扱うような小学1年生などにとって、オンライン授業のハードルは高い。先生が手取り足取り教えられる環境にもないため、保護者がそれを監督、指導しないといけない。

 休校決定からリモート授業開始まで、移行期間は1週間ほどで準備が十分だったとは言えない。当初使っていたZoomが、セキュリティー上の問題が多発していることから、市が使用を禁止するといった混乱もあった。そもそもリモート授業に移行後、参加できていない児童、生徒が「多数いる」ことを市は把握しているものの、人数は分からないという。

 低学年ほど、オンラインでの授業に必要な支援があるべきだが、今の混乱期にはきめ細かな対応は望めそうにない。リモート授業があるだけでもありがたい、と感じる。

カエルの人形を駆使して場を和ます先生。リモート授業にて
カエルの人形を駆使して場を和ます先生。リモート授業にて

春休み返上

 本来、今の4月9~17日は春休み期間だが、市長は春休みをキャンセルしてリモート授業を継続する方針を今月初めに示していた。ただ、これには現場の教師らが強硬に反発、結局ニューヨーク市教育局が提供するプログラムを、各家庭が取り組むというやり方に落ち着いた。この間、毎朝あった先生と子どもたちがオンラインで顔を合わせる時間はなくなり、教師陣の負担は減ることとなる。ただ、子どもたちはプログラムをこなすよう求められ、保護者の負担が減る訳ではない。

DOEのプログラム
DOEのプログラム

40人以上が亡くなった

 そうしたことを考えあわせると、先の女性教師が休校延長措置に「サンキュー!」とつぶやいたような行為は、保護者らの実情に対する無理解とも映る。一方で、そのように思いを吐き出さずにはいられないほど、先生たちにストレスが溜まっていると見ることもできる。

 そのストレスの原因と考えられる1つに、日々のリモート授業がある。言ってしまえば、毎日が授業参観みたいなものだろう。

 先述のように、低学年であるほど、当面の間は大人がオンライン授業に付き添うことが多い。否応なく、先生の指導や進行の様子が親たちの目に入る。

 授業前後に「もっとこうした方がいい」「指定された資料が見つからない」といった助言や不満がグーグルクラスルームなどに載ることもある。今まで密室だった教室が突然ガラス張りになったようなものだ。

 加えて、他に考えられるストレスの原因、先の男性教師のつぶやき「学校に行きたくない」に表れているような気持ちに追いやる事情は、教育現場で広まったコロナウイルスの感染だ。これだけ猛威を振るっているニューヨークなので、教師らの感染者は相当いるとみられ、その数が徐々に明らかになっている。

 教育の質向上を目指す非営利のメディア「Chalkbeat」は10日、ニューヨーク市内公立校の教員ら40人以上がコロナウイルスで亡くなったと報じている。情報源となった、約20万人の公立校教職員でつくる組合「The United Federation of Teachers」が特設ページを立ち上げた。

 この報道を受け、教育関係者のツイッターには「学校をあまりに長く開けていたから、数えきれないDOEの職員らが亡くなった」と市の対応を非難している。

日本の反応

 話を戻すと、結局のところ、学校の閉鎖措置がいつまで続くかのめどはたっていない。ただ、世界はニューヨークの動向に注目している。

 11日の休校延長措置の発表には、日本からとみられるツイッターの反応が多数あった。

NYCの公立学校は休校中でも毎日オンライン授業とアサインメント(宿題)が出ている。教科100%のカバーではないが授業の遅れを最小限にする仕組みができていてワークしている。東京はこれからの長期戦に備える体制はできているのか。

出典:https://twitter.com/TOshikafufu/status/1249137960634789888

再開は9月からかな。 やっぱ帰ってきて正解だった…

出典:https://twitter.com/mai_ickw/status/1248991738397462529

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 今この状況下で苦労していない人はいない。

 ただ、教育のやり方を考える上で、一番に考えるべきは子どもたちの声である。州と市の意見の食い違いによる混乱とか、行政と教育現場の温度差による軋轢とかで、決定が二転三転して時間を浪費する前に、もっと子どもたちのためにできることがあるはずだ。

 多くの子どもたちがどう思っているかはなかなか表に出てきづらい。こんな状況でも「ありがとう」と言える、この子のような前向きな気持ちで、多くの子どもたちが生活を送れていると信じたい。そうでない家庭、苦しんでいる子どもには、早急に市が取り組もうとしている支援の強化策が行き届いてほしいと願う。

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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