【ひきこもり8050問題】長男殺害に至った元次官の孤立 なぜ支援を頼れなかったのか

元次官は11日の初公判で何を語るのか(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 事件は、6月1日午後、東京都練馬区にある自宅で起きた。当時76歳だった元農水省事務次官は、44歳の長男の首などを何度も突き刺し、失血死させたとしている。

 殺害された長男は、長年、ひきこもり状態にあったとされている。

 報道によると、中学で頭を叩かれたり背後から蹴られたりするいじめを受けるようになった頃から、家庭内で暴力を振るうようになった。大学進学で1人暮らしを始めたものの、卒業後もゲームにふける生活を続け、事件の1週間前に実家に戻ったという。

 一方、元事務次官は、犯行の動機について、川崎市で児童ら20人が殺傷された事件が頭をよぎり、「長男が子どもたちに危害を加えてはいけないと思った」との趣旨の供述をしているとも報じられた。

 元次官は近隣の小学校で運動会が開かれ、長男が「運動会の音がうるさい。ぶっ殺すぞ」などと発言したことから、注意した元次官と口論になり、「長男が児童に危害を加えるのではないか」と心配になったという。

恐怖は人それぞれ

 内閣府は今年3月末、初めて40歳以上の「ひきこもり実態調査」を行ったことによって、推計115万人余りという全容がようやくエビデンスとして示された。しかし、川崎の事件後に拡散されたような「ひきこもりは犯罪者予備軍」ではない。むしろ、傷つけられないよう、自分を守るために社会から退避している状態である。

 ひきこもる人たちに共通するのは、まじめで優しく遠慮深いタイプの人が多く、社会でハラスメントやいじめ、暴力などに遭って傷つけられ、安心できる居場所である自宅などに退避せざるを得なくなっている点だ。ひきこもらざるを得なかった人の多くは、社会が安心できず、外の人間関係に恐怖を感じている。

 要因は1人1人違うため、ひきこもったきっかけを考えれば、1人ではなく、115万パターン以上の恐怖がある。つまり、個人の問題ではなく、それだけの恐怖がある社会に、私たちは生きているということでもある。恐怖は人それぞれであり、客観視して受け入れる作業に付き合ってくれる人との出会いも必要だ。

 川崎市の通り魔殺傷事件と合わせ、背景にあったのは、「8050問題」だった。「8050問題」というのは、80代の親が収入のない50代の子の生活を支えて行き詰まりながら、それでも助けを求めようとしない問題だ。親はひきこもる子の存在を世間体を気にして隠し、子の側も親から隠される存在であることを感じて、動けなくなるのが特徴だ。だから、地域で親子の姿が見えなくなり、家族全体が孤立している。

 元次官の家庭のような「7040世帯」も、「8050問題」に限りなく近づいていると言えるし、最近は「9060世帯」も顕在化してきた。

 一連の事件後、この象徴的な「8050問題」という単語は、繰り返しメディアを賑わし、筆者もテレビや新聞、雑誌などのあらゆる媒体からコメントを求められた。

 元次官もまた、周囲に家庭内のことを相談した形跡はない。それどころか、「息子さんがいるなんて知らなかった」という近所住民の声も報じられた。

 元次官は悩みを自分だけで抱え込み、追い詰められ、行き詰まってしまったことがうかがえる。

 なぜ、自らの子に手をかける前に、悩みを打ち明けられなかったのか。

 行政のトップにまで上り詰めた人が、行政のひきこもり支援の制度を信用できずに追い詰められて、悩みを隠さざるを得なかったことは、何とも皮肉である。

まず周囲が意識を変える

 国の「ひきこもり支援」の施策は従来、「経済的損失」、あるいは「生産性」などといった観点から、成果を目的にする「就労支援」中心の枠組みだった。元々、就労現場で傷つけられたり、トラウマになるような恐怖体験をしてきたりして、命の危機を回避し、安全・安心な居場所である自宅などにひきこもらざるを得なかった人たちにとっては、そうした就労の成果を求めることが目的の支援の制度がなじまなかった。また、本人を外に連れ出そう、社会復帰させようという目的の支援は構築されてきて、その結果、支援の制度から取りこぼされた多くの人たちが、社会から遮断されて生きる希望をなくし、「8050問題」の要因にもなったといえる。

 KHJ全国ひきこもり家族会連合会(KHJ)の調査でも、本人の42%、家族の45%は「支援が継続しなかった」と答え、支援が途絶している現実がある。

 また、親が勇気を出して相談に行っても、窓口で「親の育て方が悪い」「どうしてここまで放置してたの?」などと責められるので「行きたくなかった」「相談するのが怖い」などと、相談員の側のコミュニケーション自体に問題があると、3月にKHJが行った「8050問題シンポジウム」でも報告されている。

「うちの子も同じような事件を起こすのではないか」「将来が不安」「もう限界です」「行政に相談しても何もしてくれなかった」

 事件後、KHJの本部にも、そんな電話が、朝から晩まで、ひっきりなしにかかってきた。

 一方、ひきこもる本人からも、「周囲の目線が怖い」「自分も犯人と同一視されている」「ますます外に出られない」といった不安の電話が鳴りやまなかった。

 電話をしてきたのは、ほぼすべてが初めて電話をかけてきた孤立した人たちで、KHJの会員は皆無だった。家族会に参加していると、日ごろから横のつながりがあるので、ふだんから「自分1人ではない」ことを感じ、周囲に言えない愚痴を聞いてもらえるし、経験に裏打ちされた情報なども収集することができる。だから、比較的冷静に受け止めていた。

 まず周囲の家族が意識を変えて、自分の人生を楽しんで幸せそうになると、子も「自分のせいで、親の期待に応えられずに申し訳ない」と思っていた呪縛から解放され、ホッとできる。だから、本人を変えようとするのではなく、親や兄弟姉妹などの家族の隠したい気持ちに配慮し、安心して相談に乗れる受け皿や人材育成が先決だ。

 元次官が、長男から暴力を受け続けていても、家庭内だけで解決しようとしたのはなぜなのか。

 初公判で、どのような父親の心境が語られるのか、注目される。