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自民党埼玉県議団「LGBTQ条例案」にトランスバッシング殺到か。パブリックコメントを募集中

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
自民党埼玉県支部連合会のWEBサイト

自民党埼玉県支部連合会が、「性の多様性に係る理解増進に関する条例」の骨子案をまとめた。6月の県議会に提出するため、パブリックコメントを募集している。締め切りは5月2日まで。一つの政党が条例案についてパブリックコメントを募るのは異例。

条例の名称は「理解増進」だが、骨子案の内容を見ると、性的指向や性自認に関する差別的取扱いの禁止やアウティングの禁止、パートナーシップ・ファミリーシップ制度などが盛り込まれており、近年広がる性的マイノリティをめぐる地方自治体の条例の基本的な内容を網羅しているものと言える。

こうした条例案が自民党から提案されることは、地方自治体レベルでは珍しいわけではない。

一方で、パブリックコメントに対し、SNSなどを見る限り、宗教右派やトランス嫌悪的な人々による組織的な法案への反対が呼びかけられている。

中には「性自認による差別を禁止すると、男性器のある人の女湯の利用を拒否することが差別になってしまう」といった主張のコメントが多数寄せられていることが予想される。

冷静に条例の中身を見つつ、条例の意義を示すと同時に、さらに良いものとするためのパブリックコメントについて考えたい。

骨子案の内容

骨子案では、性の多様性に関する「理解増進」の取り組みによって「人権が尊重される社会の実現」を目的としている。

法制度は、その名前や理念も大切だが、具体的にどんな「メニュー」が含まれているかがより重要になる。

骨子案によると、性的指向や性自認に関する「差別的取扱いの禁止」や、「カミングアウトの強制の禁止」「アウティングの禁止」などが明記されている。さらに、「パートナーシップ・ファミリーシップ制度」を整備することも記載されている。

例えば、就活でトランスジェンダーであることを理由に面接を打ち切られたり、同性愛を理由に教室から追い出されるといった不合理な区別、つまり「差別的な取り扱い」を禁止することは、広く市民に対してルールを示すだけでなく、実際に被害を訴えた際の法的な根拠になり得る点で重要だ。

一方で、こうした差別的取扱いやアウティングの禁止などに違反した場合に、なにか罰則が設けられているわけではない。また、条例を守らせる、実効性を担保するための苦情処理制度も規定されていない。

この「差別の禁止」をめぐっては、昨年、国会に提出されるはずだった「LGBT理解増進法案」の議論を思い起こす人もいるだろう。

昨年、超党派LGBT議員連盟で与野党合意したはずの「LGBT理解増進法案」が国会に提出される予定だったが、自民党内の一部議員による強硬な反対によって見送られてしまった。

この法案では、「差別的取扱いの禁止」も盛り込まれず、骨抜きの法案だと言わざるを得なかったが、それでも何も法律がないよりは良いだろうと野党も譲歩し、法案の目的や理念に「差別は許されない」という文言が追加される形で落ち着いた。しかし、これでも自民党内は紛糾し、結果法案は国会提出にすら至らなかった。

一方で、地方自治体を見てみると、自民党を含めて「差別的取扱いの禁止」や「アウティングの禁止」などが盛り込まれた条例が全会一致で成立することは珍しいわけではない。

三重県では、昨年4月に同様の条例が全会一致で成立。地方自治研究機構によると、全国約50の自治体で、性的指向や性自認に基づく差別的取扱いの禁止などを明記した条例がすでに施行されている。

埼玉県の動き

なぜ埼玉県で条例制定に向けた動きが活発化してきているのか。背景に埼玉県下の基礎自治体におけるパートナーシップ制度の広がりや、関東圏での性的マイノリティをめぐる条例制定の動きがあげられるだろう。

埼玉県で性の多様性に関する啓発活動や政策提言を行う「レインボーさいたまの会」によると、2022年4月時点で、埼玉県下の35の自治体がパートナーシップ制度を導入しており、これは全国最多だという。

さらに現職の大野元裕・埼玉県知事は、2019年の選挙時に「LGBT支援に取り組む」ことを明言している。

これまでも埼玉県内において、党派を超えた取り組みが積み重ねられてきたことが県レベルの条例案につながったのではないかと考える。

関東では、2018年に東京都が都道府県レベルではじめて、差別的取扱いの禁止を条例に明記。19年には茨城県でも条例が成立した。最大会派のいばらき自民党は、差別禁止規定には賛成したが、パートナーシップ制度には反対。結果、条例に同制度は盛り込まれなかったが、その後、要綱によって導入された。

東京都でも今年度中にパートナーシップ制度を導入することが発表されている。こうした首都圏での動きに埼玉県も歩調を合わせられるのかどうか、注目が集まっている。

より良い条例制定へ。4つのポイント

提案されている条例の骨子案は、他の地方自治体における性的マイノリティをめぐる条例と同水準と言えるだろう。ただ、十分とは言えない部分も見られ、他自治体よりも先進的とは言い難い。

そのため、骨子案の内容をより良いものとするために、ここでは大きく4つのポイントを示したい。

【1】骨子案9の「基本計画」にある「性の多様性に係る理解増進」を「性の多様性に係る権利保障」にすべき。また、当事者団体の意見を聞くことを明記すべき。

骨子案では、性の多様性に関する理解増進のためにどんな施策を進めるかという「基本計画」を定めることを示している。もし条例ができたら、埼玉県はこの基本計画に基づいて施策を進めることになる。

差別をなくすためには、差別的取扱いの禁止という前提を示した上で、適切な認識を広げていくことが必要だ。そのため、条例の理念や基本計画でも、前提となる理念は「理解増進」ではなく「権利保障」を前提とすべきだろう。

また、どんな施策を行うかについて決める際、非当事者だけで決定されることのないよう、当事者団体等の意見を聞くことを条例に明記すべきだ。

【2】骨子案13「体制の整備」に苦情処理委員会の設置を明記すべき

骨子案では、差別的取扱いやアウティング等の禁止が明記されているが、一方で実際に被害が起きてしまった際に、何らかの罰則が設けられているわけではない。そのため、加害者に懲役や罰金が課されるといったことはない。

もちろん条例によって差別禁止という原則を示すこと自体に価値がある。しかし、実際に起きてしまった被害に対処するための「仕組み」を設けることも重要だ。

その一つとして、「苦情処理委員会」を設ける自治体がある。

実際に、2019年に差別的取扱いやアウティングの禁止を条例で明記した東京都豊島区では、会社でゲイであることを上司にアウティングされ、その後精神疾患になった当事者が豊島区に申し立てをし、その結果、苦情処理委員会の調査や斡旋を受けて和解に至ったケースがある。

お題目を掲げるだけでなく、実際の問題解決のための仕組みを設けることが重要だ。「苦情処理委員会」の設置を明記すべきだろう。

【3】骨子案8「事業者の責務」の「性の多様性に配慮した取組に努める」を「性の多様性に配慮した取組を義務付ける」にすべき。

骨子案によると、企業など事業者に対して、性の多様性に関する理解増進の取り組みの実施を求めているが、語尾の「努める」という文言は、法的には「努力さえすれば実際やらなくてもいい」という位置付けになってしまう。これを「義務」とすることで、意識のない企業も何らかの取り組みを行わなければいけない強制力を持たせることができる。

細かい話ではあるが実は重要な点で、「性の多様性に配慮した取組を義務付ける」にすべきではないかと考える。

【4】骨子案12「制度の整備等」で、パートナーシップ・ファミリーシップ制度について「宣誓制度」ではなく「届出制度」とし、郵送も可能とすることや、既に実施されている基礎自治体の要件を広くカバーできる内容を明記すべき

骨子案では、パートナーシップ・ファミリーシップ制度を導入することだけが明記されており、制度の詳細については何も触れられていない。おそらく細かい点は条例ができたあと、要綱で決めるという考え方なのだろう。

既に同制度を導入している自治体の多くが、「条例」ではなく「要綱」の形で導入している。要綱は、自治体の首長が行政の事務的な取り扱いについて定める仕組みのため、議会で審議せずスピーディに実施することができる。

ただ、選挙でトップが変わると要綱の内容を変えたり、廃止したりできてしまう懸念もある。そのため、できるだけ条例でどんな制度を作るべきかという細かい内容まで盛り込むことができると、安定的な制度導入と運用に繋がる。

現状のパートナーシップ・ファミリーシップ制度の多くが「宣誓」の仕組みになっているが、例えば、異性カップルが「婚姻届」を提出するのと同じように、パートナーシップ・ファミリーシップの「届出」をする制度とする方が望ましいのではないだろうか。

自身の性のあり方をオープンにしていない人の中には、制度利用のために役所に訪れることで地域の人にバレてしまうことが怖くて、なかなか利用できないという声もある。そうした人たちのために、例えば郵送で届出ができるような仕組みを設けることも検討されてほしい。

また、すでに埼玉県下の複数の基礎自治体で導入されている同制度は、実はそれぞれ細かく利用条件や規定が異なっているため、どこかに基準を合わせる必要がある。例えば、ファミリーシップの文脈で、同性のパートナーだけでなく、「同居の親・子・きょうだい等の家族も対象とする」など、なるべく広くカバーできるよう明記すべきだろう。

パブリックコメント提出フォーム。名前や住所の記入は必須ではない。
パブリックコメント提出フォーム。名前や住所の記入は必須ではない。

「差別禁止への反対」のロジック

今回は、埼玉県議会で審議されている条例案に対して、埼玉県や県議会が行っているパブリックコメントではなく、あくまで一つの政党(最大会派ではある)の自民党・埼玉県連が提案している骨子案への意見募集、という点に注意が必要だ。その位置付けの公正さについては議論の余地があるかもしれない。

ただ、すでにSNS上では、トランスジェンダーに対する差別的な言説、「あろうことか自民党が」と条例への反対を呼びかける動きが活発になっている。このままでは、自民党が条例案を提出すること自体が難しくなってしまう可能性もあるだろう。

国レベルで2015年頃から議論され始めた「LGBT」をめぐる法案では、野党の「差別解消法案」、自民党の「理解増進法案」と対立的に位置付けられ、論じられることが多かった。

その際、「差別禁止」規定に反対する主張の多くが「差別の定義があいまいなため、不用意な発言が切り取られ『差別だ』と断罪され社会が分断されてしまう」といった意見が中心的だった。

背景には、性的指向に基づく差別的取扱いを禁止すると、異性カップルは結婚でき、同性カップルはできないことが「差別的取扱い」に当たるため、同性婚を認めることになってしまう、それを防ぎたいという意図があるのだろう。

さらに、「マイノリティが差別だとさえ言えば差別になってしまい、多数派が自由に発言できなくなってしまう」などという”不安”があるのかもしれない。この点は、差別的取扱いの禁止は、「発言」ではなく、解雇や左遷といった「取扱い」を禁止しているという基本的な認識の欠如だと指摘できる。

ただ、このような状況下でも、地方自治体では、差別禁止を規定した条例に、自民党も含めたすべての党派が賛成し、制定されているところも多いことは踏まえておくべきだろう。

「性自認による差別的取扱いの禁止」とは

しかし、昨年5月頃から、国レベルの議論では前述した反対論に加えて「性自認による差別を禁止すると、男性器のある人が女湯に侵入し、その利用を拒否すると差別になってしまう」といった主張がされるようになった。

今回の自民党埼玉県連の骨子案に対しての反対意見は、前者の「不用意な発言が断罪されてしまう」懸念より、むしろ後者の主張が中心になっているようだ。

この背景の一つに、すでに同性婚が実現している欧米などで、同性婚法制化を阻止できなかった保守派が、今度はトランスジェンダーを標的にして反対運動を大きく展開している動きがあげられるだろう。

その際、「女性スペース」や「女性の権利」を守るという論理で、トランスジェンダーを排除しようとする動きは海外でも多く確認されており、日本でもこうした言説が輸入され、SNS上を中心にトランスバッシングが激化している。

さらに、こうした動きはSNSにとどまらず、国会への組織的なロビー活動も行われるようになってきた。今月4日には自民党LGBT特命委員会のヒアリングに「女性スペースを守る会」が呼ばれている。

先日の「子ども家庭庁」の名称問題など、自民党右派との繋がりが強い高橋史朗氏の記事では、同じく安倍元首相のブレーンと言われ、昨年のLGBT法案にも反対していた八木秀次氏の主張を引用し、同性愛を強制的に異性愛に”治療”しようとする「転向療法」を正当化するような内容が書かれていた。

また、自民党LGBT特命委員会による「女性スペースを守る会」のヒアリングの様子も記載されており、やはり「性自認」を認めると女性の権利が害されるといった主張が展開されているようだった。

産経新聞のコラムでも、性自認を理由とする差別を禁止すると「女性トイレ、更衣室、浴場などに戸籍上の男性が入ってくるのを拒むと、差別とされる恐れがある。女性の安全が侵害される」といった内容が掲載されていた。

そもそも、性自認という言葉はGender Identityの訳語だが、「いま女だと思えば女になれる」などという単純な概念ではないし、当然「心が女性」とさえ言えば性暴力が許されるわけもなく、トランス女性を悪魔化し、不安を煽って排除するための言説に他ならない。

「差別の定義がない」という批判も少なくないが、そもそも差別的取扱いとは「不合理な区別」を指す。つまり、合理的な理由のない区別はダメだということであり、例えば「トランスジェンダーの人はうちでは対応できません」といって採用面接を打ち切るといった対応は、明らかに不合理であり、差別的取扱いだと言えるだろう。

このように、何が「差別的取扱い」にあたるかどうかは、一つひとつの事例に応じて「その区別が合理的かどうか」が問われることになる。

例えば、「女性スペース」と語られるような、女性トイレや更衣室、公衆浴場などは、一言でいってもその性質や環境は異なる。職場や学校など特定の人が利用するのか、それとも公共施設など不特定多数が利用するかや、個室などプライバシーが確保される環境か、性器の露出の有無、本人の性別移行の状況や性別表現などによっても状況はそれぞれ異なる。

つまり、その環境や本人の状況によって、利用者の線引きについて合理性が問われるのであって、ひとくくりに「性自認による差別を禁止すると、男性器のある人の女湯の利用を拒否することが差別になってしまう」ということにはならない。

現に、すでに様々な自治体で性的指向や性自認による差別的取扱いの禁止が明記されているが、これを根拠に女湯の利用を断ったことが差別的取扱いだとされたケースはない。

もちろん本人の性自認を尊重することは大前提であり、この条例ができることで、本人の性自認や希望に基づく利用をサポートする「合理的配慮」を後押しすることには繋がるだろう。

合理的配慮の視点

合理的配慮とは、障害者差別解消法でも規定されているものだが、例えば段差があり車椅子ユーザーが利用できない店舗などで、段差をなくすことは現実的に難しい場合、すぐに利用を拒否するのではなく、スロープなどを使って補助するといった代替案を検討し利用できるようにすることを指す。

このように、トランスジェンダーの男女分けされた施設の利用に関しては、その環境や状況に応じて線引きが行われ、その合理性は絶えず検討されていくことが求められる。しかし、骨子案への反対の主張などは、とにかく「女性スペース」を一括りにして、細やかな状況の違いを廃し、トランスジェンダー排除ありきの議論が進められてしまうケースが多い。

現に性自認による差別的取扱いの禁止は、前述した職場における解雇や左遷などさまざまなシーンにおいて不当な差別を防ぐことに繋がるが、そうした点には触れられず、「女性スペース利用」の一点において法案への反対ありきの主張が行われやすい。

前述の通り、ジェンダーバッシングや性教育バッシングを主導し、選択的夫婦別姓への反対など、長年、女性の権利に対して立ちはだかってきた高橋氏が「家族が崩壊する」といった論理でこの条例に反対していることも含め、冷静に状況を見ていくべきではないか。

トランスジェンダーをめぐる実態について知られないまま、イメージが先行し”不安”や”懸念”に基づく属性による排除言説が増加しているが、例えば、trans101.jpや、TRANS INCLUSIVE FEMINISMなどのサイトで、トランスジェンダー当事者を取り巻く実情や、国内外のトランス嫌悪的な言説に対する解説されており、参考になる。

「声」を届けるツール

すでに自民党埼玉県連の条例骨子案のパブリックコメントには、前述したような反対言説が組織的に多数寄せられていることが予想され、この骨子案をめぐって、Twitter上でもトランス排除言説がより一層強化されてしまっている。

法制度への「反対」の声は上がりやすいが、一方で「賛成」の声や、細かなアップデートを求める声はなかなか上がりづらい側面がある。

今回は一つの政党によるものではあるが、一般論としてパブリックコメントは、集まった数に限らず制度を整備する上で審議に影響を与えることもあり、人々の「声」を届ける重要なツールだ。

条例骨子案のパブリックコメントは5月2日まで、自民党埼玉県連のWEBサイトで募集している。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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