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「入浴中の溺死」日本が突出 交通事故より危険なヒートショックどう避ける?

市川衛医療の「翻訳家」
浴槽イメージ(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

本日11月26日は、「いい風呂の日」。しかしこれから冬場の入浴で気を付けたいのが、入浴中のヒートショックです。

「ヒートショック」とは、温度の急激な変化で体に起こる悪影響のことです。もう11月も下旬を迎えていますが、これから冬の時期(12月から2月)に増え、入浴時の事故や病気の大きな原因になります。

実は日本は、国際的に見て「入浴中の溺死」がとても多く、交通事故より多い人が毎年亡くなっていると言われています。65歳以上の高齢者が突出して多くなっていますが、15歳~64歳も少なくありません。

文献1より引用 各国男性の年齢別の溺死率(10万人当たり、WHO2000-02データより)
文献1より引用 各国男性の年齢別の溺死率(10万人当たり、WHO2000-02データより)

もちろん、シャワーですませる人の多い欧米諸国と比べて、浴槽に深く身を沈める習慣のある日本では、リスクがあるのは当然と言えば当然です。

それにしても、なぜ毎日使用する浴槽で「溺死」なんて事態が起きてしまうのでしょうか。この記事では、実際に「入浴ヒートショック」により死に至った可能性のある事例を見つつ、冬場に気持ちよく安全に入浴するポイントを探ります。

「追い炊きで浴槽から出られなくなった」

「自宅で入浴中、追い炊きをした際に高温になり過ぎたが、浴槽から出られずに熱傷を受傷した。」 (令和元年12 月、80 歳代男性、死亡)

「入浴して20 分後くらいに様子を見に行くと浴槽内で意識が無かった。手動による追い炊き式の風呂釜であり、お湯はかなり熱い状態であった。」 (令和元年12 月、80 歳代女性、死亡)

消費者庁の報告書にある死亡例です。

気になるのは「追い炊きした際に浴槽から出られなくなった」という記載です。あくまで推測ですが、いくつかの要因が考えられます。

まず考えられるのは、体温の急変動により、一時的に脳で「貧血」のような状態が起きた可能性です。

冬場の入浴前、脱衣場など寒い場所で着替えていると、体の熱を逃がすまいと自律神経が働き、手足の血管が縮まり、血液は体の中心である体幹(脳や心臓などがある場所)に集まりやすい状態になります。

その後入浴すると、体温が一気に高まります。すると今度は体の熱を外に逃がそうと、手足の血管が拡がり、体の中心に集まっていた血液が全身に広がります。そのとき一時的にですが、脳に供給される血液が減りやすい状況が生まれます。

周囲の気温による体の反応の変化(概念図) 筆者作成
周囲の気温による体の反応の変化(概念図) 筆者作成

このとき、急に立ち上がったりすると、体にかかっていた水圧がなくなり、さらに重力によって血液が体の下部に移動しやすくなります。この結果、脳に供給される血液が減り、めまいやふらつきが起きたり、体に力が入らずにへたり込んでしまったりすることがあります。

追い炊きを行っている場合、お湯の温度はどんどん高くなり続けます。熱中症のような状態になり、さらに体の力が入らない状態になります。

そうしているうちに、浴槽から這い出ることができなくなり、意識を失うなどして溺死してしまった、ということも考えられます。

安全で気持ち良い入浴のポイントは

もちろん、上記はあくまで推測です。ただ、いずれにせよ冬場の入浴中の事故の大きなポイントは「急激な温度差」だということを覚えておいてください。そこに気を付ければ、危険を避けることにつながります。

①脱衣場を温める

お風呂場は住宅の北側に設置されていることが多く、冬場は家の中でも特に寒くなりがちです。脱衣場にヒーターなどを設置し温めておくことで、気温差を減らすことができます。(火災が起きないようスイッチのオンオフはこまめに)

②入浴前に洗い場を温水シャワーで温める

浴槽のお湯は温まっていても、洗い場が寒いと気温差の原因になり、また追い炊きがしたくなる原因にもなります。対策として、お風呂場に入ったら、まず浴槽に向かってしばし温水シャワーを出し続けます。すると、ミスト化した温水によって洗い場全体が温まり、気温差を減らせますし、入浴中もより温かく感じられます。

③追い炊き温度は41度以下に設定できるものに

高齢者の場合、温度の感じ方が鈍くなります。思ったよりお湯の温度が上がっていることに気が付けず、いつのまにか火傷をするほど温度が高くなっていた、ということもあり得ないことではありません。

追い炊きはセンサーで上限温度を設定できるものとし、41度以下にすることが推奨されています。

④お風呂から上がる際は、浴槽のふちや手すりに手をかけてゆっくり立つ

上記でお示ししたように、浴槽から急に立ち上がると、ふらつきやめまいを起こすことがあります。浴槽から出るときは、手すりや浴槽のへりを使ってゆっくり立ち上がるようにするのがおすすめです。

⑤同居者にひと声かけてから入浴する

入浴中に体調の異変があった場合は、すぐに対応することが重要です。ただ意識がもうろうとしたり力が入らなかったりして、自力では浴槽の外に出られない場合もあります。

特にご高齢の方で、ご家族などと同居している場合は、入浴前に一声掛けてからお風呂に入ったり、家族が寝ている深夜や早朝の入浴は控えたりするなどの対策が勧められています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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(参考文献)

1)入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究: 厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業[堀進悟], 2014.3平成25年度総括・分担研究報告書

2)消費者庁ニュースリリース「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください! -自宅の浴槽内での不慮の溺水事故が増えています-」2020年1月9日

3)愛媛産業保健総合支援センターHP「寒い季節のお風呂で起こる「ヒートショック」のキケンを防ぎましょう」

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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